第21話 島流し ②


 随分と長い間寝ていた様な気がする。政岡は見慣れた天井を見ながら起き上がり、体を起こす。確か、今日は早番だ。髪をセットして身支度を終え出勤する。


「おはようざいまーす」


 気のしれた者への挨拶を交わし、仕事を始める。今日の相方は同期の竹内だ。最近元気が無い様に思える元より笑顔を見せる明るいタイプではなかったが、元より自信が青保留より弱い男だ。今日の仕事終わりに遊びでも誘って話を聞こうか。


 まぁ、パチンコ屋なのだが。


 今日もなんの問題もなく開店することが出来た。後は小粋なジョークをインカムに乗せて発信するのみだ。


 通路で巡回をしている政岡の肩を誰かが叩く。何だろう、良い予感がしない。恐る恐る振り返ると、顔面傷だらけの男が政岡を見ている。


「クソザコナメクジ、賭博法違反で連行する」


「知らなかったぁんデス!」


 飛び起きた、体は汗まみれ、携帯は、無い、いや、違う。ここは、異世界、刑務所……


 そう、刑務所だ。政岡の意識は現実へと引き戻される。


「時間だ、起きろぉ!」


 遠くで声が聞こえる。どうやら朝の様だ。部屋の扉が開く。


「もう起きてるようだな、今から朝食だ」


 看守は用件を済まして離れる。


 政岡は口をモゴモゴしながら扉を開ける。囚人は何人もいるらしく続々と廊下を同じ所へ向かって歩いている。政岡は寝ぼけた眼を手で擦りながら付いていく。


 長机と椅子が並んでいる空間に辿り着いた政岡。決められた席もなさそうで奥にある器を取って適当に座って食事をしている。政岡もそれに倣い器を取る。


 思えばこの異世界では白湯とお粥しか食べていない。どんな料理を食べれるのか、少し楽しみではある政岡。器を覗く。茶色の液体に野菜が入っている。


 白湯、もといカレー。前々から思っていたが、この世界は料理のレパートリーが保留の色くらいしか存在しないのでは? 無表情で机まで運び、粛々と食べる。


「部屋番号776番! 持ち物の検査が終わったので取りに来い!」


 覚えのある数字を呼ばれた政岡は木のスプーンを器の縁に置き、看守のもとへ向かう。


「ほら、本だ。特に問題がないとの事で返却する」


 本を受け取る政岡。


「あの、すみません。この本図書館で借りて、指輪外せる人が居ると聞いたんですけど」


「え?」


「ん?」


 予想外の事を聞かれた看守と、予想外な返事が帰ってきた政岡のテンポの良いやり取り。


「司書なら結婚からの旅行で、あと2週間は帰ってこないぞ」


「……んん?」


 政岡は口をすぼめ顎を突き出す。 


「指輪は……外せないな……」


「……ハズセナイ?」


 そのまま目を閉じる政岡。ある意味では突然の死刑宣告と遜色ない事態に気を失いそうになる。


「……貴様にクソザコナメクジを」


「え? 死ねってことですよね?」


 流石の政岡も追求を緩めない。命がかかっている為当然である。


「流石にそこまでは言わん。爆発する前にその指だけ鉄かなんかで覆ってやるよ」


「え? 指は諦めろって事です?」


「仕方がないな。うん」


 うんじゃねえよと言いたい所だが、思うだけで留まった。変わりに絶望を孕んだ瞳で看守の目を見続ける政岡。


「……クソザコナメクジを」


 バツが悪そうに去った看守。この反応は詰まる所手詰まりを意味する。6日後に指が持っていかれる事実が確定した政岡は、現実逃避をするために今という現実だけを見ることに決めた。


 朝食が終えれば労働の時間。前日言っていた通り、肉体労働、もしくは魔力に自身があるものは魔力業務というものを選べるようで政岡は魔力業務を選んだ。


 魔力は石に圧縮、閉じ込める事が出来るそうで、魔力の質や種類によって様々な効果があるそうだ。この世界の明かりの殆どは火の魔力を圧縮した石によって賄われている。例えば水の魔力を圧縮した石の場合は込めた魔力の分だけ水が生成されるそうだ。だからといっても圧縮するのは限られた魔法使いのみで一般人にはとても真似できるようなものではない。それを解決するのがとある腕輪である。


 現在政岡は腕輪を着けている。その腕輪に石を嵌める為の空洞があり、そこに刑務所が支給している石を嵌めることによって圧縮ができるようになる。言うなれば、銭湯の仕事と変わらない訳である。


 1時間装着して石を外す。また新たな石を装着して外すを繰り返すだけ。別に体を固定されているわけでもないので殆どの囚人は雑談だったり、横になったりしている。それなりに魔力を消耗するようで、石を2個作れたらノルマ達成だそうだ。8時間労働で最大8個作れるわけだが、勿論このままでは余裕があっても2個作って終われば良いだけになってしまう。そうならない為に報酬制度がある。


 多く作れば作るほど何かしらの権利や物が支給されたりするわけだ。ついでに権利とはボールを借りてゲームをしたり、部屋に戻ったりと生活の権利を得られることを意味する。


 政岡は労働初日。何が良いのか、すればいいのかも解らないので、黙々と石を作成した。丁度8個。


 時間になったので石を全部看守に渡す政岡。


「え? 8個全部やったのか?」


「ん? はい」


 看守は驚きを隠せず政岡を見つめる。


「……解った。何か欲しいものがあれば後日でも良いから言ってこい何個作ったのかはこっちで管理しているから」


 ストック出来るようだ。本来ならばここで生活の質を上げるために何かしらの要求をするだろうが……今の政岡は心ここにあらず。そんなことよりも、そんなことよりもなのだ。6日後の指の行方がどうしてもこびりつく。


 業務も終わり、夕食。カレー、もとい白湯だった。不思議と味がしなかったがそのまま機械的に口へ運び自室へ戻った。


 後は寝るだけ。そして目が覚めたら今日と同じことをする。それを6回やれば……。


「……」


 眠れる訳もなく。逃避するには余りにも大きな現実。受け止めるには余りにも大きい現実。どうすれば良いか解らないそんな政岡のライフ。


 目を閉じる。ただ閉じる。それしか出来ない。ならばそれだけをやる。それが政岡のスタイル。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る