第22話 島流し ③
「朝だ、起きろー!」
いつしか朝になっていた。政岡は起き上がり、部屋を出て白湯を食べ、そして業務へと就く。座って魔力が吸われるだけの時間を過ごす政岡。このままでは発狂してもおかしくない状況だが、どうすれば良いのか検討もつかない。俯いて目を閉じる。
「やぁ、ちょっといいかい?」
顔を上げると白髪で耳が尖っている女性に話しかけられる。誰が見ても美少女だと言われるほどの整った顔立ちを向けられて動揺する政岡。
「え? はい」
「その腕輪、壊れているそうだから、こっちの腕輪と交換してほしいんだ。大丈夫かい?」
長いまつ毛が政岡に向けられる。
「ヨ、ヨロコンデ」
動揺を隠せない言葉遣い。少女に渡された腕輪を着ける。
「ありがとう。私もここに居て良いかい?」
何たる行幸。美少女と横並びで座れる。それだけで政岡の心は天へと高く昇る。
「……」
だからといっても喋れるわけもなく。政岡は今も昔もこういう異性の問題に縁が無い人生を歩んできた。
何か面白い話しが出来れば良いが、思えば平坦な人生を歩んできた。特筆して面白い出来事も無いまま、この年齢。もう少し尖った人生を送れば良かったのだろうか。しみじみと思いながら目を閉じる政岡。無言も気まずい。集中してるフリでもしよう。
3時間後
かれこれずっと会話も無い。時折コチラを覗いてくる気配があるだけ。話しかけられる雰囲気でもない。日本にいた時はパチンコで4万円負けただの、スロットで3万円負けただの、殆どパチンコの収支報告しかしていなかった。あれ? コミュニケーションのバリエーション少なくない?
「あの」
「はい?」
話しかけられた。これから始まるのか。俺の異世界生活。
「体調は、大丈夫かい?」
「へ? はい。何も問題ないです」
少女は驚くように目を開き、次に笑顔を見せる。
「おめでとう。合格だ」
「……ん?」
合格? 何が? 政岡は怪訝な顔をする。
「君が着けている腕輪、この刑務所で使われている物より出力が10倍強いんだ」
「は、はい」
「常人なら装着して10分でミイラになっている代物なんだ」
「はい?」
何かヤバいこと言ってる? 少女は目を光らせ政岡を見る。
「魔力量が尋常じゃない。初めてだよ、この腕輪を3時間着けて平然としている人間」
「……」
実験してましたってことで、良いのかな? 政岡は下唇を噛みしめる。
「っと、まだ何も話していなかったね。まずは自己紹介から。私の名前はサキ・ヨミだ」
サキヨミ、先読み!? 政岡は少し高揚した。
「良い名前ですね。あ、僕の名前は政岡です」
「ありがとう。君の名前も良いね。とても狂ってる」
何はともあれ、美少女と自己紹介が出来た。とても良い。とても良い気持ちだ。
「私は魔力装置の開発を仕事にしているんだ、その腕輪は自作だ」
「これを先読みさんが……凄いですね」
「フルネームで読むのかい? 私は政岡と呼ぶよ」
「好きに呼んで下さい、それより、魔力装置というのは?」
政岡、鼻の下が降下中。少し危ない予感がする少女だが、それでも構わず会話を進める。
「魔力装置というものは、人間の持つ魔力を物に転換、圧縮する装置の事を言う。君が着けている腕輪等を作っているんだ。後は趣味になるが圧縮した物を応用して新しい物を開発したりだね」
「良い仕事ですね。人の為になる感じがして」
日々パチンコ三昧の政岡からすると遠い存在の技術職。とても知的な仕事に政岡は尊敬の念を抱く。
「まぁ、人の為と言うか、自分の知識欲の為というか……」
遠い目をするサキヨミ。そんな彼女も可愛いと思う政岡。
「何かあったんです?」
「ああ、ここに来た理由を思い出してね」
ここ、刑務所に居るということは何か罪を犯したということ。当たり前ではあるが政岡もサキヨミも犯罪者である。
「言いたくないならアレですけど……良かったら聞きますよ?」
いつになく前のめりな政岡、人に対してここまで真摯に聞く姿勢を取るのは珍しく、専らパチンコの保留音の方が耳をすましている男であった。
「言いたくない訳ではないさ。先月、自分の庭で風を送り続ける魔力石を改造して、火の元になる風だけを吹き出す石を開発したんだ」
詰まるところ、酸素。凄い物を開発している。思えばこの世界は機械の類は無いが元の世界でも驚くような物を見かける。
「その石を鉄の筒に詰め込んでそれを何本も繋げ、火を放ったんだ」
「……ん?」
「そしたらびっくり、凄まじい炎が辺り一面を覆ったんだ。綺麗だなぁと眺めていたら、いつの間にか他の民家に火が移って大火事。放火罪でここに入れられたんだ。フフ」
……フフじゃないんだが? 怖いんだが? とんでもないマッドサイエンティスト。ヤバい人間に目をつけられたかもしれない。
「凄いですねぇ……ちょっと、トイレ行ってきます」
離れようとする政岡の服を掴んで止めるサキヨミ。
「まぁ待ちたまえ、本題はここからだ。聞いての通り私の実験、開発は多大な魔力石が必要なんだ。だとしてもそれを買うだけの資産は維持できない。それを作れるだけの魔力も無い」
サキヨミは立ち上がり、政岡の目を見る。
「必要なんだ、君の魔力が」
「魔力……」
「ああ、魔力だ」
こんな状況でも美少女に言い寄られるのは悪くない。男とはそういう生き物だ。
「でも」
「日給1000ゴールドだ」
目を開く政岡。圧倒的な給料。だが、それでも、悪い予感がひしひしと感じ取れる内容にたじろぐ政岡。
「いや、それでも」
「住み込みだから生活費はかからないぞ」
「宜しくお願いします!」
契約成立。元々は根無し草のフリーターである。危ない橋と渡りに船。清濁飲み込む覚悟をするには良い額面。少しずつ良い方向へと進んでいく。そう。落ちたのなら後は上がるだけ。不幸のピークは過ぎ去った。パチンコもそうである。当たらぬ台は無い。ハマりの後には軽い当たりが続く、気がする。
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