第17話 無知の罪 ①


 四角い箱の中にいるのは今までの職場と変わらない。違うことがあるとすれば周りに人が居て歌えないことと、定期的に揺れる事である。


 馬車に乗っている政岡は壁代わりのカーテンから映る景色を呆然と眺めていた。口を半開きにしながら。


 スロットを打つために蓄えたゴールドと期待を胸に都市に向かっている最中。日の出と共に乗り込んだ馬車はどうやら昼頃に着くらしい。やることが無いのはいつも通りだが、それでも人が居る中では手持ち無沙汰。本を借りることも考えたが展開次第では街に帰るかも解らない根無し草。とてもじゃないが借りる気にはならなかった。最後の決め手は以前のトラウマだが……。


 眠れる気はしないがそれでも目を閉じている政岡。いつもより早起きしてるのも事実、いつか眠れる日が来るだろう。


 丁度夢と現実を反復横飛びしている最中、今までより強い揺れが早いペースで訪れる。明らかに馬が走っている速度を実感する政岡。


「モンスターがずっと追ってきてるけど、どうするよ?」


 運転席に座っている二人が発した言葉に目が覚める政岡。後部のカーテンを少し開く政岡。


 目があった。いや、それは果たして目なのか? 石造の巨体に目の部分が空洞の様に開いている、否、空いているのかもしれない。


 ゴーレムだった。ゴーレムが馬車目掛けて走っている。現在、馬車の速度は人間のマラソンより少し速い程度。この前追いかけっこをした個体より断然速い。


「……」


 過去の思い出がフラッシュバック。吐き気を抑える政岡。他の乗員もゴーレムに気付き、ざわめいている。


「誰か、水の魔法使える奴はいないか? ゴーレムの足元に使って足を止めて欲しい」


 政岡は不敵に笑う。ここが活躍の場面。異世界らしくなってきたじゃないか。


 政岡は立ち上がりゴーレムに向かって腕を伸ばす。銭湯の仕事で水を出し続けていたが、あれは装置で強制的に出しているだけのもの。本来ならば魔法は集中力を要する。目を閉じて手から水が出るイメージ。


「はぁぁぁぁぁぁ」


 100均の水鉄砲とさして変わらない水量が政岡の手から放出される。決して強くない水量だがこれをゴーレムの進路上にかけ続ける。


「……」


 誰もが解る。絶対に無理やん。水量が少なすぎてなんの意味も無い。だが、何故かゴーレムは立ち止まり地面に向かって殴り始めた。何度も、執拗に。次第にゴーレムの姿は小さくなり、見えなくなる。


 予想とは違うがゴーレムが見えなくなってドヤ顔になる政岡。


「すげぇ、あの尿みたいな水魔法でゴーレムを止めたぞ。どうやったんだ」


 後ろからの声に誰が尿みたいな魔法やと内心ツッコミを入れ、何事もなく座った政岡。


「ありがとうな兄ちゃん! これで安全に都市に行けるぜ」


 馬車の業者の人間に礼を言われ満更でも無い顔で手を上げて返事をする。もう何もないだろう。良い気分になれたので眠りにつく政岡。

 

 どうやらいつの間にか着いたらしい。次々と乗客は降りていっている。政岡も後に続いた。


 眼前には大きな門がお出迎え。すでに開いているその先は綺麗で大きな建造物が立ちどころに並んでおり、最奥までは見えないほど広い。都市を囲っている石造りの壁も気が遠くなるほど続いている。全貌は解らないが今まで居た街の何倍も大きい。


 どうやら門の前で降りたらしい。馬車に乗る前に聞いたところ、門前で簡単な荷物検査を行い、100ゴールドを支払って中に入るそうだ。


 門番の兵士なのだろうか、腰に帯剣している男が政岡に話しかける。


「お前か、ゴーレムに尿をかけて足止めした男は、中々にファンシーでクレイジーじゃないか」


 事実が曲がっている! 政岡は目を見開き抗議しようとしたが、特に問題もないので無視をする。


「荷物は、持ってないな。名前は?」


「あ、政岡です」


「名前もすげぇな! 尿をかけるのも納得だ」


「……」


 政岡は不服ながらもニッコリとスルー。


「それじゃあ、後は100ゴールド支払ったら中に入ってくれ」


 何にせよ都市に入れる、門をくぐる政岡。ここから政岡の新しい生活が始まる。

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