第12話 デッドラン ③

 

 ある程度呼吸を取り戻し再び歩を進める政岡、その時、政岡の後方に、ずしん、と音が聞こえた気がする。


「ん?」


 目が会った。否、果たしてそれは目なのかは解らない。生き物と呼ぶには余りにも無機物なそれは岩の様な体をしており、政岡目掛けて走って来ている。


 ゴーレムだ。


「なぁぁぁぁぁん!?」


 走る。ひたすらに。全力で腕と足を動かす。みるみる内にゴーレムは見えなくなり、ついでに前方にいたスライムも無視して走る。


 走って数分、政岡は息を整える為に立ち止まる。肩も上下に揺れている。ここで政岡は一つの疑念が浮かぶ。


 今日出会ったゴーレムは昨日戦ったものよりも数段大きいように感じた。それに応じて身長も。政岡から見えなくなっていてもゴーレムからするとずっと見えているのかもしれない。一言で言うなら。


 振り切れていないのでは。


「マジやん……」


 既に後ろを向いていた政岡、確かな予感が政岡にはあった。そして、目が合った。


 ゴーレムと。


「……よしっ」


 政岡、覚悟を決め、走った。だが、今度は前より遅く。


 政岡、持久戦の構え。


 いつかゴーレムも疲れるだろう。何よりもこの調子ではすぐに体力が無くなる。急がば回れだ。いや、この使い方は合っているのか? 政岡はどうでも良いことを考えている。


 10分経過。息を切らしつつある政岡、後ろを振り返ってもゴーレムはまだこちらに向かって走って来ている。数カ月前に喫煙をやめた政岡は元バスケ部の本領を今ここで発揮しようとしていた。


 30分経過。息も絶え絶え、体が言うことを聞かない。それでも振り返ればゴーレムはいる。淡々と重い体を前へ前へと、今となっては政岡よりも軽やかに。それでも捕まるわけにはいかない。政岡は心の内で気を引き締めて走り続ける。


 1時間経過。止まれば死ぬという極限化でのマラソン。勿論振り返ればゴーレムがいる。政岡は走りながら過去の思い出を整理していた。ハーデスのゴッド揃い、凱旋のゴッド揃い、聖闘士星矢の中段チェリー、朝から晩まで携帯を見ずに通常を回し続けたクイーンズブレイド。ガンダムユニコーン20万玉……。パチンコ屋しか登場しなかった自分の脳内に笑みを溢す政岡。政岡はまだ余裕があるようだ。


 1時間半経過。大分前にある一つの仮設が浮かんでいた。そもそもゴーレムに体力はあるのか? 後ろのゴーレムは疲れている様子を一つも見せない。もしもそうなら今やっているマラソンは完全に悪手。自分で自分を弱らせているということになるのでは。そんな疑念ももはや無意味。もう、それ以外の道は無い。全力で走り続けるプランもあったがそんな体力は微塵もない。そろそろ辞世の句でも考えるか。

 ゴーレムリーチ、緑カットイン、はいハズレ。

 政岡遂に倒れ込む。パチンコのリーチならここで画面が暗くなるところだが、そうはならない。ゴーレムがあと数十歩のところで止まり、歩き出す。政岡は顔をゴーレムに向けるので精一杯だった。


 死が一歩一歩近づき、トドメを刺される3秒前、ゴーレムの胸辺りに何かが突き出た。ゴーレムは苦しむ様子もなく電池が切れたように倒れる。倒れた時の砂埃で少し目を閉じる政岡、数秒して開けると目の前に人が居た。


「大丈夫か?」


 銀髪、黒眼、黒の鎧を着た長身の男は政岡に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます」


 伸ばされた手を掴み起き上がる政岡。その時、銀髪の男は目を見開く。


「もしかして、異世界から来たのか?」


「え? あ、はい」


「なるほど……王が言っていたのはこの事か……? 魔力量だけ異様に……それ以外は特に目立ったものはないが」


 男は政岡をまじまじと見る。政岡にとっては何を言っているか解らないが、何にせよ命の恩人だ。話を聞こう。


「名前は何という?」


「はい、政岡優吾です」


「マサオカ……? 奇抜な名前だな」


 奇抜と言われる謂れはないが、異世界の言語は何も解らない。意味はなんだろうかと政岡は疑念が耐えない。


「俺の名前はアカ・ホリュだ」


 アカ・ホリュ、赤保留! 政岡、内心謎の喜びを見せる。


「すみません、赤保留さん、街に行く途中でゴーレムに追われてて、街ってこのまま道なりで合ってますか?」


 名前の呼ばれ方に違和感があったのか、一瞬眉を動かす赤保留。


「……合っているが、それよりも何故ゴーレムに追われていた? 倒せば良いだろう」


「いや、ちょっと、あの、倒せなくてですね」


 ことも無げに言われた赤保留の言葉、嫌味ではなく本心で言っているように見えた政岡は正直に答える。


「……なるほど、酷なことをしているな」


 何か意味深なことを呟いた赤保留。政岡は当然なんの事か解らない。


「街の魔法屋まで案内する、これも何かの縁だ」


「え、ありがとうございます」


 魔法屋という単語を始めて聞いたが、どうやら、この世界には魔法があるらしい。胸のワクワクが止まらない政岡。


「それと」


 赤保留はゴーレムの近くに転がっている緑色の石を政岡に渡す。


「餞別だ」


 魔石。100ゴールド。何故か貰った政岡。


「あの、ありがとうございます」


「ああ、それじゃあ、行くぞ、このまま1時間もかからんくらいの場所だ」


 政岡は疲労でいっぱいいっぱいになっている体を引きづるように赤保留と一緒に歩いた。

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