第9話 トラウマ ④


 ……熊とカバディをして数分経過。もう帰ることを決めた。このままでは死んでしまう。もう少しで夕方だ。スライムを倒す余力も気力も無い。まずはここがどこかが解らないが、太陽の位置で場所を割り出しながらゆっくり進もう。思考にふける政岡の前方に物音がし、前を見る。


「ん?」


 目が合った。それが目なのかも解らない、石造りの人形。


「へ?」


 それが1体、2体、3体。


「んへ?」


 4体、5体。それぞれが違う大きさ、太さ。どうやら最初のゴーレムは子供だったようだ。一番大きいのは政岡の何倍もの大きさ。長細い者もいる。ゆっくりと近づいて来る。余りにも現実離れで無機物なファミリー。眼なのかも定かではない視線は政岡だけに向けている。


 政岡は全ての思考をかなぐり捨てて走る。走る。走る。ハシル。


 何かを考えることなく走った。ただただ走った。どう走ったかが何も覚えていなかったが、この世界に飛ばされた最初の場所に戻っていた。かれこれ1時間は仰向けになっている、倒木に擬態して。夕日がもう帰れよと言っている。


「…………帰ろ」


 帰路についた。ふらふらと、歩きながら。


 村に戻りギルドに到着。スライムの魔石4個、合計で80ゴールド。お粥2杯相当。宿屋は到底無理だが、餓死することはない。政岡はビジネスバッグにある魔石を取り出し、ギルド職員に見せる。


「買取お願いします」


 職員は返事をせず、代わりに魔石を片手で持ち、角度を変えながら見ていた。


「60ゴールド」


「ん? 80ゴールドでなく?」


「いや、60ゴールドだ」


「なじぇ?」


 動揺が隠せていない政岡。口角が片方、不自然に釣り上がる。


「これとこの魔石だがな、角が欠けているんだ。魔石の買取は傷無しであの価格だ」


 カードショップみたいな事言うなよ……と内心ツッコミ。確かにビジネスバッグに入れていた魔石を丁重には扱っていなかったが……


「魔石の買取はこの村じゃここだけだけだぞ、どうする?」


「……」


 お粥を食べにいつもの店のカウンター席に座っている政岡。声すら出したくない状況。ギリギリ飢えはしないがお粥一杯分の料金しかない。今のままではどう足掻いても宿屋なんて無理だ。


 机と顔を合わせていると隣に誰かが座り。注文をする。


「白湯一つ」


 目を見開く政岡。白湯を頼む人間がいるとは、修行僧か何かなのか。


 白湯を頼んだ人間の前に皿が置かれる。中には野菜が入っている茶色の液体にご飯が盛り付けられていた。これは。


「カレーやん……」


 まごうことなくカレー。え? 何故? 解らない。


「今日もお粥か?」


 店主に覚えられている政岡。横のカレーを見つめながら。


「白湯、お願いします。」


「なるほどな」


 店主は意味深に頷く。厨房に入り、直ぐにカレーを持ってきて政岡の前に置く。


「違う国から来たのか? この国では塩が貴重なんだ。塩の代わりに香辛料で味付けをした食べ物が白湯なんだ」


 名称の付け方が悪趣味! 白湯とカレーは余りにもかけ離れすぎてるやん! 政岡、呆然としながら目の前のカレーを見つめる。


「だからお粥なんて頼むやつはダイエット中の貴婦人か、何か宗教をやってる人間くらいなんだよ」


 カルチャーショック! 俺が修行僧だと思われていた!


 何はともあれ、政岡は目の前のカレーをスプーンで掬い口に運ぶ。体が言っている。そうそうコレだよ、と。少し辛めだが、今まで食べたどんなものよりも美味しい。飢えた獣のように食らうカレーは1分も保たずに完食。


 まだまだ食べれるが、それでも異世界で始めてまともな食べ物に思わず涙が溢れそうなった。


 まぁ、良い風にまとめたが、今日、野宿なんだけどね!


「ごちそーさまです、美味しかったです税込み30ゴールドですよね?」


「ああ、そうだが、お前さん、今日宿屋に行けるお金はあるのかい?」


 顔に書いてあったそうだ。無一文だと。政岡は顔を下に向ける。


「無いです」


 嘘なんてつけなかった。見栄は捨てた。いや、4年前にはもう既に持ち合わせていなかった。


「お前さんが良ければだが、ウチの裏側にある馬小屋、部屋が空いているんだ」


 顔を上げる。もしかしたら。


「好きに使ってくれ。料金は、またここで飯を食ってくれたらそれで良い」


 僥倖……! 異世界の人間でこんなにも優しくしてくれた人間が居ただろうか。


 店主はコック帽を触りながら厨房に向かい右手を上げてヒラヒラさせる。礼は良いから行ってこいと。政岡はそう感じ、静かに頭を下げ店を出て裏手の馬小屋へ向かう。


 どうやら馬は居ないようで、草の束だけが残されている状態。政岡はその草の束にダイブ、思ったよりも感触が良く、体を沈んで離さない自然のベット。このまま眠れそうだ。そのまま政岡は目を閉じる。


「ん?」


 何かくさい。なんの臭いだと思い、目を開けると。


 目の前に茶色の物体が鎮座していた。


「……」


 政岡はそのまま目を閉じた。



『次回予告』


 俺の名前は政岡優吾、今の俺なら何でもできる気がする! カレーも美味いし馬小屋も快適だ。そんな時に激アツな情報を耳にし、街に行く決意を固めた!


次回【デッドラン】


 せーの、パチンカス

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