第8話 トラウマ ③


 数十分経過。このまま帰っても意味がない。政岡は左手にあるビジネスバッグを見つめる。現在4個。80ゴールド。何をどう計算したところで泊まれるわけもないことは明白だ。  


 政岡は立ち上がり、スライムの居たところに戻る。熊から無我夢中で逃げたことにより時間が経つと現在地も解らなくなる。そうなると赤信号。それだけは避けなければならない。

 

 熊のこともあり、周りへの警戒を今まで以上にする。気付かず後ろから来られるとお陀仏一直線だ。


 それにしても、熊は一匹60ゴールドらしいが、明らかにスライム3匹どころではない戦闘力だ。料金設定がおかしいのでは? これだったらスライムを狩り続けて熊は放置が安全策だ。そうすると熊が増え続けてしまうことになるわけで、この世界に猟師とかがいるのか、それともまだ見たことはないが、冒険者や勇者がいるのか……?


 物音がした。何か重たい物を地面に下ろしたときの様な振動に近い、ずっしりとした音。


「んん?」


 目が合った、否、あれは目なのか? 岩か何かで出来ている人形の何か。人で言うなら目と口の部分が空洞だ。歩いて近づいてくる。

 

「ほぅん?」

 

 小さい。政岡より何回りか。これがゴーレム? 身長は政岡の胸あたり。体は重いのか、歩き方がドッシリと一歩一歩踏み抜いてる。


「……」


 油断はしない。動きは恐らく遅い。先手必勝。100ゴールド。


「っっシャアァァッ」


 助走をつけてからの前蹴り、全体重を爪先に乗せる。足がゴーレムの胸に触れる、このまま押し倒そうと精一杯力を入れ。


「へ?」


 まるで大木に向かって蹴りを入れたのではないかという錯覚。それほどまでにゴーレムはピクリとも動かなかった。

 絶望した政岡の脇腹をゴーレムが両手で掴む。


「ちょ、まっ」


 何の重みも無いかの様に軽々と持ち上げる。余りの力の差に政岡は青ざめる。腕や肩、足をジタバタとするがそれ以外に何も出来ない。抗えない。何故草食動物は肉食動物に襲われてる時にもっと抵抗しないのかと疑問を感じたことがあったが、なんてことはない。


 無理なのだ。

 

「すみません! 許して下さい! なんでもしますから!」


 命乞い。今政岡が取れる最善の行動。言葉が通じるかは解らない。それでも、これしかない。このまま説得を試みる。


「せ、精一杯ご奉仕させて頂きます、いやぁ光栄だなぁ、こんな凛々しいゴーレム様の元で働けるなんて! 力強く整った顔立ち、ずんぐりむっくりなそのボディライィィインッッッ」


 ゴーレム、政岡を投擲。軽々と10メートル以上。当然の法則で地面にぶつかり、丁度斜面だったため転がり続ける。地面が草むらなのがせめてもの幸運。どこかは擦りむいただろうが、それよりも地面にぶつかった時の強い衝撃が政岡を襲い、悶える。


 体は、動く、骨には恐らく異常は無い。起き上がると同時に政岡はゴーレムに目線を向ける。


 近づいてくる。一歩一歩着実に。表情は無い。只々黙々と、機械的に。


 もう一度近付いたら殺される。そう確信した政岡は直ぐに動き辛い自分の体を無理矢理にでも動かし、走るために膝を少し落とす。


 それに呼応するかのようにゴーレムはゆっくりと走り出す。のっそりと。確実に、政岡に向かって。


「ひゅぇあああぁぁ」


 悲鳴にも近い政岡の叫び。体が痛いだとかはそっちのけで全力疾走。ゴーレムはやはり自分の体が重いようでそこまで早くない。だが、捕まれば死ぬという恐怖が政岡の体のリミッターを解除する。


 キレイなフォーム。人間が走る。この一点において理想的な動きを実現する。背筋を真っ直ぐに腕を膝から直角、交互に振り、足を上げ、着地する。もしも今タイムを測っていればベストタイムを更新しているだろう全力疾走。直ぐにゴーレムの姿は見えなくなる。  


 数分後。


 ここがどこかは解らないがとにかく逃げ切れた政岡。鼓動の音がうるさい。はち切れそうだ。呼吸もままならない。膝が震えている。後ろを振り返ってもゴーレムの姿は無い。政岡は頭を垂れ両膝に両手をおいてかろうじて立っている。


 そんな政岡の戦いはまだまだまだまだ続く……。

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