第5話 無一文 ③

 

 歩き始めて約10分、決して広い村ではないが、どこに何があるかが解らない。言語の壁が思っているのとは違う角度で現れており、意味が解らない事もしばしばある。


 ギルド仕事斡旋所と書かれた建物を見つけた。まさにおあつらえ向きの建物を政岡は凝視する。流石に緊張が耐えない。もし日本みたいに身分証明書たるものがあれば即ち無職。政岡は緊張している。


「失礼します」


 そんな言葉があるかは解らないがとりあえず言っておく。


 いくつもの紙が貼られている壁、受付のような所に老人が座って何かを書いている。


「新顔だな。仕事が欲しけりゃそこに貼ってる紙を自分で取ってここに持ってきな」


 一瞥だけしてまた紙にご執心。以上、説明終わり。


「……」


 異世界に来て二日目、政岡は今の所まともな扱いを受けていない。それがこの世界の常識、世界観、この民度が普通なのだろうと納得した。兎にも角にも仕事だ。貼られた紙を一枚ずつ見る政岡。


 ゲームでもこういう場所があるが、恐らく住人からの依頼をここに集めているのだろうか。左上から紙を見ることにした。


【モンスター退治、スライム一体20ゴールド】


 スライム!? 不意にパチンコの一発告知が来たように目を見開く政岡。余りにも得体がしれないその紙を一旦飛ばす。


【森にゴーレム出現。一体100ゴールド】


 ゴーレム!? スロットでフリーズを引いたように目を見開く政岡。一撃で殴り飛ばされる未来しかないのでその次。


【森にベアー出現。一体60ゴールド】


 ベアー、熊。いきなり現実的なものが出てきて真顔になる政岡。


「……森、怖くね?」

 

 いきなり森に飛ばされてきた政岡からすれば思うところがある。


 農場の草刈り100ゴールド。


……突然の普通。


 他を見ても討伐、出現、退治の文字が政岡を苦しめる。100ゴールドだけでは雀の涙であるのに変わらないが、もしかしたらすぐに終わる仕事なのかもしれない。草刈りの紙を剥がして受付に持っていく。


「これ、お願いします」


 太陽はピークをとうの昔に過ぎ、あと少しでタイムカードを切って月と交代しそうな頃、政岡は腰に手を当てて宿屋の個室に入った。


「丸1日働いて、100ゴールド、割、低すぎ……」


 昼前から夕方まで延々と草むしりをして今しがた終わった。日給100ゴールドという圧倒的に低い日給に政岡は静かに絶望する。


 一泊300ゴールド2食100ゴールドという数字が深くのしかかる。先程食べたお粥も胃が足りないと声を挙げる始末。政岡は明日またギルドに行くことを決意し目を閉じ寝た。


残り465ゴールド


 朝起き、お粥を食べ、ギルドへ。兎にも角にも仕事だ。


 農作物の回収、回収した農作物を倉庫に運ぶ。150ゴールド。


 この張り紙以外は特に昨日と変わらない。仕方がない。仕方がないんだと自分に言い聞かせて張り紙を職員に渡す。


 太陽が月に引き継ぎをしている頃、政岡は筋肉痛で動き辛い体にムチを打ちながらも、お粥を食べに昨日と同じ飲食店へ向かう。


「お粥下さい」


 そう言った政岡はずっと下を向いている。


 このままでは明日は野宿。どれだけ長くとも3日で金は尽きる。政岡は未だかつて無いレベルで焦りを覚えている。


 痩せこけた顔の前にお粥か届く。政岡は一口咥え、咀嚼してる時、後ろの席にいる男が政岡に話しかける。


「しけた面してんなぁ兄ちゃん、どうだい!? 俺と賭け事しねぇか?」


「賭け事っすか」


「おうよ、ここに数字の1から13書かれたカードが4枚ずつ入ってる。俺と兄ちゃんが1枚ずつカードを引いて数字が大きかったやつが10ゴールド勝ち、負けたやつが10ゴールド負けだ」


 日本で言うならトランプを一枚引いて、数字が大きい人間が勝ちという、極めてシンプルな内容。勝率は50%


「……はい。カードを引くタイミングは僕が山札を切ってからでも大丈夫です?」


 イカサマの予防策。当然であった。


「勿論だ、てことは兄ちゃん、やるんだな?」


 政岡は山札を何回か切り、テーブルに置く。一番上のカードを見えないように手元に置く。


「……それじゃあ、行きますよ」


 政岡は不敵に笑みを浮かべる。異世界に飛ばされてから始めて笑ったことに気づいた政岡はその事実にまた笑う。


「いっせー、のーで!!」


 日は完全に沈み夜の帳が降りきった宿屋の部屋、政岡は枕に顔を埋めて一時間が経とうとしていた。


「0ゴールド……!? 何でなん!?」


 激しい自己嫌悪が堪えきれずに枕に溢れ続ける。


 結果は惨敗。最初は勝ってたような気がするが最後に10連敗、残ったのは宿屋の分のお金だけ。


 後悔の海に溺れかけた政岡はふと、起き上がり。


「……倒すしかない、スライム。1日20匹倒したら生活出来る!」


 政岡は無理矢理壁に笑顔を作ってそのまま横になり、寝た。



『次回予告』


 無一文の政岡は逆転の道を辿るためモンスター退治へと乗り出す。不定形のスライム、自分よりも何倍も大きい熊、明らかに死の気配を漂わせる石のゴーレム。餓死の前に政岡が見た景色は?


 次回【トラウマ】


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