第4話 無一文 ②
パチンコ屋の通路を歩いている。今日は遅番、スタッフの休憩回し、人員配置を頭の中で組む政岡。どうにも霞がかかったみたいに思考が回らない。ふと、男女の判別が出来ない老人が行く手を阻む。怪訝な面持ちで顔を覗き込むと老人はニタリと笑顔を向け。何かを話している。眉をひそめて耳をすます政岡。
「クソザコナメクジ」
政岡はカッと目を開ける。
どれほどの時間が立ったのだろうか、鳥かは解らないが何かの鳴き声が聞こえる。霞がかかった頭を抱え、体を起こす。日々の習慣でスマートフォンを数秒探し、動きを止める。
「……」
二度寝しようとしたが、留まる。
政岡は仰向けになって天井を見つめていた。
「1泊300ゴールド、食費は別……」
政岡は昨日放り投げた思考を組み立てる。
食事はいくら? そもそも食べれるのか? このままでは野宿。行き着く先は餓死、お金を稼がないといけない。20万玉の行方。
……取り敢えず外に出よう。
太陽は昇ってまだ真上には行っていない。ここが地球と同じかは解らないが恐らく昼前。
宿屋を出る前、主人に両替えを勧められた。飲食店の支払いは基本机の上に置くシステムらしく、100ゴールド相当の銀貨、10ゴールド相当の青銅貨、1ゴールド相当の黄銅貨があるらしい。銀貨1枚を青銅貨9枚と黄銅貨10枚と交換してもらえ、少しだけ金持ちになった気分の政岡。
政岡は近くに飲食店を歩きながら探す。傍目から解るかは知らないが宿屋の近くにあるだろうと近くの建物を順番に見る。
ふと、いい匂いが鼻孔をくすぐる。焼いた肉の匂いだ。
匂いの元を目で辿ると酒瓶が描かれた看板が入り口の近くに置かれている。そのまま釣られて店に入ろうとした政岡は「ゴミカスからビチクソまで」と書かれた看板を二度見して、立ち止まる。
「なんもない、なんでもない、多分言語の壁がいびつなだけやから」
政岡は自分に言い聞かせる様に独り言を呟き、店に入る。
全体的に木造の椅子と丸いテーブルが並んでおり、カウンター席らしきものがある。人は昼前だからか閑散としている。最後の客であろう男がカウンターにお金を置いてそのまま店に出ようとしている。
政岡は周りを見るが案内する人間もいなさそうなので勝手にカウンター席に座る。
「何にするんだ?」
カウンターの向かい、コック帽子を被った恰幅の良い中年の男が腕を組んで政岡を見る。恐らく彼が店主だろう。
「えーと、メニュー表、あります?」
この世界にメニュー表という概念があるかが解らない。政岡は恐る恐る尋ねる。
「他の街と変わんねぇよ。腹が減ったのか?」
「はい。空腹を満たそうかな、と」
どうやら少なからずこの店にはメニュー表が無さそうだと政岡は目線を下に向け考える。
「安くて腹が満たす奴お願いします」
「それだったら、お粥か白湯だな。お粥が30ゴールド、白湯が25ゴールド、肉メインだと50ゴールド位だ」
腹を減ったというのに3択の1つが白湯という事実に異議を申し立てたいが政岡はそれよりも今後の事を考える。
一泊300ゴールド、残金700ゴールド、後2日泊まるなら食費は100ゴールドだけ。
「……お粥をお願いします」
苦渋の選択。2食よりも3食を選ぶ政岡。肉をおかずに肉丼を食べるほどの肉好きだが、後のことを考えるとそれしか選択肢がない。
「おう、そうか」
店主は政岡の選択に驚き、カウンター近くの部屋に入る。恐らく厨房なのだろう。
政岡は待ちながら手を組み、再び考える。
このままでは残り2日しか生きられない。何にせよ金が必要だ。仕事を探すしかない。しかも日雇いの。無かったら死が目前。
「はい。お待ち」
置かれた器を凝視する政岡。異世界のお粥、中に入っている具材は大丈夫なのか、肉や野菜のようなものが入っているが、この白いのは本当に米なのか? 葛藤、恐る恐る木のスプーンを口に運んでいく。
「……」
気持ち程度の塩味。こんな胃に優しい料理を食べたのはいつ以来か。昨日の昼から食べていなかった政岡はそれを皮切りにすぐに平らげる。
「……」
何1つとして腹は満たせなかった。恐らく後10杯は食べれるであろうこのお粥を1日2食。
「ごちそうさんです」
政岡はポケットに入れていた青銅貨を3枚カウンターに置いて席を立ち出口に向かおうとする。
「ちょっと待て、お金、足りてないぞ」
「え? 30ゴールドですよね?」
「そりゃ税抜だ、消費税込みで35ゴールドだ」
消費税あるん!? 政岡、内心のツッコミを抑えきれずせめてもの抵抗で目を開く。
「……はい」
店主に黄銅貨5枚を手渡し店主は「まいど」と言いながらニッコリと笑う。
「ごっそーさんです」
早歩きで店を出る政岡。食費は残り65ゴールド。
騙された気持ちでいる政岡。温かい日差しも今だけ苛立ちを覚える。
政岡は心のしこりを頭と同時に振り払い、当てもなく彷徨う。
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