第3話 無一文 ①
老婆が去って数分。ここが異世界だという事実を認め切れない政岡。
「……寝たい」
政岡は現実逃避の手段として長時間の睡眠をとっていた。夢の中なら負けたことを忘れるから。そんなことを思っていた政岡に電流走る。
「ん? てか、お金……」
日本円、使えるのか? 解らない。とにかく宿屋はあるのか? 政岡は早歩きで村に入る。
村はそこまで大きく無いようだ。建物が30ほど、入り口近くの建物は商店街のように食料品の種類が分けられた店が並んでいる。見たことがあるような無いような野菜や果物の店を横目に宿屋を探す。
店より大きい2階建ての建物。入り口近くに看板がある。
【カスの揺り籠】
「ん? んー」
きっといい言葉なのだろう、どうやらこの世界は日本語が通じるが所々違っているようだ。気にしていても埒が明かないので扉を開ける。
「らっしゃい、一人?」
髭を生やした恰幅の良い初老の男が政岡を出迎える。
「えー、一人なんですけど、いくらですかね?」
政岡は内心緊張している。店主の返答いかんによって希望か絶望に別れる。財布の中は恐らく5万円、もしも円なら数日は大丈夫だが、聞いたことがない単位なら……
円なのか~、円じゃないのか~、ドッチなん、だい!?
こんな時に頭の中でしょうもない事を考える政岡。そんな彼は通常運転。
「一泊なら300ゴールド、飯は無いから他所で食ってもらうことになる」
「フフーん」
膝から崩れ落ちそうな所を必死にキープ。まだ希望はある。
政岡は財布を取り出し、一万円札を店主に見せる。
「あー、これじゃあ、駄目、ですか?」
店主は怪訝な目で一万円札を見つめ。
「なんだこりゃ、こんな良くわからんモンじゃ無理だぞ」
圧倒的絶望……! 無職無一文が決定した瞬間だった。
「あ、そうなんですね、えっと、持ち合わせがちょっと悪いので、後でまた来ます」
政岡は店主に軽く会釈して俯きながら踵を返す。彼の声は若干震えていた。
「物を売るなら店を出て右に曲がる。するとすぐに道具屋があるからそこで売るんだな」
希望が差し込んだ。
「ありがとうございます」
店を出て道具屋に向かう政岡。
昔アニメでやってた、スマホが高く売れる展開を! ワンチャン当分はそれだけで生きることができる!政岡は軽快な足取りで店に扉を開ける。
「1000ゴールド」
「ん? 1000万?」
「んーにゃ、1000、ゴールド」
道具屋の男なのか女なのか良くわからない老人の主人が携帯を物色する。
「ほーん?」
普段出ない声が出た政岡。政岡は混乱している。
「これ以上は無理だな、この店で買取はウチしかやっていないから、他をあたるなら違う村や街に行くんだな」
……足元ぉぉ
失策、きっと顔に出ていたのだろう。金が無いと。売るしかないと。政岡は自然と呼吸を止める。
「どうする?」
老婆は指に挟んだキセルを口に咥え息を吸い。
「止めてもいいよ?」
煙を吐く。政岡に向けて。
政岡は買い取るか否かはそっちのけで老婆に向けてキン○バスターをかける妄想にふけっていた。
政岡は苛立ちを覚えている。
「周りに村ってありますか?」
「あるにはあるが、歩きで半日かからんくらいだね。今から向かうと夜になっちまうし、モンスターに襲われるよ」
モンスタァ!
モンスターがいることに戦々恐々。とてもではないが他の村には行けそうに無い。
「……ちょっと考えま」
「次来たら800になるよ」
足元ぉぉぉぉ、通り越して足の裏ぁぁ。
老婆が突然政岡の足に顔を近づけてくる。
「どうしたんです?」
もしかすると、この革靴が珍しいのかもしれない。もしかしたらこれが大金の種……!
「いやね、足元を見てるのさ」
踏んだら駄目ですかね?
政岡は屈んだ老婆を只々見つめる。良くない事を考えてる。
「今なら、今だけ、1000ゴールドだ」
いつの間にか外は青から橙へ、この世界でも夜は来るのだろうか。
銀貨を10枚握りしめていた政岡は、早歩きで粛々と宿屋へ向かう。
宿屋の主人に300ゴールドを支払いベッドに倒れるように横になる。
「なんでなん!? 女神もおらんし、ヒロインもおらんし、チートスキルも無いし、お金も無いし、武器もない! なんでなん!」
政岡は枕に顔を埋め必死に吠える。力の限り。声が枯れるまで。
「寝る! 12時間は寝る! 」
目を閉じ、何も考えない。明日の事も今後の事も、パチンコの事も!
政岡は目を閉じ続ける。
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