第2話 チュートリアル
風が吹き、木々の枝が揺れ、音楽を奏でる。それに合わせて草木は踊りだす。日の光を当てながら。
椅子に座ってハンドルを握っていたはずの政岡、いつの間にか倒木に腰掛けて葉っぱを握りしめていた。
「……え?」
言語能力を失った。人は驚きすぎるとかくも喋る事が出来なくなる。
5分経っても変わらない現状に、取り敢えず夢ではないことを確認する。おもむろに足元にあったビジネスバッグに手を伸ばし、緑色の缶ジュースを開けて飲みだす。
「味も、うん、ある、厶ンスター美味しい!」
元気になった。頭も冴え渡る。兎にも角にもここから離れよう。このままでは何も解らない。
立ち上がり右手にビジネスバッグを持ち、とにかく歩く、当てはない、わかる訳がない。強いて言うなら道のようなものがあるので、それに沿って歩く。
周りを見ながら歩くがやはり何の見覚えもない。自然しか無い。人も居ない。
10分程歩いて、ふと、立ち止まる
「え、20万玉は?」
不可思議なことが起きたにも関わらず少し時間が経てばパチンコのこと。政岡は混乱している。否、正常だった。基本パチンコ玉の交換は当日限り、その日はICカードに入れていた事を思い出す。
右ポケットに入れていた買いたてのスマートフォンは圏外。役立たずだった。救助が来るかも解らないこの状態に不安しかないが何にせよ歩き続ける他ない。政岡は再び歩く。
一時間ほど経っただろうか、足に疲れを感じだした頃、森を抜け、木で出来た塀とその向かうに民家らしきものが見える。おそらく村だろう。その村までの道のりに一つの看板を見つける。
【ゴミカス村】
「ネェミングセンス!」
看板に突っ込みを入れ、そのまま通り過ぎようとすると、麦わら帽子を被った中年の男がこっちに向かっていた。
人がいることに驚き、それと同時に安堵を覚える。
内心胸を撫でおろし、とにかくここがどこなのかを聞こうと話しかけようとする。
「パチンカス!」
男に軽快な笑顔で向けられたその言葉に立ち尽くす他がなかった。そのまま男は通り過ぎ、森の中へ消えていった。
「なんで!?」
出会い頭で罵られた政岡、しかも笑顔。
悪い夢でも見ているのか? 政岡は深く、深く、深呼吸をする。
よし、気にしない。誰もいないのに笑顔を作る政岡。そんな彼はまだ正気の沙汰。気を取り直して村へと歩を進める。
村の入口なのだろうか、開きぱなしになっている門の近くで馬車とその向こうに老婆を見つける。
馬車初めて見たなーと思った刹那、一つの疑問が政岡を駆け巡る。
……日本じゃない? まさかとは思ったが、ファンタジーよりな自然、RPGとかに出てきそうな村。消えた20万玉。
「うむ……」
老婆が政岡を怪訝な面持ちで見つめ近づいていく。
「パチンカスー」
また罵られた。前世にどんな業を背負えば出会い頭の老婆にパチンカスとなじられるのだろうか。政岡がおもむろに顔を天に向けていると老婆が怪訝な顔で問いかける。
「もしや、アンタ異世界の人間かい?」
「い、異世界?」
異世界といえばあの異世界?
「挨拶を聞いてもポカンとしてるし、その服も見慣れないもんだ、一言で言うなら浮いてんのさ、アンタ」
政岡は眉をひそめて老婆に尋ねる。
「あのー、もしかしてなんですけど、挨拶って、あの、パチンカス? ってやつです?」
「うむ」
衝撃、まさかとは思っていたが本当に異世界……!パチンカスという挨拶。消えた20万玉!
「んー、んー、うん、はい」
笑顔を作る他なかった。瞬きの回数がいつもより多い。政岡は動揺している。
老婆は片目を瞑り政岡をまじまじと見つめる。
「なるほどのぅ、お主にはこれから色んな苦難が待ち受けるじゃろう」
老婆はうんうんと頷く。
意味深な発言。不安しか無いその言葉はひとまず置いておこう。取り敢えずこの老婆に色々と教えを請うことになりそうだ、これが異世界のチュートリアル。出来るならヒロイン的なポジションを切望するが、背に腹は変えられない。20万玉は業腹だし、腹に据えかねるが何にせよだ。……腹多くね?
政岡は錯乱している。
「それじゃあ、ワシは王宮に勇者が召喚されたそうじゃから、ここらで失礼するぞ」
「……ん?」
「頑張れ、若いの」
ポンポンと政岡の肩を叩き宝飾の付いたフードを政岡の背に向ける。
「少し家庭教師をな、それじゃあの、そなたにクソザコナメクジを」
「突然の悪口! その意味なんなん!?」
そのまま老婆は馬車に乗り森へと進路を進め、消えていった。
チュートリアル終了。政岡は顔を天に向け目を閉じている。
「……異世界って、パチンコ屋あるんかな?」
『次回予告』
オッス、オラ政岡。パチンコのウニコーンを打ってたらいつの間にか異世界に飛ばされちまったゾ! 何もしてないのにパチンカスって言われるし、もうメチャクチャだ! そんなこと言っても仕方がねぇから取り敢えず衣食住を確保するしかねぇ!
次回【無一文】
この次もオラ、ワクワクすっゾ
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