第5話 意外とついてゆけない

 シンプルに、走って逃げた。

 マーガの後を必死に追った。

 長い間、走って逃げて、ジャングルのなかに流れる川に来た。

 すると、マーガは「ここまで来ればだいじょうぶ」と、いった。「そう思いたい、わたしがいるよ」

 安全宣言じゃなくって、ただの、お願いだった。いや、だれへ。

 言いたいことはあったけど、あの蜘蛛が追いかけてくる感じはないし、オレは「よし、それでいこうぜ!」と、答えた。

 疲れすぎて、あたまがダメになっている。

「アレはなんだ」オレは、いきも絶え絶えしながら聞いた。「なんなんだ」

「だから、破壊に憑りつかれた、蜘蛛だよ」

「あんなの、オレの知ってる蜘蛛じゃない」

「わたしが知ってる蜘蛛も、まえはあんなんじゃなかったさ」

「じゃあ、なによ、アレはなによ」

「いや、アレを、アマデラにやっつけてほしいだ」

 こっちのしつもんにこたえないで、そっちのようきゅうを送り込んでくる。

「ええい、やつけられものかぁ! どこをどういう思考回路のはて、中一のオレがあんなのをやつけられるって思ったんだ!」

「荒々しいのね」

 マーガはオレの叫びの感想をいった。で、続けた。

「だって、わたしのいるこの世界じゃ、蜘蛛を倒す方法がないもの」

「蜘蛛を倒す方法がない」

「蜘蛛なんて、倒さなくってもいい世界だったから、蜘蛛の倒し方がないの、ここは」

「んー、そうなの?」

「でも、他所の世界なら、あると思ったわけ。だから、アマデラを呼んだ」

「いや、オレは蜘蛛退治の専門家じゃないよ」

「あの蜘蛛ね、もともとは、ちっちゃかったんだけど、ちょっと前に、破壊がぬるって、やってきた来たの、で、破壊に寄生されて、で、大きくなって、凶暴化しちゃったの」

「なにそれ」オレは嫌な感じを表情に出してしまった。「そういうの、オレ、嫌なんだけど」

「ま、他の生き物も、ぞくぞく破壊に寄生されてて、ここはいまたいへんなんだ」

「蜘蛛だけじゃないパターンとかもいいよ。そんなに種類いっぱいあっても、いいことないし」

 状況へのきょぜつ感がつよすぎて、じぶんでもおかしなことを言っているとわかっているけど、言ってしまっている。

「アマデラ、きみもすでに、ご存じのとおり、きみはここからそっち世界に還れる」

 マーガがそういった。

「なので、向こうに戻って、蜘蛛の倒し方を勉強してくれ」

「ん?」

「じゃ、また、これ食え」

 いって、マーガはあの妙な球体を差し出してくる。

「この前のアレかよ」気がすすまないというか、身体が拒否反応すらしている。

 でも、食べないと戻れない。罪の心当たりのない、罰ゲームだった。

「どうしてもこれを食べないと戻れないのかい、他の方法とかないのか」オレは追及してみた。「もっと、ラクに還れる方法とかの開発に余念をそそいでるのか、こちち文明は」

「いや、これを食べても戻れないよ」と、マーガがいった。「眠るだけだ」

 眠るだけ、なのか。

「あのね」と、マーガが仕切り直す。「アマデラ、いいか、わたしは、きみを、この宇宙の底へ呼べるんだ」

「ああ、その件か。宇宙の底とかなんとかいう、ワケがわからないし、きかされた方がこまるしかないはなし。でも、ま、そこは置いといて、きくよ」

「で、あのね」とマーガはちょっと前を巻き戻して再生するようにいった。「アマデラが、ここにいれる時間って、そっち感覚でいう、二時間なの」

「二時間」

「二時間経ったら、アマデラは、強制的に向こうに還る。これは誰にもとめられないのさ」

「あ、やった」

 よろこんでしまった。いや、よろこんでいいんだ。きがねなんて、いらないさ。

「でね」

 マーガは指を立てた。

「アマデラが向こうに還っても、わたしがまたこっちにすぐ呼ぶことはできる。還って、一秒後には呼べる」

「いや、呼ぶな」

「でね」

 マーガは無視して続けて来た。

「アマデラをわたしがこっちに呼び出して、二時間経って、アマデラが向こうに還って、で、すぐにわたしが呼び出したとしても、アマデラは、アマデラの世界で、さいてー、百六十八時間経たないと、呼べない」

「ひゃ、く、ろくじゅう、じゅうー、じかん?」

 ちょっと暗算してみよう。算数ならわかる。一日が二十四時間だからー、百六十八時間で、七でわれてー、七日。

 やった、うまく暗算できた。

 で。

 すなわち、一度、この世界に呼ばれると、オレが次にこの世界にこられるは、オレの世界で一週間経った後ってことか。

「え、じゃあ、なに」

 オレはマーガを見た。

「いま目の前にいる、きみは、一週間前のきみじゃなくって、一週間前にオレが呼ばれてから、何時間しかたってない、というか、きみは、あの日のきみのままだった、ってと?」

「あの日のきみのまま」マーガはその部分に、すごく反応をしめした。「なんか、見逃せない刺激を感じる」

「てことはー」でも、こっちはそれどころじゃない。この時間のおかしな感じを受け入れるのに、頭がぐちゃ、っとなっていた。「え、てことはー」

 そんなとき、マーガがいった。

「とまあ、そういう時間の関係があるから、アマデラの世界から呼んだわけだね、うん」

「ん、なんのはなしを」

「わたしね、今日中に、あの、破壊蜘蛛、やっつけないと、わたし、ちからを無くすんだ」

「ちからを無くすって?」

「わたしたちは、みんな少しずつ、特別なちからを持っている。でもね、ひとつひとつは弱いんだ。でもね、でもね、そのちからを人に貸すことができる、集結させることができる。でね、みんなのちからはね、いま、ぜんぶ、このわたしの中にある。わたしが選ばれたから。みんなのちからで、大きなちからを得て、わたしは、こうして、広い、この宇宙の底以外の場所を、検索して、アマデラを他から、ここへ招いた、というわけさ」

 また、いきなり、とんでもない説明をされ。

 で、うん、そうか、わかった。

 やってやるぜー。

 とはならない。

 意外とマンガ的展開に、ついてゆけない、じぶんを知った。

「でも、今日中に、あの、破壊蜘蛛をやっつけないと、わたしはみんなのちからを集める者としては、失格になって、ちからを回収されてしまう」

「よくわかんなけど、投資のしっぱいの責任、みたいなことかしら」よくわかってないけど、そういう言い方をしてみた後でいった。「というか、なぜにオレを」

「んん、わたしのちからは、ここ以外の他所を検索して、こっちに呼び寄せるんだけど。どうやら、虹に関係あるものじゃないと他所から呼べないんだ」

「虹」

 虹。

 オレの名前は、尼寺虹郎。

 あまでら、にじろう。

 ちなみに、にじ、って書いて、尼寺、って変換もできる。

「おい、まさかそれだけで呼ばれたのか」

「つまりね!」

 マーガはおれの問いかけを無視していった。

「さっきいったけど、二時間でアマデラはこっちから還るけど、還ってすぐに呼び出せるの。でもね、アマデラの方は一週間時間をあけないと来れない。ということでアマデラ、きみが向こうに還ってる一週間のあいだに、あの、破壊蜘蛛のやっつけ方とかを、その、あみだしてきておくれよ」

「むりじゃ」

 と、いったとき、開いたこの口に、マーガがあの玉を入れてきた。

 で、気をうしなった。

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