第2話 彼女は

 ある時、虹が降ってきて、それまでの世界をすべて流し去った。

 そして、いまは虹のあとの世界に、みんな生きている。

 と、彼女はおしえてくれた。

 さっぱりわからない。その説明だけで、いよぉーし、すべて、わかった、という人はいるのか。いたとしても、その人は、変わったひとだろうから、あまり、人生かんかくの参考にはなるまい。

「あ、わたし、マーガレッタね」

 と、彼女は名乗った。

「マーガレッタ・コンスオーロ。マーガと呼んで」

 そういわれたので、すぐ「マーガ」と呼んでみた。

「気安く呼ぶな」

 そして、そう返された。

「キムズカシイんだね」

 と、言い返した。あの後で、こっちも名乗った。「オレは『尼寺 虹六』」

 れいぎ正しいところを見せて、こっちの方が知的だという意味で。

「あまでら、にじろく」マーガが名前を聞いて、あとは「ふーん」と、うすい反応しかしなかった。

 尼寺虹六。このフルネームを聞いて、反応がそれだけな人にぶつかるのは、すごく、しんせんな感覚だった。ふーん、だけで終わるとは。

 じぶんでいうのもあれだけど、パンチの効いた本名だし、名乗れば、いつだって、いや、ろこつには、聞かれないけど、でも、相手が、なぜ、そんな名に、みたいな顔をする。小さいころなんて、ダイレクトでいじられた。

 でも、マーガの反応は、ふーん、だけ。ふーんエンドだ。

 見どころある人だった。かわいいし。しかも、話していて微妙に緊張しない、かわいさだった。

 ふーん、だけ。と、それに関心していたせいで、ちょっと間があいてしまった。で、オレは、ちょっと心の挙動不審になって「いや、じつは、うちの家、先祖が尼寺をしてて、この苗字はそこかららしく」と、確実に、いましなくていいだろう話をしてしまう。

「え、ああ、いいさ、いいよ」マーガはそんなオレを手でせいした。「きみの出生とか、ここでは完全無意味だから」

「え、ああ、そう」

「実力しか使えないから、ここでのきみは。身分の後ろ盾の期待はないから」

「そのかえしって、なにか、だいたんにして、破滅の序曲のはじまりを感じざるを得ないよ」

「気にしたら、負けだ」

「負ける人って、気にすべきことを気にしないから、負けるパターンって多いんじゃないかな」

「ああ言えば、こう言うのな」と、マーガはいった。「そっか、頭イイんだね」

 褒めたのかな。それとも、ひにくかしら。知らない世界なので、空気感がわからない。ただ、森の空気が澄んだ空気なのはわかる。

 木がいっぱい生えてる。いや、よく見ると、木と、わらびみたいな、せんたんがぐるぐるで、しかも、ふつうのわらびよりも、はるかに大きな植物みたいなのが生えている。

「ここ、ジャングルなのかい」

 そこで、聞いてみた。

「ん、どうした、アマデラ」マーガが顔を向けてくる。「なにか気になることでもあったか」

「気になるというか、気そのものも間なく狂いそうというか」

「そんな、ふわふわしたこと言ってないで、はっきり言え。優柔不断か」

「日本語うまうよね。なぜに」

「で、どうした」

「いや、ここ、どこなのかなって」

「ここは宇宙の底だよ」

「宇宙の底?」

「だからね」マーガは、なにか手ぶりで伝えようとしきた。

 まずは右手を上にする。

「この右手が宇宙ね、宇宙だと思って、この右手のあたりが」

 つぎに、左手を下にする。

「で、右手から、ずーっと、落ちて、落ちて、落ちた先が、ここ、この左手のあたりが宇宙の底だ。ほれ、わかりやすいでしょ、宇宙から落ちると、ここ、いまわたしたちが立っている、ここ、この地面が宇宙の底」

 落ちるってなんだろう、宇宙って高さないし、重力ないし。

 あ、いや、だめだ。いまは深く考えてはいけない。

 だって、夢かもしれないし。いや、もし、夢だったとしても重病さ。

 まてよ、そういえば、スマホを持っている。写真でもとっておこう。と、思って、スマホを構えてカメラをジャングルへ向ける。写真を一枚とった。それから、マーガも写真も撮っておいた。

 オレがなにをしているのかわからず、マーガはふしぎそうな表情で見てたので「観光地に来たと思うようにしてみた」と、報告しておいた。

「不安定なのね」と、いわれた。

 心配してくれたらしい。

 よし、では、原点に戻ろう。

「マーガ」

「はいよ」

「なんで、オレを呼だ」

「だから、助けてもらおうと思ってね」と、いって、マーガは変なポーズをして、指さしてくる。「きみに」

「助けるって、なにをしろと」

「蜘蛛をやつけたくって。虫、いるんだ、この森に、蜘蛛」

「クモ」

「蜘蛛がね、やっかいなんだわー、さいきん」しみじみといった様子でいって、腕を組み、顔を左右に振った。「わたしは、蜘蛛苦手でねえ」

「クモを倒せと」聞き返さすと、マーガはうなずいた。「クモなんて、どうにでもなるんじゃないのか」

「じゃ、やって」

「うん、ストップ、やっぱこの会話、一回ぜんめんストップだ」話しているうちに、嫌な予感がしたので、いったん話をとめた。「その、クモって、ふつうのクモなのか」

「ふつうじゃないねえ」

 いって、マーガは、はは、っと笑った。

 そして、つづけた。

「あのね、破壊蜘蛛なの」

「破壊の蜘蛛なのか」フレーズのイメージを向き合いながら想像して「まあ、なにか、一大事な気がするフレーズだ」とこたえておいた。

 じぶんでいっておいて、なんだけど、この会話は、なにかがよわい者同士の会話な感じもする。

「その、破壊蜘蛛がさ、この森に現れて手に負えんのだ」

「なら、ほっとけば」

「いや、ほっとくと、この森が破壊される。破壊に憑りつかれると、みんな、この森を破壊しだす。ほんと、そこらへん、たいへんなの」

「というか、この森って、いったい」

「みんなの森だ」

「なに、みんな、ってことは、他にも人がいるの」

「いるいる」マーガ何度もうなずいた。「いるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいる」

 なんか、いっぱいいるらしい。

「なら、その、いっぱいいる人でなんとかすればいい」と、いってみた。「集合して、こうげきすれば」

「いや、でも、わたしがいまあれだから」

 こたえが、ふにゃ、っとしててわからない。どういうことなんだろう。

 いや、それよりいま、なにより知りたいのは、ここから還れるかどうかだった。

 しょうじき、目の前にいる女の子が、かわいくなかったら、きっと、目に余るほどのパニックになって、泣いているところだった。

「で、オレはもとの場所に還れるんだよな」

「うん、もちろんだよ」

 マーガは大きくうなずいた。

「ずっと、ここにいられても、わたしの生活時間が消耗されるだけだ」

「どういうつもりの発言、それは」

「え、あ、じゃ、一回還る?」マーガがクリスピーな感じでいってきた。「還ってみるかい? だいたいんに、しなやかに」

 オレは少しだけ考えてから「よかろう」とうなずいた。

「なら、これ食べて」

 と、マーガが腰にさげていた巾着からそれを取りだす。虹色の球だった。

 飴玉かな。でも、色がすごい、食欲をぜんぜんそそらない。というか、食欲を退散させる色だった。

「死ぬだろ、これ食べたら」オレは勝手に決めつけてそういった。「死んで、土に還れってか」

「まあ、くえ」

 いってマーガは、ぐい、っと手をオレの首の裏を抑えて、虹色の玉口に突っ込んだ。すごい腕力だった。たくましいぜ。

 で、それが最後の記憶だった。

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