第3話
「だって、最近はアカデミーにも顔を出してないっていうじゃないか。だからこうして、直接顔を見に来たんだ」
その荷台いっぱいに積まれた、黄色い花ばかりのかごを、一つ取り出す。
「はい。どうして毎日贈っているのに、受け取ってくれないんだ」
「いらないって言ったはずですけど!」
「……。そのことで話しがある」
やっぱり、怒らせてしまったのだ。
彼は花かごを抱えたまま、私の横を通り過ぎた。
仕方なく後をついてゆく。
そのまま二階にある私の部屋へ直行すると、バタンと扉を閉めた。
ノアと二人きりになる。
「はぁ~……」
彼は大きなため息をつくと、その花かごをテーブルに置き、ゴロリとソファの上にうつ伏せに寝転がった。
私はその向かいに腰を下ろす。
そのまま彼の話し始めるのを、じっと待っていたけれど、全く動きだす様子はない。
「……。どうしたの?」
「……。どうもしない」
ようやく、むくりと起き上がった。
ミルクティー色の真っ直ぐな髪を、くしゃくしゃとかき乱す。
「アカデミーに何度も行ったのに、君がしばらく来ていないと聞いて、ちょっとムカついただけ」
「私だって、行けない日はあるわよ」
「……。知ってる」
なんだか機嫌が悪い。
なんなの?
ふと彼の視線が、背後の壁を捕らえているのに気づいた。
「僕の花は受け取ってくれないのに、アーチュウ選手からもらった花は押し花にして、壁に飾ってあるんだ」
「し、しおりにしようと思ったのよ。だけど、そうするには大きすぎて……」
もらった花も茎も葉も、そのまま残しておこうと思ったら、どうしても小さく切り落とすことが出来なかった。
「は、花はうれしいけど、そんな気にすることないでしょって話し! 私が軽率だったわ。謝ったじゃない。ごめんなさいって」
ノアはまだ壁にかかったそれを見つめている。
私はテーブルの上の花かごを膝に移すと、その甘い香りに顔を埋めた。
「なによ。別にしおりにするくらいいいじゃない」
「まぁ、いいんだけどね」
「そのことで、まだ怒ってるの?」
「いや、もう怒ってないよ」
ノアはフイと顔を横に向けたまま、じっと何かを考えこんでいる。
「……。ねぇノア。ステファーヌさまのお誕生日会には、一緒に参加するんでしょう?」
「うん」
「最近は、そのお作法レッスンで忙しかったのよ」
「……。うん」
「私は今年、初めて行くのよ。ノアはもう、何度か行ったことはあるんでしょう?」
「うん……」
「どんな雰囲気なの? 私は初めてで、結構緊張してるの」
「別に。どうってことはない」
彼は両手の指を組むと、モジモジとうつむいた。
ノアの様子がおかしい。
不機嫌というより、少し沈んでいるような気がする。
「当日は、ちゃんとエスコートしてね。おかしなことがあったら、遠慮なく教えてほしい」
「……うん」
「……。どうしたの。なにか、気になることでもあった?」
「いや。何もないよ」
そう言って彼は、ようやく重い腰を上げた。
「君はいつも通り……。そう、いつも通りにしてくれればいい」
「えぇ、分かってるわ」
そのまま帰るのかと思ったら、しばらく何かを考えた後、ノアはまた腰を下ろした。
そわそわとして落ち着かない。
何かを話そうとしているのに、それを伝える言葉が見つからないみたいだ。
ずっとモジモジしている。
私は何をどう話しかけていいのか分からなくて、ただそんな彼を見ていることしか出来ない。
ノックが聞こえ、扉が開いた。セリーヌだ。
「ノアさま。すぐお戻りになるようにと、お城からの伝言でございます」
セリーヌの視線は、じっと私たち二人に注がれている。
その視線には、少なくない威圧感が込められていた。
さすがのノアも、セリーヌには敵わない。
「ノアさま。急いでお帰りくださいませ」
「あぁ……。分かった」
ようやく立ち上がった彼を、私もエントランスまで見送る。
迎えの馬車が到着していた。
彼は大きく息を吐き出すと、横目でチラリと私をのぞき込む。
「ねぇ、また花を贈ってもいい?」
その言い方は、とてもぶっきらぼうで、優しさとはほど遠い。
「いらないわ。お庭にもたくさん咲いているもの。気持ちだけで十分よ」
「だけど、部屋にはあまり飾ってないじゃないか」
「まぁそうだけど。足りてるもの」
「……そっか。分かった」
夕陽の中を、ゆっくりと帰って行く小さな荷馬車を見送る。
結局、ノアはなにをしにきたんだろう。
そんなことがあってから、さらに数日が過ぎた。
館に籠もりきりで、ひたすらダンスと礼儀作法のレッスンは続く。
ついにその日がやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます