第2話
「昨日からなにかと、世間じゃ君とノアの話題で持ちきりでね。その真相を確かめに来たんだ」
そう言うと、彼は私に手を差し出した。
ダンスのお誘いだ。
「しばし、お相手願えませんか?」
突然の申し出に、断る理由も思いつかない。
仕方なくそこに手を重ねる。
「はは。ノアに見つかったら、俺も怒られるな」
フィルマンさまの手が、グイと私の手を引いた。
それに釣られて、足元がよろける。
「俺が気軽にお誘い出来る女性ってのも、アデル以外なかなかいなくてね。ノアにはちょっと、我慢してもらわないと」
力強い動き。
ノアにはない自由奔放なリードの仕方だ。
音楽もないなか、フィルマンさまの手の上で、くるくると踊らされている。
「ど、どういったご用件でしたか?」
「ん? ちょっと君の顔が見たかっただけだよ」
「またそんなご冗談を……」
腰に回された腕で強く引き寄せられ、体を反らす。
フィルマンさまの支えがなければ、倒れてしまいそうだ。
「君は先日、プロポーズされたそうじゃないか」
「ノアさまという婚約者がおります」
「はは。そのノアにも、みんなの前でプロポーズされたんだろう?」
そ、それはそうかもしれないけど、全く事情は違うし!
ようやく引き上げられる。
やっと普通に立てるようになった。
「で、君は結局、どっちを選んだの?」
「ノアさま以外、おりません!」
「真面目だなぁ。だけど、それでは俺も世間も面白くない」
今度は体を密着させる。
スローステップでそっと耳元にささやいた。
「例えば、他の誰かが気になったりはしないの? 俺ならすぐに紹介してあげられるけど」
その言葉に、私はダンスの手を振り払った。
「いくらフィルマンさまでも、それ以上は許されません」
彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに大きな声で笑いだした。
「あははは。やっぱりアデルはアデルだなぁ!」
わざとらしいほど、丁寧に頭を下げる。
「これはこれは、大変なご無礼をお許しください」
「フィルマンさまこそ、冗談が過ぎます。からかいにいらしただけなら、もうお帰りください」
「うそうそ。本当はこれを渡しに来たんだ」
そう言って、胸のポケットから一通の手紙を取りだした。
「これは?」
白い封筒に、マルゴー王家の紋章で封がされている。
「ステファーヌの、誕生日会の招待状さ。俺も、今年こそ君も来るべきなんじゃないかと思ってね」
ステファーヌさまは、第一王子だ。
毎年開かれるお誕生日会に、今まで私が出席したことはない。
「これは、兄さんから直接俺が預かったんだ。本当だよ。君に届けてくれってね」
「ス、ステファーヌさまにまで、ご心配をおかけしているのですか?」
「んん? あぁ……まぁ、そうかな。とにかく、当日は楽しみにしているよ」
ウインクを投げて、フィルマンさまは去ってゆく。
これは事件だ。
いくら私でも、このお誘いを断れないことくらいは分かる。
「馬車を! 今すぐ館に戻ります!」
それからの数日は、アカデミーに顔を出す暇も与えられず、セリーヌからの厳しいレッスンが待っていた。
第一王子のお誕生日会となると、国内の上級貴族だけを集めた特別なパーティーだ。
ノアと2人、公式行事には何度も出席したことはある。だけどそれは、ただ座っているだけでよかったものだった。
だけど今回は違う。
私にとっての、本当の意味での社交界デビューだ。
「背筋は伸ばして! 指先にまで神経を尖らせるのです。会話は短めに。くれぐれも余計なおしゃべりはしないこと!」
ここへ来てから、もうずっとこういうレッスンは受けてきたけど、今回はとくに厳しい!
「もういいわよ、セリーヌ。どうせ私になんて、誰も注目してないんだから! 主役でもないし」
「そう思っているのは、アデルさまだけです! あなたは先日の失敗を、また繰り返すおつもりなのですか! 真っ直ぐ顔を上げて、決して笑顔を崩してはいけません」
「とにかく、これ以上は今日はもう無理!」
ソファの上に倒れ込む。
第一王子からの、初めての私的な招待だ。
それはとても名誉なことだけど、緊張感もハンパない。
「アデルさま。休憩したら、もう一度歩き方と、立ち止まった時の手の位置の確認を。あなたは常に見られているし、監視されているのです。少しでも隙を見せたら……」
館の外に、馬車の着く音が聞こえた。
侍女たちが何か騒いでいる。
やがてその一人が、部屋に飛び込んで来た。
「何事ですか」
「ノ、ノアさまが、荷馬車でお越しになりまして……」
「なんですって?」
エントランスから外へ飛び出す。
小さな荷馬車の御者台から、ノアが手を振った。
「やぁ、アデル。久しぶりだね」
「な、なんで?」
「なんでって……」
そう言うと、彼はそこからぴょんと飛び降りる。
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