第8話 体育会系の徳(得)とはなにか

声がでかい、細かいことを気にしない(恥ずかしがらない)、前へ出る(積極性)という体育会系の特徴とは、「場と間合いとタイミング」次第では大きな得となるのです。

○ 声がでかい

毎年、1部2部・短大すべての受験が終わった3月中旬、入試課の隣の教室では、打ち上げ(酒なしの宴会)が行われました。当時、私たち4人はまだ2年生(私は1年生)でしたので、「おーい体育会、歌を歌ってくれ」なんて職員の人たちから言われると、新入生気分のバカでかい声で、歌うと言うよりも我鳴(がな)る(怒鳴る)ようにして、大勢の職員やアルバイトたちの前で何曲も歌っていました(あまりのバンカラぶりに、せっかく仲良くなった短大の女の子たちからも、敬遠されてしまいました)。

その非常識ともいえるほどのうるささに、隣の部屋で同じ打ち上げをやっていた学生課や、地下の就職課の人たちまで私たちの部屋へ覗きに来て、口々に「体育会っていうのは、うるさい・バカ・恥知らず・・・。今年の入試課はとんでもない奴らを雇ったもんだ。」なんて、もちろん皆さん苦笑しながらですが、呆れていました。

しかし、この「声がバカでかい」のが、私の場合、就職の際(就活で)大いに役に立ってくれたのです。

4年生(5年生)の10月1日、待ちに待った「就職活動解禁日」、ジャージにビーチサンダル姿の私ではありましたが、心に夢と希望を膨らませて就職課へ行きました。

ところが、沢山の就職情報ファイルの詰まった棚が並んだ大きな部屋は、なぜか閑散としている。「学生たちでギュウギュウ詰め」を想像していた私は肩透かしを食ったような気持ちで、棚の周りを歩き回っておりました。

課の窓口の前へ来ると、中にいた一人の職員が「お、日拳!」と、小さな声で叫びます。その方は4年前の入試課の打ち上げの日、教室の扉を開けて私たちの狂態ぶりを眺めていた大勢の職員の一人で、かつては我が校の応援団の団長でいらした方です。

「どうも(と頭を下げ)、解禁日なので就職先を探しに来たんですけど、随分静かですね。」なんて言うと、団長は「???」という顔をして後ろを振り返り、近くにいた若い職員に向かって「オイ君、聞いたか?こんなバカがいるとはな。」なんて言う。すると、その職員は「イヤー、驚きましたね。」なんて、笑いながらもあきれ顔。


訳がわからん、という顔でボサッと立つ私に、団長はおっしゃいました。

「おまえなぁ、あんなの(就職解禁日)は建前なんだよ。」「実際には夏休み前とか4月頃から就職活動をやっていて、今頃はもうみんな、とっくに決まっているんだよ !」。

「ええー !」と、芯から驚く私。昇段級試験で(何度)落ちても気にしなかった私ですが、この時ばかりは愕然としました。「大学5年間で一番「驚いた」思い出は?」と聞かれたら、間違いなく「この時」と答えるでしょう。

しかし、さすがは、かつては数十名の団員を率いた応援団長、その肩書きは伊達(単なる飾り)ではありません。即座に受話器を取ると、若い職員に向かって「オイ君、○○工業所の電話番号(を教えてくれ)」と、指示を出します。

「しかし、あそこはもうとっくに(募集を)締め切ってますが。」

「いや、かまわん、ダメ元でねじ込んでみる」と言って、出された資料から、即座にダイヤルを回しています。

(このとっさの機転、行動力の速さこそ、体育会系の持ち味です。)

どうやら、先方の人事課には我が校のOBがいらっしゃるようで、その方と話をしています。

「うん、お宅が今年の募集を終えているのはよくわかっているんだ。だがね、うち(の大学に)に素晴らしい男がいるんだ。今どきこんな真面目な人間はいない、というくらいのいい奴なんだ。お宅で使ってもらえれば、絶対に役に立つ。会うだけでも会ってくれないか。」

団長が私について知っていることといえば、4年前、大声で歌を歌っていた、ということだけです。

ああ、それなのに、この団長はいきなり、一度も話をしたことのない私の「保証人」になってくれたのです。

団長の言葉を聞きながら私は、小中時代、校長室で説教された時には一度も感じなかった悔悟の情が湧き起こりました。「あなたが仰るような真面目な男に、きっとなって見せます。」なんて、まるで芝居の「一本刀土俵入り」の名場面です。

もちろん、大学生の当時、私が不良だったわけではありませんが、ここまで言われて(推薦されて)しまうと、私としても、襟を正して一生懸命やらねばならないという気持ちになり、身が引き締まる思いがしました。


団長の即座の判断と行動こそ、私たちが大学日本拳法という真剣勝負の世界で鍛えるべき「問題解決能力」というものではないでしょうか。(この団長、巣鴨のキャバレーで大騒ぎをしたり、〇〇〇の方々とケンカをしたりなんてバンカラ学生時代の話を、他の職員から聞いたことがあります。)

先生だの警察官という立場の人は偉そうにお説教しますが、彼らは自分の身体を張って人(の心)を助けよう(更生させよう)というわけではない。「お説教を垂れる」ことで、自分の給料をもらっているに過ぎない。

しかし、この応援団長は何一つ私のことを知らないのに、(とっさに)私の保証人となってくれたのです。私がいま、どんなにバカでも不良でも「御社に入った時には、自分が言った通りの真面目で役に立つ人間になる」「この私が責任を持って推薦する」と仰ってくれているのです。

人を更生させるのに、どんな偉そうな言葉よりも重みのある、これほど効果のある「説教」があるでしょうか。(ちなみに、子供の時、若干やんちゃ坊主で、人にちょっとしたケガをさせたりなんてことはありましたが、公務員のように、裏金造りや賄賂の要求なんていう、手の込んだ組織的な瀆職(とくしょく)に手を染めたことはありません。)

自分の身体を張って(自分の身を危険にさらして)仕事をするのが体育会系なのだということを、私は団長の姿から学んだのです。


  さて、電話の向こうでは、担当者が上司に掛け合ってくれているようです。

1・2分すると、団長が「あ、そうかね。ありがとう。で、いつ行かせたらいい?うん、わかった。」

「え、名前 ?」と言いながら、私に向かって「おまえ、なんていう名前だ ?」と聞くのですが、その瞬間、しまったというように、慌てて受話器を手で覆います。

「はい、ヒラグリです。」と(この時ばかりは)小さな声で答える私。


団長は「もしもし、学生はヒラグリ、東洋大学のヒラグリを行かせますので、上司の方にも宜しくお伝え下さい。と言って受話器を置きました。

団長は日にちと時間、会社への行き方を私に教えると、窓口越しにサンダル履きの私を眺めてから「おまえ、成人式の時の背広を持ってるんだろうな。学ランはダメだぞ。」と注意されました。

  就職課を出た私は「自分が保証する人間の名前も知らない、というのもなぁ・・・。」と心の中で苦笑し、また、そんなバンカラ気風の団長に感謝したのです。

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