第6話 アルバイト
同期も含め、当時のわが校の日本拳法部員たちで恒常的にアルバイトをしていたのは私一人でした。
当時、両親の夫婦喧嘩に巻き込まれ、私も父親とはうまくいっていなかったのですが、5年間の在学中4年間は授業料を払ってもらい、家で食事もできるし、交通費のほか、毎月1万円の小遣いも貰っていました。男ですから、深夜に帰宅しようが無断外泊しようが、学校から呼び出されるなんてことさえなければ、好き勝手に生活できたのです。
しかし、(夫婦喧嘩というものが鬱陶しかったのか)2年半くらいは巣鴨や池袋でアパート暮らしをしていました。これは「自分の勝手」でやることなので、当然ながら自分で家賃なりを払わねばならない。そこで始めたアルバイトでしたが、いろいろなバイトをやる間に、そこの雇い主や先輩や仲間に教えや刺激を受けました。
東洋大学を選んだ理由というのは、当時「社会学部 応用社会学科 社会心理学専攻」という、かなり的を絞った限定的な(学問の)看板を出していたのはここくらいだったからです。純粋な心理学ではなく、社会とのかかわりの中で人間の心理を探求する・個人や集団の心理が社会にどう影響するのかを調査する、なんていうのに興味があったのです。
結局、私にとってのアルバイトとは、お金を稼ぐという目的以上に、様々な職場やいろいろな人間と接するという体験が、大学での勉強に代わるほどの大きな意味を持った、ということでしょうか。
大学で日本拳法部に所属している、ということで、良いことも悪いこともありました。試合前の夜間の強化練習(7日間)で休みたいと言うと、ある職場では首になり、ある職場では「立教なんかぶっ飛ばして今度こそ優勝しろ!」なんて、店長に檄を飛ばされたこともありました(そのカレー屋の本店は立教の近くにあり、立大生がお得意さんですし、もちろん冗談なのですが。)
この店長さんは「プレジデント」という隔月刊の雑誌を購読し、それが従業員の部屋に置いてあったので、少し早めに店に行き、仕事の前にそれを読んだりしていました。在学中に「ビジネスマンのシミュレーション」をかなり具体的にできたのは、その雑誌のおかげでした。
土方のバイトで2週間、荒くれ者の若い衆やおっさんたちと飯場に寝泊まりしたり、寿司屋・割烹・西洋レストランといった水商売、英会話の教材のセールスマン、「東西対抗 トラック野郎歌合戦」の警備員(審査員の菅原文太さんを間近に見れた)なんていうのもありました。
夏目漱石の「坊ちゃん」ではありませんが、もともと「怖いもの知らず」というか「人見知りしない・物怖じしない」という性格なので、アルバイトを選ぶのにも、きつい・辛い・恥ずかしいといった負の心理が働かない。時間と給料が合えば、なんでもやる、という姿勢でした。
日本拳法部で鍛えた体力のせいで、(ダブリ1年生の夏休み)宇都宮の元禄寿司で2週間、朝8時から夜11時まで立ちっぱなしで働く(ウエイター)とか、一か月間休みなしで朝10時から夜11時まで毎日、カレー屋のキッチンでコックをやったり(ダブリ2年生の夏休み)なんていうこともしていました。元禄寿司では地元の暴力団組長の息子とその仲間(暴走族)と一緒に働くことになり、初めは気まずかったのですが、結局仲良くなって面白い話を聞けました。
大学で日本拳法をやっていて(対人関係において)よかったと思うのは、殴り合いなら絶対に勝てるという「確信」です。もちろん、そんなわけはないのですが、あくまでもそういう心理状態を前提にして人とやり取りできる、というのは時には無謀とはなりますが、概して良い結果を招来してくれました。
では、力づくのケンカではなく、頭を使った戦いはどうかというと、こんな経験があります。
鎌倉にいた頃、交通事故で担当になった警察官があまりにも愚かなので「もっと賢い人間と勝負したい」と思い、横浜の検察庁へ行きました(事故の調書を取られる時に「私は絶対に悪くない」と主張すると、検察庁から呼び出しがかかるのです。)
詳細は省きますが「警察官という人間・仕事というのは、ビジネスマンから見れば、およそバカバカしい人と金の使い方をしているが、検察官は賢い」というのが私の知見です。私がお会いした検察官というのは、伊丹十三監督「マルサの女」における査察官役の津川雅彦のイメージです。
日本の警察というシステム(組織の体質)が、警察官たちにくだらない仕事をさせる、個人をそういう人間にしてしまう、ということなのでしょう。
(ロッキード事件などを見ると、検察も「組織としては弱きもの」ということがわかり、残念ですが)。
(検察庁の建物外観、呼び出し・出頭の手順、庁舎内部の重厚さ、検察官の理路整然とした知性と頭の回転の速さ、等々、NHK「電子立国ニッポンの自叙伝」に登場する、半導体開発のパイオニア諸賢達(理系)の文系版というところでしょう。)
「勤務中の警察官には肖像権がない」という最高裁の判例があるそうですので、写真を撮ろうが彼らについて論評しようが、根拠のない罵詈雑言でなければ、法的には許される。しかし、警察官は「バカ」と、公の場でこうして述べる以上、それなりの理由・根拠(事実)があるはずです。
ということで、別の項目で「私の警察官体験」を書くことに致しましょう。
私にも警察官と同じく知性はありませんが、大学日本拳法で鍛えた理性によって、在学中どんなアルバイトでも(それなりに)対応出来ました。また、卒業後の会社員時代(の10年間)、超がつくくらいの賢達の方々と仕事を一緒させてもらいましたが、そういう環境においても、大学日本拳法で鍛えた理性というものは、知性の乏しい私にとって大きな力となりました(現在、大学日本拳法をやられる方は、知性・知力を疎かにすべきではありませんが。)
もちろん、人間は「死んで初めて価値が確定する」ものですから、明日はどうなるかわかりませんが、少なくとも商社時代の10年間「大学日本拳法」は大きな助けとなりました。
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