第5話 ゼミ

これこそ、大学生ならではの学習といえるでしょう。

何をどう学ぶかを自分で考え、自分で学び方を立案し、自分でその考えを実証する。

仮説の提唱・仮説を実証する為の実験方法の立案・実験結果の検証と考察。

「私の還暦過去帳」に書きましたが、4年生(5年生)時の社会心理学のゼミ(社会調査)1つだけが、私の大学時代最大の危機(再落第)であり、また、唯一の学習と呼べるものでしたが、最終的には「日本拳法部のおかげ」で、この危機を乗り越えることができたのです。

私の仮説とは「現代の大学生は、じっくり本を読むことなく自分で体験することなく、彼らの知見とは、毎週一回発売される週刊誌の記事や論文をそのまま自分の意見や体験にしている」というもので、それを調査する為のアンケート用紙を作り・配布・回収(100人)し、自分の仮説が正しかったのかを検証する、というものでした。

夏休み期間中、上記語学補講の2週間、毎日昼休みの30分間、部室(壁も屋根もトタン(鉄板)のバラック建てなので、室温が40度くらいある)で、アンケート(10ページ)105部を汗まみれ・インクまみれでわら半紙に印刷しました。

灼熱地獄とはいえ、8畳くらいの無人の広い部屋で仮説の文章化を練るというのは、家ではなかなかできません。また、蠟塗りの紙に鉄筆で原版をカリカリと書いて作り、それをA3大の印刷機のスクリーンに貼り付けて、一枚一枚インクのついた鏝(こて)で印刷する、なんていう場所を取る作業も、夏休み期間中で誰もいない部室であるからこそ、できたことです。

しかし、大学時代、ただの一人も一般学生の友人がいなかった私が、なぜ100人もの学生にアンケート用紙の記入を頼めたのでしょうか。


8月末に行われた合宿終了後の9月、私は4~1年生15名に100部のアンケート用紙を渡しました。彼らは語学などの授業(教室)で、友人以外にも声をかけて私のアンケートの記入を依頼し、1週間後にそれを回収して私の元へ届けてくれたのです。

私のゼミにおける唯一の男子学友(他の7人は全部女性)は、結局アンケートの実施ができず精神的に落ち込み、脱落してしまいました。

そうです。私の大学生活における最大の危機(再落第)を乗り越えられたのは、ひとえに日本拳法部の部室と、後輩たちの協力のおかげだったのです。

〇 ゼミ その2

4年生の時にもう一つ厄介だったのが、東大の教授が講師としてやられていたゼミでした。この先生も、私がアメリカ旅行で4・5月出席しなかったので、単位をやれないと、一度は断られたのでした(代理で行ってもらった後輩がそう言われた)。


しかし、アメリカでの貧乏旅行で体重が激減してゲッソリと痩せこけ、更にOBにわびを入れる為に剃った「つるっ禿」頭の私を見て、一瞬で態度が豹変し(さすが東大、頭の回転が超高速です)、「授業(ゼミ)に出席しなくていいから、代わりに夏休み期間中に課題をやれ」ということになりました。それはアメリカ人心理学者の書いた論文を読んで、その要約と感想を書けというものでした。論文と言ってもA4用紙で200数十ページもあり、1ページ中知っている単語は数個というくらいの難物でした。

夏休み初めの2週間の語学補講が終わると、後半の2週間、今度は毎日学校の図書館へ通い、朝9時から夕方の4時まで辞書を片手に論文と格闘しました。運動バカの私にとっては日本拳法の試合よりもずっと苦しい戦いでした。何千という知らない単語を辞書で調べましたが、この論文のテーマであったattribution(帰属)という単語だけは覚えています。

50年後の今、私という人間は、日本という国家や日本人という「人間が考え出した狭い枠組み」ではなく、原始日本人若しくは縄文人というもっとぼんやりとした「素の属性」に帰属している、と思うようになったのは、あの時の特訓の遠い記憶が今の私に作用しているのかもしれません。

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