第3話 語学

これも「救済措置」がありました(私が入学した年度までで、翌年から廃止になりましたが)。1・2年生時の語学の授業を落とした者は、3・4年生の夏休み期間中、2週間集中講義に出席すれば単位をもらえる、というものでした。


4科目全部落とした(1・2年生の時、授業に全く出なかった)私は、5年生の夏休み、朝8時から16時まで、冷房のない校舎で汗だくになりながらもぐっすりと睡眠を取り、毎日16時半から23時までのアルバイト(池袋のカレー専門店でコックさん)の疲れを癒やしておりました。

授業が始まると出席簿が回ってきますので、みな授業を聞きながら自分の名前を書き込みます。テストの点よりも「出席」が最重要ですから、私も授業開始から15分くらいは必死に起きていて、名前を記入してから、机にうつ伏せになってゆっくり眠ります。

ところが、ある時、前の晩の疲れで授業開始から終わりまで寝てしまい、起きたら休み時間を挟んで次の授業が始まっていた、ということがありました。

よだれでびっしょりの机から顔を上げ、「しまった!」と声を荒立てて叫ぶ私に、隣の優しそうな男の子がこう言いました。「大丈夫ですよ。みんな、あなたを起こすかどうか悩んでいたら、向こうに座っていた女の子が、代わりにあなたの名前を書いてくれたんです。」と。

  (私は、髪はスポーツ刈り、薄汚れたジャージに底のすり減ったボロボロのビーチサンダル履き、というスタイルで、授業でも休み時間でも、誰にも話しかけたことがないし、話しかけられたこともありませんでした。)


5年間、自分のクラブの同期にさえ、愛情など感じたことのない私ですが、この時だけは「同級生っていいもんだな」と、しみじみ思いました(でも、なんで私の名前が書けたのだろう?)。

その「女の子」というのは、結局誰なのかわかりませんでした。

ちなみに「一番思い出に残る授業」とは、ドイツ語教師マルクス先生(女性)の授業でした。

  先生は教壇に立つと、和(にこ)やかに、こうドイツ語で仰いました。「みなさん、40年間の日本でのドイツ語教師として、これが最後の授業(テスト)です。答案用紙に名前だけはしっかり書いて下さい(院生が通訳してくれた)」と。

  80幾つの先生は、学生たちの拍手を背に、静かに教室を出て行かれました。


4つの語学のテストも、やはり私は、開始5分間で名前と学籍番号を記入し、日本拳法部歌を書き(スペースに余裕がある時は2番まで歌詞を書く)、あとはずっと寝ていました。

卒業して商社に勤めるのであれば、きちっと英語を勉強しておくべきでしたし、ドイツ人の女の子と付き合うことがわかっていたら、第二外国語で選択したドイツ語もちゃんと勉強しておくべきでした。「後の祭り」とはまさにこのことです。

まあ、小中高・予備校と、布団の中で小説を読んで勉強代わりにした国語を除き、他の教科で勉強をしたことがない(机に座ってしばらくすると必ず寝てしまう)私ですから、仕事で必要でも・彼女ができても、どのみち、きちっとした勉強なんぞしなかったでしょうが。

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