第16話 親友と父親
院長の朝礼が始まった。
「おはようございます。研修から戻って今日から仁先生が復帰します。皆さんも引き締めて仕事に取り組んで下さい。以上」
「皆さんには半年間、橘先生と協力して病院を頑張ってくれたこと心から感謝しています。ありがとうございました。これからは飼い主さんやペット達に寄り添い最善を尽くして対応できるような病院にしていきたいと考えています。
皆さん、よろしくお願いいたします」
仁は挨拶した。
朝礼が終わって橘先生が
「仁、何だか雰囲気変わったな。らしくなってきたわ」
「そうか!らしくってなんだよ」
と二人はじゃれ合ってた。
「先生方。診察の時間ですのでお願いします」
と一条さんに一喝された。
診察も終わって橘先生が
「仁、今日はお前の家でお祝いしようぜ。行ってもいいか?」
「ああ、じゃあ酒やつまみが必要だな。僕買って帰るから少し遅れる。待っててくれ」
仁の自宅で二人は楽しく飲んでいた。
「橘、そういえば一条さんとはどうなってる?」
「あーその事か。上手くいってると思う」
「思うって何だよ?」
「彼女は真面目なんだけど、突然大胆になったりして。俺さぁギャップ萌えで骨抜きなんだ。
けど彼女からは好きだって言われてなくて、たぶん両思いだと俺は思いたい」
「そうか、だから思うか。結婚とか考えてるの?」
「まぁな。俺はいつでもOKなんだけど。彼女の気持ちも聞いてないし、仕事を続けたいからか乗る気じゃないのが分かるんだ」
「結婚したら家庭に入れとかじゃないよな?」
「うん、俺はどっちでもいいんだ」
「お前の気持ち彼女に伝わるといいな。いや彼女なら分かってくれるよ。きっと。」
「まっ、諦める気は少しもないから頑張るわ」
「頑張れよ。応援してるから」
「おお」
「仁はくるみさんといつ結婚だ?来月とか言わないよな?」
「僕は今直ぐしたい。けどくるみの親をまだ説得できてないからな」
「仁もすんなりいかないか。お互いまだまだだな」
二人は笑って楽しくお酒を飲んでいた。
翌日、院長、仁、橘、一条の4人でミーティングを行っていた。これからの取り組みや対応の仕方を仁先生が説明していた。
「うっ、うっ苦しい」
と院長が胸を押さえて悶えていた。
仁は一条さんに救急車を頼んだ。
「父さん、父さんしっかりして、父さん」
仁は動揺していた。
救急車に乗り込んだ。心筋梗塞で緊急手術となった。母さんも病院に着いた。
「母さん、父さんを頼む。僕病院に戻るからすまない」
仁は頭の中の整理もつかないまま病院に戻った。
病院は混乱していた。
一条さんは飼い主さんの対応してくれていた。
橘は診察をこなしているが到底及ばない。
仁は頭の中を空っぽにして獣医師として集中した。
慌ただしい一日だった。やっと夕方には落ち着いて看護師達もホッとしていた。
母に連絡をした。
「仁、お父さん大丈夫だったよ。3週間くらい入院だって。病院の方は大丈夫だったの?」
「橘がいるから大丈夫だ。父さん大丈夫で安心したよ」
「橘さんが居て良かったわ。明日ならお見舞い出来ると思うわよ。じゃあね」
仁は橘と明日からの事を相談して帰宅した。
仁は疲労でグッタリしていた。まさか、あの父親が入院なんて。だが、いずれ引き継ぎをしなければならない。急に仁の負担が大きくなった。とりあえず休もう。明日からのために。
仁はくるみにメールだけをして横になった。
翌日、仁と橘は院長のお見舞いにきていた。
「すまなかった。病院は大丈夫か?」
力無さげな声だった。
「ああ、橘と協力してるから大丈夫だよ」
と仁は笑顔で答えた。
「私が留守の間は、仁お前が病院の事をしてくれ。お前には言ってなかったが半年前から体調が悪くてな。残務が結構あるんだよ。大変だとは思うがお前ならできるさ。任せたぞ」父は微笑んだ。
「はい」と力強く返事した。
病室を出て橘が
「仁、無理するな。全部背負い込むな。俺にたくさん頼ってくれ。ここで半年間やってきたから仕事の事は大体わかる。お前はお前にしか出来ないことをしてくれ」真剣な表情だった。
「ありがとう。橘が相棒で良かった。たくさん頼るから覚悟しとけよ」
仁と橘は固く握手した。
「任しとけ」
仁はくるみに電話をした。
「昨日はごめん。怒ってる?」
「怒ってないよ。それよりお父さん大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
「良かった。安心した」
「僕、今病院を任されてて、少し忙しくなって。電話できない日があるかもしれない」
「うん、気にしないで。大変なんだから仕事を優先して」
「ごめん、くるみ」
電話が切れた。くるみは少し寂しかった。
毎日があっという間に過ぎた。仕事と経営を両立するのは楽ではないがやり甲斐はあった。
明日は休みだが、まだまだやる事がある。
くるみに電話した。
「くるみ、ごめん。明日朝から病院に行って仕事を片づけたいから、会うの夜になるけどいい?」
「わかった。じゃあ、朝お弁当を持っていくから病院で食べて。それならいいでしょ」
「ありがとう、くるみ。お弁当楽しみにしてる。
また明日」
「うん、明日」
翌朝、私はお弁当を持って彼の自宅にいた。
彼は寝ていた。私は彼の寝顔をずっと見ていた。
突然ピピピッピピピッと鳴った。
私はびっくりして叫んでしまった。
「うわぁー!」
「くるみ?」
「ごめん。びっくりして!」
「もう、朝かぁ。目覚ましかけてたからびっくりさせたね」
「くるみ、どうしたの?」
「何でもないよ。はい、お弁当。きちんと食べてね」
「ありがとう。もちろん全部いただくよ」
「今日は夜会えそう?」
「うん、終わったら電話するね」と彼は言った。
「わかった、待ってる。頑張ってね」
彼の自宅をあとにした。
少しだけ彼の存在が遠く感じた。今は彼の頑張り時。だから応援して待つしかない。彼を信じて待つしかない。
あかりが帰ってきた。
「お姉、いたの?珍しいね。仁君は?あれー何かあったの?」
「仁のお父さん倒れて今入院してるの。それで仕事が忙しくて会えないかもって言われた」
と寂しげに言った。
「そっかぁ、仕事にやきもち焼いてるんだ」
あかりがズバリと言った。
「仕事だから仕方ないしわかってるけど、今まで私が一番だったから、寂しくてたまらない」
と吐き出した。
「たまにはいいと思うよ。お姉も身に染みてわかる事もある。大丈夫、大丈夫。仁君はいつでもお姉が一番なんだから」
と励ましてくれた。
「うん」涙が出てきた。
「ごめん、何か用事だよね」
「あ、うん。彼氏を紹介しようと思って」
「あら、私はいつでもいいよ。仁も忙しいし」
「明日のお昼いい?彼と出会った喫茶店で」
と照れ臭そうに言った。
「もちろん、喜んで」笑顔で答えた。
結局、仁からの電話は無かった。
朝になっていた。あまり眠れなかった。
母には疲れた顔をしていると言われた。
そうだ、あかりの彼氏に会うんだった。
私は支度を始めた。初対面の印象は大切だから
清楚な感じにして出かけた。
喫茶店に到着した。
中に入るとあかりがいた。
「お姉、こっち」
「はじめまして。あかりの姉で美山くるみと言います。あかりの絵を気に入ってくださってありがとうございます」と挨拶をした。
「はじめまして、私は遠山 真と言います。あかりさんとはお付き合いさせていただいています」
キリッとした顔立ちの長身で渋い印象の男性だった。仁とは18才も違う。仁が子供に見えちゃう現実を知り私はショックを受けた。本当なら私の隣はこんな大人の男性が当たり前なんだと。
「あかりのお姉さんですよね?若くてびっくりしました。あかりからは聞いていたのですが想像以上でした」
「いえ、そんなことないです。あかりの絵に惹かれた人だから、きっと素敵な人だと思っていたら想像以上でした」と3人で笑った。
あかり自身を受け止めてくれる人だと感じた。器の大きさが滲み出ていた。
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