第12話 旅立ちの時
仁は院長室にいた。
院長が入ってきた。
「待たせて悪い。話とは何だ?」
「相談したい事がある。これからの病院に何が必要かもっと知識や技術を磨いて少しでも多くの動物達を助けたい。だから半年だけでいい。東京の動物病院で勉強したいんだ」
「仁、急にどうした?半年だけでは何も身につかないぞ。それに私一人でこの病院を切り盛りするには厳しいぞ」
「その事なんですが、私の同期でうちの病院に来てもいいと言ってくれている獣医がいます。だからお願いできないでしょうか?」
「仁、言いたいことは分かる。だが医者は神ではない。助けられない命も必ずある。全てを助けることは出来ないぞ。それでもやってみるのか?」
「はい」と頭を下げた。
「そうか。私からお世話になる病院に話はしておく」院長は快く了承した。
「お前最近変わったな。いや、変えたのはくるみさんかな?」とボソッと呟いた。
仁は飼い主やペット達に何が大切かを知り寄り添っていけるような病院にしたいと考えていた。自分が学んだ事を病院の糧にしたいと。
二週間後、臨時の医師が出勤してきた。
院長は「これからしばらくの間、臨時医師として手伝っていただく橘先生です。仁先生は半年間東京の病院に研修に行くので、今日からは橘先生と協力して仕事を進めて下さい。よろしくお願いします」
「橘 俊介と申します。仁とは大学で同期でした。私の方が1つ上ですが。どうぞよろしくお願いします」と挨拶した。
仁先生とは違い、ワイルドなイメージの先生だった。
「看護師の一条です。よろしくお願いします。分からない事は私に聞いて下さい。では」
と少し冷たい感じだが、橘先生には気になる存在だった。
一週間前、くるみは仁の家に来ていた。
「くるみに伝えたい事があるんだ。僕は来週から半年間、東京の動物病院で勉強してこようと思っている。週末は必ず戻るからいいかな?」
「うん…」と間があり
「仁がそう決めたんだから頑張ってほしい。私応援してる」
「くるみ?本当は寂しいでしょ」
「大丈夫。週末は会えるんだし全然問題ないよ」と強がった。
「くるみは嘘が下手だね」
私を愛おしく抱きしめた。
「本当はすごく寂しい。だけど仁の事信じてるから大丈夫。それより絶対浮気しないでよ」
「くるみ、やきもちやいてるの?嬉しいなぁ。僕にそんな事言うの初めてだね。もちろん、僕はくるみだけだよ」
と優しくキスをしてくれた。
出発前日。
私は一人で彼の引越しの準備をしていた。
あと一時間くらいで彼が戻ってくるからそれまでにこれを箱に入れて。
するとインターホンが鳴った。
私は彼が早めに帰ってきたのだと思いモニターも見ずにドアを開けた。
彼じゃない、誰?
「あれ、どちら様でしょうか?宅配?ではないですよね?」
ワイルドなイメージの人が立っていた。
「ここ尾崎さんのお宅ですよね?」
「はい、そうですが」と答えた。
「あのー、仁さんは?まだ戻っていませんか?」
「ええ、あと一時間くらいで戻ると思います」
「あー、どうしようかな。また出直します」
「すみませんがどちら様でしょうか?」
と私はもう一度聞き返した。
「あっ、すみません。私仁さんの大学時代の同僚で橘と言います。明後日から仁の代わりに病院勤務することになっていて、いろいろ聞きたい事もあったので会っておこうと来てみたんですが」
「そうですか。散らかってますが中で待っていてください。どうぞ」と案内した。
「失礼ですがあなたは?」
「ごめんなさい。私美山くるみと言います。仁さんとお付き合いしています」
「そうでしたか。あなたの様な落ち着いた女性で安心しました。あいつ大学時代モテてたからいつも連れてる彼女違ってたし、大丈夫かなと心配していたんです」
私はやっぱりと思った。あんなイケメンを女が黙っちゃいないもの。本当に私が初恋なのか?
まっ、いいか。お茶を用意しよう。
「はい、どうぞ」とコーヒーを出した。
「仁に会うのもう4年いや5年ぶりかな。あいつ今でもイケメンなんですか?学生の頃、仁にはたくさん助けてもらったから、今回は俺が助ける番だと思って来たんです」
「そうなんですか。仁も喜ぶと思います」
私は橘さんと彼の話で盛り上がっていた。
ガチャ。彼が帰ってきた。
「おお、誰かと思ったら橘じゃん久しぶり」
「仁変わらないなぁ。元気だったか?」
と二人は抱き合っていた。私は二人を見て羨ましかった。
「いやーここに来た時、美山さんが出てきたから俺間違えたと思ったぞ。そうしたら彼女だって聞いたから。お前がこんな素敵で大人の雰囲気ある人と付き合ってるなんて思ってなかったから俺は安心したぞ」
「橘お前。くるみに有る事無い事言ってないだろうな?」と怒った口調で言った。
「大学時代はモテ男だった事は聞いているよ」
と私は彼を見た。
仁は橘さんに小声で何言ったんだと小突いていた。
「くるみ、それは橘が大袈裟に言っているだけで一人か二人だよ」
「毎回違う彼女だったって聞いたけど」
私は仁をじっと見た。
彼は橘さんの頭を小突いてた。
「いや、それは遊びで本気じゃないからね。
くるみ信じてよ」
しどろもどろになりながら答えていた。
私はそんな仁が可愛かった。
「大丈夫だよ。もちろん信じてる。ちょっとからかっただけ、ごめん」
と舌をペロッと出して笑った。
「あーなんか二人に当てられちゃうなぁ。俺ここにいたら邪魔かな?」
と冗談ぽく橘さんが言ってみんなで笑った。
仁と橘さんは楽しそうにお酒を飲みながら盛り上がっていた。
私はもう遅いので先に帰った。
「彼女いくつ?5才上くらいか?お前年上好きだったか?」
「15違う。彼女45才なんだ」
橘さんはお酒を吹き出した。
「はぁっ、45才だって!本当か?全然見えないな。びっくりしたぞ」
「親許してるのか?」
「いろいろあって僕の両親は許してくれてる。けどくるみの親はまだなんだ」
「仁、本当に彼女で後悔しないのか?15才違うって普通じゃないぞ。まっ、お前が本気なら俺は応援するけどな」
「ありがとう、本気になったのはくるみだけなんだ。自分でも信じられないけどくるみと年の差感じなくてさ。僕には可愛くてしかたない存在なんだ」
「あんなに女を泣かせてたヤツのセリフとは思えないね。いいんじゃない。いろんな形があるんだから、仁頑張れよ」
「おお」
夜は更けていった。
仁の出発の日。見送りには私、橘さん、彼のお母様の3人だ。
昨日は橘さんと楽しんだようだ。仁も嬉しかったんだと思う。
お母様が心配していろいろ世話を焼いていた。
「母さん、毎週末は戻るから大丈夫だよ」
「だってくるみさんに会いたいからでしょ。私だって仁と食事したいし」
「わかった。戻ったらするから」
お母様は笑顔になった。
「橘頼んだ!病院はお前のやり方でやってくれ。橘なら大丈夫だ」
「あー気をつけて頑張れよ」
橘さんと握手をして微笑んだ。
「くるみ、寂しい思いさせるけど週末には会えるから心配しないで。僕は大丈夫だから」
「仁、頑張ってね」
私を愛おしく抱きしめた。
「じゃあ、行ってきます」と手を振ってバスに乗って行ってしまった。
橘さんとはそこで別れて、私はお母様の付き合いでショッピングモールに行った。
お母様は私に洋服やバッグを見繕ってプレゼントしてくれた。なんでも仁が成長した記念なんだとか?
よく分からないが有り難く受け取った。
私は自宅に戻るとあかり来ていた。
「見送りに行ってたの?」
「うん」
「仁君居なくて寂しんじゃない?」
「うん、たぶん寂しいと思う」
と無表情で言うと
「お姉、大丈夫?もうすでに仁君ロス?早すぎでしょう。まぁ、そんなに好きって事か。羨ましいー」
とあかりは一人で盛り上がっていた。
私は部屋でルナを抱きしめて顔を埋めた。
全身の力が抜けてそのまま寝てしまった。
目が覚めた。11時になっていた。
彼から着信もある。私は慌てて寝ていた事をメールした。すると彼から電話がきた。
「無事着いたんだね。良かった」
「うん。東京はやっぱり騒がしいよ」
「私は寂しいよ」
「僕の方が寂しいよ」
と言って二人は笑った。
「じゃあまた明日」と言って電話を切った。
いつも通りのやり取りなのにどこか切なかった。
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