第9話 折れそうな心

私は自宅に電話を入れた。

「母さん、連絡入れずにごめんなさい。今から帰ります。事情は帰ってから話します」

母は「はい、気をつけて」とだけ言った。

きっともう私が仁といることも、健吾のパーティーの件も知っているのだろう。


「仁、きっと私の親怒っていると思う。だから嫌な思いすると思うけど大丈夫?」

「その為にこれから挨拶に行くんだから平気だよ」

と彼はさらりと言った。

私は仁の心が折れてしまわないか不安で仕方なかった。


私の自宅に着いた。彼も緊張しているようだ。

私は彼と一緒に自宅に入った。

「ただいま」母が出てきて

「あら、おかえりなさい。そちらの方がお付き合いしている人ね。あかりから聞いているわ。お入りなさい。お父さん待っているわよ」

彼は

「はじめまして、尾崎と申します。くるみさんとお付き合いさせていただいています。この度は」

と言いかけて、母が

「私はいいから、早くお父さんのところへ」

と促した。

私はどうしよう、父が怒っていると覚悟した。


父は腕を組んで座っていた。表情は普通に見えたが

「二人ともこちらへ座りなさい」

「挨拶はいいから、まず私の質問に答えてもらうがいいかな?」

私達は生唾をゴクリと飲み込んだ。


「まず、健吾君のパーティーの件なんだが。くるみに私の代理で出席するようにお願いしたはずだが、それはできたのかな?」

「お父さん、ごめんなさい。私は代理だったのに責任ある対応が出来ていませんでした」

すかさず彼が

「あの、お父さん。くるみさんを責めないで下さい。元はといえば私がくるみさんに」

と言いかけて父は

「君には聞いていない」

とばっさり会話を断ち切った。


私は後悔した。大人の対応なんて一つもしなかった。もっと冷静だったらこんな事にならなかった。舞い上がっていた自分を戒めた。


「くるみ、パーティー会場にはいろいろ人の目や耳がある。その場所でお前達がした事はなんだ?」

と強い口調で怒鳴った。


「本当にごめんなさい」と私は頭を下げた。

「お父さん、申し訳ありませんでした。無責任な考えで恥をかかせてしまいました」

仁も頭を下げて謝った。


「仁君といったかな?君は若い。若いから良いことも悪いこともある。くるみもくるみだ。もう少し考えがある行動ができると任せたのに今回はがっかりしたぞ。まだ健吾君のパーティーだからよかったが、違っていたら問題になっていたかもしれないぞ。それに仁君は病院の息子さんだろう。これから病院の長に成るものの行動じゃないな。

きちんと反省して出直してきなさい。私に挨拶するのはそれからだ」

と席を立っていってしまった。


私の予感は当たってしまった。

「仁、大丈夫?」彼は呆然として一点を見つめていた。

「仁?」と私はもう一度呼んだ。

ハッと気づいたように

「ごめんくるみ。僕今日は帰ります」と言い

私は彼を見送った。

彼の事が心配だった。あんな彼見たことない。大丈夫だろうか?胸騒ぎがして仕方なかった。


家に戻って母が

「お父さんはあなた達のこと応援しているのよ。だから二人で頑張りなさい」

と励ましてくれた。


私は一気に目が覚めた。これで良かったんだ。

いつまでも二人の世界では生きていけないもの。

彼からメールが届いていた。

「しばらく会うのをやめよう」と。


私は悲しさでいっぱいになった。一瞬で夢の世界が終わってしまった。

ああ、神様。私に少しの間ステキな夢を見させてくれてありがとうと感謝した。

涙が止まらなかった。


翌朝、顔が腫れていた。結構泣いたからだ。

会社に行ける気分ではないので、具合が悪いと言って休むことにした。

今日はルナと一緒にのんびりしよう。そして忘れよう。


部屋の片付けをしたり、乱雑に置いてある本を整理してたりしていた。

突然あかりがやってきた。

「あれ、今日休み?」

「うん、休んだの」

「具合悪いの?顔腫れてるけど仁君と何かあったの?」流石あかりは鋭い。

「うん、それよりあかりはどうしたの?」

「お土産持ってきたの」

「あー旅行に行ってたものね。楽しんできたの?」

「うん、沖縄の海は最高!見て!背中焼けちゃってヒリヒリしてるんだ」

と楽しそうに話してくれた。

私の気分は少し紛れた。

「それよりどうしたの?」

「何もないよ。もう夢は覚めたの」

「えっ、何それ?別れたってこと?」

「うん、仁も目が覚めたと思う。もういいの」

「なんか分からないけど相談のるからいつでも言って。私まだお土産配りあるから帰るね」と行ってしまった。

ルナがくーんとスリスリしてきた。私はルナをずっと抱きしめていた。


あれから一週間以上経ったが彼から何の連絡もない。あの時の仁の様子を考えるととても心配だが、私から連絡なんてできないと思った。


そして翌朝、電話があった。

動物病院の一条さんという方からだった。

「あのー、美山さんの携帯でよろしいでしょうか?私動物病院の看護師をしています一条と申します。失礼だと思いましたが、仁先生とお付き合いなさってますよね?」

「ええ、少し前はそうでしたが、今は連絡していません」と伝えた。

「そうでしたか。先生なんですが昨日から連絡が取れなくて。美山さんなら分かるかなと思いまして」

「仁に何かあったんですか?」と私は動揺した。

「はい。一週間くらい前から全然元気も覇気もなく、仕事も上の空のような時もあって、みんな心配していたんです。そして、昨日は出勤してこないし、連絡も取れなくて」

「わかりました。私からもどうにか連絡取れるように頑張ってみます」と切った。

会社は早退することにした。


仁の行きそうな場所を考えた。

そうだ!映画館。私と彼が始まった場所。

きっとそこにいる。私は急いで向かった。


映画館に着いた私は辺りを見渡した。

ベンチに俯いて座っている人がいる。

仁だ!見つけた!

私は彼に近づいて

「映画を見に来たんですか?」と。

彼はゆっくり顔を上げて

「くるみ?どうして?」

彼の顔はげっそり痩せていた。


「仁、病院の方が心配していたよ。すぐ連絡してあげて。一条さんという看護師さんに連絡もらって、私探しに来たんだから」

と言うと、いきなり私を抱きしめた。

「くるみに会いたかった。ずっと会いたかった。だけど今の僕ではくるみのこと幸せにできない。だから相応しい男になるまで会わないと決めたのに、僕は弱くて頼りなくて何も分かってなかった」

「それに無理だと分かったんだ。くるみのいない人生は無理なんだって」

絞るような声で彼は言った。

私には心の叫びのように聞こえた。


「大丈夫だよ、帰ろう」彼を車に乗せて、動物病院には私から連絡しておいた。


「仁着いたよ。歩ける?」

「うん、大丈夫」

中に入ると部屋は散らかっていた。

あんなに綺麗でステキな部屋だったのが嘘のような光景だった。

彼をベッドに運んで横にしようとした時、彼が抱きついて私も一緒にベッドに倒れてしまった。

彼は凄い力で私を離そうとしない。

「仁、仁やめて!」と大きな声で言った。

彼は我に帰って

「くるみ、ごめん。僕どうかしてた」と。

「うん、大丈夫。私片付けてくるね。あと何かたべる?」「今は何もいらない」と答えた。


私は掃除を始めた。彼の荒れた生活が手に取るように分かった。

気づけばもう夕方になっていた。仁は寝ていた。

私は母に連絡を入れた。事情を話し今日はもしかしたら泊まるかもしれないと。

母はしっかり見てあげなさいと言ってくれた。


私はお粥を作っていた。

「今日は帰らないで」

と彼が後ろから抱きしめてきた。

「うん、帰らないよ。一緒にいるよ」と答えると

彼の涙が私の首筋を伝って流れた。


「お粥出来たけど食べる?」

「うん、くるみが食べさせてくれるなら食べたいな」と笑って言った。

仁が笑った!

彼は嬉しそうに口を開けて待っている。

やっぱり甘える仁は可愛い。

私は嬉しくて涙が出そうになった。


「くるみ、どうして僕が映画館にいるってわかったの?」

「だって、私達の始まった場所だから」と答えた。

仁は満面の笑みで

「やっぱりくるみは運命の人だよ」


私は彼に

「シャワーを浴びて早く休んで体力つけないと仕事復帰できないよ」と言うと

「一緒にシャワー浴びてくれる?」と甘えてきた。

病人だと思ってどんどん図に乗ってくる。

「今日は看病にきているからダメです」

彼は素直にシャワーを浴びてベッドに入った。


私は片付けをして、ハーブティーを持っていった。

彼は嬉しそうに

「ありがとう」と言い一緒にベッドの上で飲んだ。

彼は優しくキスをした。そして私を抱きしめお互いを確かめ合うように愛し合った。


スッキリした朝だった。私の隣には彼がいる。

私も彼が大好きなんだと心から思えた。

そして「お目覚めのチューは?」と言ってきた。

いつもの彼で安心した。私は彼に口づけをした。

彼は嬉しそうに

「僕は今最高に幸せだよ」って。


私と仁は今日まで休む事にした。

母にも連絡して元気になったことを伝えた。


「仁、明日から一人で大丈夫?」「たぶん」

「毎日、電話でいい?」

「うん、声だけで我慢する」

「週末は私が仁の自宅に行くから」

「うん、絶対だよ」

「仁、子供みたいになっちゃったね」

「そうかな?年下だし問題ないでしょ」

と茶目っ気たっぷりな感じで言った。


私の父に牙を折られて、すっかりおとなしくなってしまった彼。頼もしい彼はいつ戻るのかな?早く大人になってね。

私だけのステキな王子様。


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