第6話 噂

動物病院は少々ざわついていた。

看護師の一人が先生と私が喫茶店に入っていくのを目撃したようだ。


「私見ちゃったのよ。先日仁先生と一カ月前くらいに前に来てたトイプーの飼い主だった人。名前なんだっけ?その人と一緒に喫茶店に入って行くところ。先生メガネかけて無かったけど絶対あれは間違いない」

と三浦さんはコソコソ看護師仲間と話してた。

「それ、本当?」と横から一条さんが入ってきた。

「うん、たぶん」

「その人って美山さんでしょ?」と一条さんは言った。

「そうそう、美山さんって言ったっけ。その人だわ。若そうに見えるけど結構いってると思うよ彼女」

「ふーん、やっぱり美山さんだったのか」

とボソッと言うと一条さんは去っていった。


一条さんは看護師として病院にきてからずっと仁先生の事が好きでした。

だから先生の少しの変化も見逃すことなく全てわかっていた。

ずっと気になっていた美山さんに対する態度、その後先生の元気がなくなったこと。先生は美山さんのことが好きなんだと一条さんは確信したのだ。


仁先生が出勤してきた。

一条さんはすぐに

「おはようございます。先生何か良い事ありましたか?」と尋ねた。

「えっ、なんで?別にいつも通りだけど。一条さんこそ良い事あったの?」と誤魔化された。

明らかに嘘をついている事がわかった。


彼女は先生と看護師の関係のままずっと側に居られれば良いと思っていた。もし告白してこの関係が壊れるくらいならずっと片想いでもいいと。

だが、先生には好きな人が出来てしまった。彼女はショックと自分の不甲斐なさにやりきれない思いでいっぱいになった。

でも、どうしても先生の事諦めたくない。

週明け先生に告白しようと決心した。


週が明け一条さんは先生が一人になるのを待った。「先生、今お付き合いしてる人いるんですか?」

「ああ、いるよ。どうして?」

「私、先生の事がずっと好きで尊敬してて、私じゃダメですか?」

と声が震えていた。

少し沈黙があった後

「一条さんはとても優秀で勉強熱心で僕はいつも君のこと頼りにしているよ。看護師としてね。だから君とはお付き合いできないんだ。ごめん」

と先生は私の頭を撫でてその場を立ち去った。


何故、私じゃなかったの。こんなに好きなのに。

先生のことならなんでも知っているのに。

私に勇気があれば今こんな事にはなっていなかったかもしれない。

涙が溢れて止まらなかった。


翌日、院長が仁先生を呼びつけた。

「お前、今好きな人でもいるのか?病院中噂になっているぞ」

「はい。お付き合いしている人がいます」

と答えた。

「看護師か?私の知っている人か?」

「たぶん、知っていると思いますけど。一カ月以上前に患者さんできたトイプーの美山さん覚えていますか?その人と今お付き合いしています」

「なんとなくだが、あの人はお前より年上だろう?いくつなんだ?それにお前はこの病院の跡取りなんだから、よく考えて行動をとるように」

「45才です。15才上です。それの何がダメなんですか?」

と強い口調で言った。

「は!お前はバカか。現実を見ろ。45才ってあり得ないだろう。私の方が近い年齢ではないか。呆れるばかりだ。いつまでも結婚しようとしないし、付き合ってる人は45才って、私は認めないぞ」

院長は憤慨していた。


「僕は本気です。いずれ結婚したいと思っています。病院のことはもう少し考えさせて下さい」

「どういうことだ。病院よりその女を優先するのか?ふう、どうしてこうなった。下がっていいぞ。母さんには報告しておく」

と院長は頭を抱えていた。


仁はくるみと別れるなど1ミリも考えていない。

むしろ病院を引き継ぐことを放棄したいと考えていた。

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