第5話・尾行

蒼「どうしてこんなことに……」


土曜日の午後、高校の午前3時間の授業が終わり、今日はあとの時間は休みという今日この日に、僕はわざわざ制服から着替えて私服姿で駅にいた



ことの始まりは先日


怜『悠真が紅音ちゃんとデートするみたいなの!!!』

蒼「……は?」


夜8時半過ぎ、突然かかってきた怜からの電話に応答すると、開口一番にそんなことを言われた


蒼「そうなんだ、デートね」

怜『なんでそんなあっさりしてるの!?』

蒼「えいやだって、2人がデートしてたところで僕には何にも関係ないし」

怜『だって蒼くん、よく紅音ちゃんと一緒によく2人きりになるじゃん?』

蒼「……え?」


待って?なんかいらぬ誤解受けてる?


怜『蒼くんって、紅音さんのこと好きなんだよね?』

蒼「えいや別に全然そんなことないけど」

怜『とにかく!土曜日は燕ヶ丘駅の南口集合だからね!』

蒼「え、いや集合って」

怜『それじゃ!』


プツッと音が鳴る、スマホの画面をみると、通話終了の文字が


蒼「相変わらず強引だなぁ……」



とまぁこんな感じである……正直に言ってすぐに帰りたい


怜「あ、蒼くーん!」

蒼「ん」


いじっていたスマホから視線をずらし、声がした方向に目を向けると、私服姿の怜が手を振りながらこちらに向かってきていた


怜「お待たせ〜!」

蒼「お待たせっていうか、まだ2人来てないけど」

怜「やだなぁ蒼くん、尾行はバレないように、かつ自然に、だよ!」

蒼「どこ情報なのそれ…」


全く聞いたことがない後者の話に少し困惑しながらもなんとか反応する、というか、尾行って思いっきりおっきな声で言っちゃってるけど


蒼「というか自然にって、僕ら2人でいたらある意味不自然じゃない?それこそ付き合ってるとか勘違いされそうだけど」

怜「大丈夫、2人で疑わしいなら、3人で行動すれば良いんだよ」

蒼「3人?」


……あぁ、なんとなく察した、まぁ怜のことだから、悠真が紅音さんとデート(悠真は普通の買い物だと思ってる)しようものならもちろん彼女にも連絡を入れると思っていた


由紀「……えっと、どうして私、呼び出されたのかしら…」


話してなかったんかい



燕ヶ丘、僕らの暮らすこの街の名前だ、かなり大きい街で、発展したビル街から住宅街、商店街などなど、様々な区画があるが、燕ヶ丘駅は商店街近くの最寄駅だ、僕たちの高校もこの燕ヶ丘にあり、電車でここから数駅いった先に最寄駅がある


由紀「……つまり、悠真が紅音さんと2人きりで遊びに行くみたいだから、一緒に尾行しようってこと?」

蒼「で、この3人でいれば自然になると思った……と」

怜「そう、私たちってなんだかんだいつもずっと一緒にいるから、こういう時に一緒に遊んでても不自然じゃないでしょ?」

由紀「いやそうかもしれないけど……2人を誘わないっていうのは明らかに……」

怜「大丈夫、そう言われると思って昨日2人には遊びに誘って断られ済みだよ!」


そんな自信満々に言うことじゃない……!というか虚しくなるやつだからやめなさい!


由紀「あ……そ、そうなのね…」


ほら由紀さんもドン引きしてるし……そこまでして尾行したかったのか…


蒼「なんというか、怜の執念ってすごいね……」

由紀「……少し、尊敬するわ…」

怜「!……2人とも、隠れて!」

蒼「おわぁぁっ!?」

由紀「ちょ、ちょっと…」


怜に背中を押されて、柱の後ろに隠れる、どうしたのだろうと柱の影から見てみると悠真がこちらに歩いてきていて、少し見守っていると紅音さんが合流した


怜「尾行対象発見だね」

蒼「対象って…」

由紀「……帰って良いかしら」

蒼「僕も良い?」

怜「ダメです」

蒼「なんとなくわかってた」



悠真「えーっと、待ち合わせはここら辺だよな…」

紅音「悠真、みつけた」

悠真「お、紅……ね!?」


指定された集合場所に向かっていたら、紅音から俺のことを見つけてくれた、改めてお礼を言おうと思って紅音の方を向いたら……


紅音「あら?どうかした?」

悠真「あー、いやぁ……」


めちゃくちゃ好みの少女が現れた、白いワンピースにグレーの上着を着て髪型をスカーフ三つ編みにした紅音は普段以上に可愛く見えた


紅音「どう?この格好、似合ってる?」

悠真「あ、うん、すっごい似合ってる、可愛い」


少し声が上擦ってしまった、それがわかったのか紅音はくすくすと笑う


紅音「ふふっ、ありがとう、悠真」

悠真「いや、別に、付き合ってもらってるの俺だし」

紅音「でも、急にどうしたの?買い物に付き合ってくれなんて」

悠真「あー、いや、前にちょっと困ったことがあってさ、それを助けてもらった恩返しに、なにか渡したいんだけど、何も思いつかなくてさ」


紅音がきょとんとしながらおうむ返しのように聞いてくる、あんまり細かいことは話さなくても良いかと思い、俺はすぐ本題に入ることにした


紅音「で、自分にはセンスがないから手伝ってくれ、ってことね?」

悠真「そゆこと、悪いな、わざわざ土曜の放課後に付き合わせて」

紅音「気にしなくて良いわ……ちなみにそれ、女の子?」

悠真「え、いや、男だけど…」

紅音「……そ、ならよかったわ」


ふぃっと向こう側を向く紅音、その時に一瞬見えた紅音の顔は安心したような顔だった気がする



由紀「悠真、挙動が普段に比べて辿々しいわね」

蒼「意外とノリノリだね由紀さん…」

怜「2人ともあんまりジロジロみないの!2人にバレちゃうよ!」


いや近くにいるのがバレても良いように3人で来ているのでは……まぁ、ある意味3人で遊びにきていたというのは最終兵器に使うつもりなのだろう


蒼(というか、紅音さん、僕の言う通りの格好してきたんだ…本気だな…)


悠真の態度が普段より辿々しいのは大きく分けて二つの要因が考えられる、一つは自分の好みをまるで把握しているかのように完璧に再現してきたクラスのマドンナがやってきたことと、もう一つはこの商店街は女の人がたくさんいること、その人たちが近くを通るたびに悠真の挙動がおかしくなるのは、本人は隠そうとしているけれど、遠くから見ると普通にキョドっているのがバレバレなのである


怜「でも、紅音ちゃんがあんな格好してくるなんて意外だなぁ」

蒼(そりゃ悠真の好みの格好だし)

由紀「……あの2人、移動するわ」

怜「追いかけよう!あくまで自然に…自然にね!」

蒼「……そこはー、重要なんだろうか…」



怜「2人していろんなお店を見て回ってるね」

蒼「の割にはさっきから手ぶらで出て来てるけど…」

由紀「……目的がないとか?」

蒼「目的がない?」

由紀「そう、たとえばお揃いの何かとか、部活に使う何かとかだとしたら、大体そう言うのがありそうなお店に行くでしょう?」

怜「確かに……でもあの2人は」

由紀「百均、服屋、アクセサリーショップ…他にも靴屋や時計屋とか、まるで統一性がないお店を手ぶらで何も買わずに行ったり来たり……」

蒼「ウィンドウショッピングしてるってこと?」

由紀「そう、つまり2人は、ウィンドウショッピングをするほどの仲ということね」


いやそれ僕らも変わらないと思うけど


怜「ってなるとやっぱり2人は……」

蒼「……いや、それはないと思う」

怜「え?」

蒼「ほら」


悠真の方を指差す、悠真は今、紅音さんから離れて女の人を助けている、もちろんその笑顔は思いっきり引き攣っているしよくよく見れば足も震えている……悠真は女性恐怖症だ、いくら悠真が女性恐怖症を治すため、そしてその人を助けようとしたとしても、さすがに恋人とのデート中に恋人を放置することはしないだろう


怜「悠真……やっぱり優しいね…」

由紀「まぁ確かに、あの2人が恋人だとしたら、あの行動は流石にしないでしょう」

蒼「でしょ?だから恋人ではなさそうだよ」

怜「そっかぁ、よかったぁ……」

由紀「よかった?」

怜「えあいや、な、なんでもないなんでもない!」

由紀「?」


怜は悠真のことが好きだし、多分怜は由紀さんが悠真のことを好いていることを薄々察しているのだろう


蒼(まぁ……僕があの2人が恋人じゃないと思っているのは、紅音さんがあんな風に相談してきたからなんだけども)


この前の相談内容、[悠真の好みの見た目]、もしも2人が付き合っているのならこんな相談は本人にすれば良いし、もし恥ずかしいからと言う理由で聞けなかったとしても紅音さんの性格なら付き合っている相手には自分の格好そのものを好きになってもらえるようにするだろう


蒼(まぁ、今の紅音さんが悠真の好みの格好をしているのは本当のことだけど)



悠真「いやぁ買えた買えた」


紅音と合流してから数時間後、俺はなんとか蒼へのお礼の品を買えた…俺じゃ全然思いつかなかったなこれ


紅音「良いものが買えたみたいでよかったわね」

悠真「あぁ、本当にありがとう、紅音」

紅音「ふふっ、どういたしまして、明後日、何か奢ってね?」

悠真「えまじ?」


今回のことで結構金欠なんですけど……まぁ仕方ないか…


悠真「そういえば紅音、紅音もなにか買ってたけど、何買ったんだ?」

紅音「あぁ、これ?悠真と同じ」

悠真「俺と?」

紅音「そ、蒼くんへのお礼ね、これまで色々な相談事にのってもらったし」

悠真「え、紅音も?」

紅音「って言うか、みんな相談に乗ってもらってると思うわよ?怜とか由紀とかも」

悠真「へぇ、本当頼りになるな、蒼って」


そう、今日紅音に付き合ってもらって買いに来たのは、蒼への普段のお礼をするためだった、と言うのも俺は普段からよく蒼に相談をしていた、まぁ、ほとんど愚痴みたいなものだったけど、それでも蒼は俺たちの話を親身になって聞いてくれて、俺たちに必要なアドバイスをしてくれた、だから蒼に何かをプレゼントしたくなったのだ


紅音「ま、色々選んでる間にみんなの分も買っちゃったみたいだけど?」

悠真「ゔっ……」


そう、俺が手にもつ袋の中には、複数個のプレゼントが入っている、いやまぁ、普段からお世話になってるのは怜達も同じだし、そう考えると止まらなくて結局蒼の分だけじゃなくてもっとたくさん買ってしまった


紅音「あんた、結婚したら完全に尻に叱れるタイプね」

悠真「失礼じゃね?」

紅音「ふふっ、ごめんごめん、そろそろ帰りましょ?もう時間も遅いしね」

悠真「ったく……そだな、送ってくよ、わざわざ付き合ってもらったし」

紅音「気にしなくても良いのに……ま、そう言うならついてきてもらいましょうかね」

悠真「へーへー……あそうだ」

紅音「?」

悠真「ほら、これは、紅音の分」

紅音「え……」


紅音の髪に今日買った髪留めをつける、シンプルなデザインだが、紅音によく似合っていた


悠真「うん、やっぱ似合うな」

紅音「……髪留め…あははっ!いや、プレゼントに髪留めって!」

悠真「わ、笑うなよぉ!センスがないのは認めるけどさ…」

紅音「んーん、そう言うことじゃなくて……ふふっ」

悠真「なんだよ…」

紅音「ありがとう、悠真!」

悠真「!……ど、どういたしまして」


ったく、なんだよ…調子狂うな……



怜「もう2人とも帰るみたいだね」

由紀「……疲れた…」

蒼「あはは……お疲れ様、由紀さん」

由紀「蒼くんも、お互いにね」

蒼「まぁ、うん……うん」

怜「不審な行動はなかったみたいだし、今回は私たちも解散しようか」

蒼「そだね」

由紀「お疲れ様……」


その時に、ふと悠真の方を見ると、悠真が紅音さんの髪に髪飾りをつけていた…おそらく今日のお礼のプレゼントか何かだろう


蒼(……それにしても、プレゼントに髪飾りか…)


悠真って、彼女ができたら、思ったよりも束縛強いタイプかも……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る