第3話・長女

蒼「ふわぁぁぁ……変な時間に起きちゃったな」


深夜3時、昨日はいつもよりも早く寝たせいか、早い時間に起きてしまった、寝ている間に口呼吸をしていたのかカラカラと喉が渇いていたが、頭がまだ眠っておけと忠告する、それでも一応、水分は取っておこうと体を起こし、よろける体をなんとか支えながら一階の台所へと向かった


蒼「…?……明かり…?」


リビングの明かりがついている、と言っても明るい光ではなく、光量的にナイトランプの光だろう


澪「……」


蒼(澪姉さん…?)


どうやらリビングのソファに座って、机で何かの作業をしているようだ…ゆっくりと近づいて、姉さん何をしているのか確認する


蒼「寝てるし…」


寝ていた、そりゃもう思いっきり机に突っ伏して、自分の腕を枕の代わりにして眠っていた


蒼「姉さん、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」 澪「んー……?んー……すー」


ゆさゆさと姉さんの体を揺らし、なんとか起こそうと試みるも、深夜のせいか眠りが深く、全く起きる気配がない


蒼「全くもう……?」


ふと机の上に目線がいく、すると、姉さんの手元にはシャーペンが握られていて、目の前には使われた痕跡のある電卓と家計簿が


蒼「澪姉さん……」


うちの家庭は特殊だ、姉妹が多いことによって、父さんも母さんも夜遅くまで共働きをしていて、その代わりに姉さんは僕たち兄弟のことを支えている…それこそ、家計簿や家事など、だから僕は、澪姉さんに感謝しているし、尊敬もしている、大学の勉強に家のこと、そして家計を少しでも楽にしようとアルバイトまでしている…父さんの意見で、[大学には行っておけ]という言葉を聞いて、姉さんは大学に行くことにしたらしいが、それでも時折、[自分も働いていれば……]と呟いていることを僕は知っている、それでも僕らに弱音を吐かないし、見せたりもしないのは、姉さんが強いから……ではなく、[自分が守らないと]と思っているからだろう


蒼「……」


こういう時に、僕は無性に情けなくなる、家事をしているとはいえ、バイトはできていない、それどころか[まだまだ遊び盛りなんだから、バイトなんてしなくて良いよ]という言葉に甘えてしまっている


蒼「……姉さん、ごめんなさい…」


そんな行き場のない思いを、僕はポツリと呟いた



澪「ふわぁぁぁぁ……?」


ジューという音と良い匂いで、目が覚める……くしくしという目を擦り、音のなる方に目をやると…


蒼「……」


最愛の弟が、台所でたくさんの料理を作っていた


澪「あおくん……?」

蒼「あ、澪姉さん、起こしちゃった?」

澪「なに、して……?」

蒼「あぁ、いつも澪姉さんが早起きして頑張ってみんなの分作ってるし、今日は僕がみんなの分のお弁当作ろうかと思って……まぁ、中学生組は給食だけどね、だから澪姉さんは、あと少ししかないかもだけど、自分の部屋でゆっくり眠ってきなよ」

澪「蒼くん……!」

蒼「え?うぉわぁっ!?」


その大きな体をギュッと抱きしめて、よしよしと頭を撫でる……あんなに小さかったのに、こんなに大きく育って……


蒼「み、澪姉さん?」

澪「ありがとうね、蒼くん…」

蒼「…それはこっちのセリフだよ…ほら、ゆっくりしないと、体が休まらないよ」

澪「うん、本当にありがとう」


弟の体を離し、リビングから出る扉を開ける、蒼くんももう子供じゃないんだなぁってわかって、ちょっと寂しくて、とっても嬉しかった


澪「ふふふっ…」


蒼くんは、私たちが思っているよりも、もう大人になっているのかもしれない


蒼(やっぱり……寂しいかも)


いつまでも私の可愛い弟でいてくれると思ってたけど、そうもうまくいかないみたい


澪(でも……また甘えちゃおっかなー?)


弟の成長に嬉しさと寂しさの両方を感じながら、私は自分の部屋へと向かうのだった



蒼「ふわぁぁぁ〜…」

悠真「眠そうだな?蒼」


学校の教室、まだ朝のホームルームが始まる前に自分の席に座ってあくびをすると、悠真が僕に話しかけてきた


蒼「あーそうなんだ…実は今日変な時間に起きちゃってさ…」

悠真「ははっ、今日はお前が授業中に寝ちまうかもなぁ」

蒼「割と冗談抜きでそうなりそう……」

悠真「いやなかなか参ってるみたいだな…」

蒼「まぁ、姉さんのための行動をできたから、僕はそれで構わないんだけどさ」

悠真「姉さんって、澪さん?芽依さん?」

蒼「澪姉さんの方」

悠真「そっか……あの人っていっつも大変そうだよな…」

蒼「うん……本当に、優しくて、かっこよくて…誰よりも頑張ってる、自慢の姉さんだよ…いつか、今度は僕が姉さんを養えるようにするのが、今の僕の夢なんだ」

悠真「……蒼って優しいよなー」

蒼「?」

悠真「いーや、なんでもねーよ」

蒼「?なんだよ……」


それに、優しいのは悠真の方だ、他人のために行動できる、本当は女の人と話すのも怖いのに、困っていたら手を差し伸べて、自分のことなんか後回しにする、そんな主人公みたいな男……それがこの宮原悠真だ


蒼「はぁ……」


僕もそんなことができれば良いんだけど…僕にはまだ、そんなことはできそうにないなと思いつつ、もう何度目かもわからないため息をつくのだった



そして今日も1日が無事に終わり放課後、今日も悠真と二人で帰る道を歩く……途中で悠真が「ゲーセンにでも寄り道していこうぜ」というので、僕はそれに了承して彼についていく……向かったのは、電車で数駅行った先の街にあるショッピングモール、ちなみに僕の家の最寄駅はさらにここから数駅行ったところにある


蒼「で、なんで3人もいるのさ」

由紀「いけなかったかしら?」

紅音「帰ってたら二人を見つけたから、部活も休み日だし」

怜「そういえばこの5人で遊んだことってあんまりないよね!」

悠真「おー、それもそうだな!っし、今日は5人で目一杯楽しんでくか!」

蒼「いや楽しんでくっていってももう午後四時過ぎてるんですけど」


スマホで時間を確認すると、時刻はすでに4時5分を表していた、今日の食事当番は芽依姉さんだから、今から報告すれば夕飯なしでその時間もみんなと居られるけど、だからって居続けるのには時間的限界がある、それは悠真もわかっていたようで


悠真「なら、たくさん遊べるように早く行こうぜ!」

怜「おー!」

紅音「了解!」

蒼「えちょっ、走るの!?」


悠真、怜、紅音さんが一気に走り出す、早くゲームセンターに行って時間の許す限り遊びたいということだろう…がしかし、ガッツリ運動部の走りに、帰宅部と文化部がついていけるわけもなく


由紀「……」

蒼「えっと……走ります?」

由紀「やめておきましょう…追いつけるわけもないし、走っていったら遊ぶ体力がなくなりそうだもの」

蒼「ですよね……」


大人しく二人して歩いて行くことになった、幸運にも前に一度行ったことがあるゲームセンターに行こうと言う話をしていたので、場所ならわかる


由紀「……」

蒼「……」

由紀「……」

蒼「……あ、ここ、こっちです」

由紀「そう」

蒼「……」


気まずい、圧倒的に気まずい、そういえば僕、由紀さんと2人きりで話したこと悠真関係のこと以外でないぞ……こんなところでよくある[友達がいる時は仲良く話せるけど友達がいなくなると急に友達の友達と話されなくなる]現象に見舞われることになるとは…


由紀「……あ」


この際悠真のことについて話そうかと悩んでいると、由紀さんが何かに気がついたような声をあげた、視線をあげて彼女の目線が向く方へ目をやると……


澪「いらっしゃいませ〜!席へご案内いたします!」


由紀「あれ、澪さんよね」

蒼「あぁ、うん、澪姉さんだね…バイト先ってここだったんだ」

由紀「知らなかったの?」

蒼「いや、店名自体は教えてもらってたんだけど、バイト先に来られると恥ずかしいからって」

由紀「ふーん……」


姉さんがバイトしてるお店はチェーンの飲食店だった、そこでウェイトレスとして働いている姉さんは、柔らかな笑顔をしていた……しかも、よくよく見ると姉さん目的でお店に入っている人もいそうなほど、お店の中の人にジロジロと見られている


由紀「……やめてもらったほうがいいんじゃない?ここのバイト」

蒼「僕もそう思った……」

由紀「……よく頑張ってるわね、澪さん」

蒼「うん、澪姉さんって、僕たち兄弟のために、自分の時間を削っても頑張ってくれてるんだ…だから、本当に申し訳ないなって、情けなく思うんだ」

由紀「……そうなの?」

蒼「だって、姉さんはいつも我慢してるのに、僕たちばっかりこんな…」

由紀「……そう……それじゃ、そろそろ行きましょう、あの3人、きっと私達のことなんて忘れて遊んでるわ」

蒼「た、確かに……それは否定できない…」

由紀「でしょう?」


あの3人のことだ、由紀さんのいう通り3人で楽しく遊んでるに違いない……そうして、またゲームセンターに向けて歩き出す…少し歩いたところで、由紀さんがまた口を開いた


由紀「……でも、それって、悪いことじゃないと思うわ」

蒼「え?」

由紀「さっきの話……私たちは、高校生とはいえ、まだ子どもだもの、やれることには限りがあるわ」

蒼「……」

由紀「……だから、色々と自分の力でできるように思いっきり楽させてあげれば良いのよ、もちろん、今でも出来ることは出来るだけやってね」

蒼「由紀さん…」


もしかして、変に気を使わせてしまったんだろうか…


由紀「……長女って、意外とそういうものよ、妹弟のためなら、色々とやってあげたくなっちゃう…それで、いつかお返しをしてもらえると、とっても嬉しいの」

蒼「そういう…ものなんですかね?」

由紀「そういうものなの」


……そういうものなんだろうか、僕にはわからない…でも、もし梨乃や真由が数年後、僕のために何かをしてくれたら、その時僕は泣くくらい嬉しくなると思う


蒼「……ありがとうございます、由紀さん」

由紀「私は何もしてないわ、ただ、私がそうだってだけ」

蒼「え、由紀さん、妹か弟がいるんですか?」

由紀「えぇ、歳の離れた妹が1人」

蒼「そうだったんですか……」


なるほど、だから…


蒼「……僕、今の自分にできることをたくさんして、澪姉さんの支えになれるようにしたいと思います」

由紀「良い心がけね、そうすると良いわ…決して、身の丈に合わないようなことはしないこと」

蒼「はい!」


由紀さんのアドバイス通り、僕は僕の身の丈にあったことをしようと思った


由紀「それに、私達の高校はバイト禁止だし」

蒼「え」

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