第15話想い

 俺の叫び声に驚いて、周りで騒いでいたハーピィが全員こっちを見てくる。


「リコリス!悪いが、今すぐ俺のリュックを取ってきてくれ!」


 食事に夢中になっていたリコリスが、事の重大さを即座に理解し、すごい勢いで飛んでいく。


「あ、あの、手が…手が…」


「ああ、ごめん。ちょっと興奮し過ぎちゃった。この木の実、もらってもいい!?」


「それはいいのですが…今私男の人に手を…」


 ネメシアの声が小さ過ぎて、後半は何を言っているのか聞き取れなかった。それを聞こうとしたら、リコリスが上から降りてくる。


「アミル、リュック。」


「ありがとう。助かる。」


 俺はリュックの中からメモをとり出し、ネメシアからもらった木の実と見比べる。メモの絵とほぼ一緒だ。この木の実で間違いない。


 俺とリコリスが喜んでいると、リボルトさんとガリウスが空から飛んでくる。


「アミル君、大きい声が聞こえたけど何かあったのか?」


「リボルトさん!俺の探し物が見つかったんですよ!」


 俺はククの実を二人の目の前に差し出すと、二人は不思議そうな目を向けてきた。


「こんな実採って来たか?」


「いえ、私は知らないです。他の班が採って来たんですかね?」


 俺もそれを聞いてポカーンとする。


「いやでも、ネメシアが…」


「よかったですね!アミルさんの探し物が見つかって!それは何に使うんですか?」


 ネメシアから何も言うなという圧を感じる。ネメシアが強引に変えた話題に俺も乗っかり、木の実がどこから来たのかという話から話題を逸らす。


「これをある程度の数を用意すると、回復薬が作れるんですよ。もっとも、どれくらいの効果があるのかは使ってみないと分かりませんが…」


「それはすごいですね!なら、私がその木の実をどこで採ったのか、みんなから聞いておきます。なので、明日は私と一緒に出掛けましょう!」


 何も言うなという圧をひたすらに感じる。笑顔なのに滅茶苦茶怖い。


 だが、それを聞いてリボルトさんが待ったをかける。


「ネメシアがエルロンを離れるのはさすがによした方が…」


「お父さんがお世話になった人ですから、私も何かお礼をしたいのです。それに、アミルさんが一緒なので何かあっても大丈夫ですよ。」


「それはそうだが…」


「決まりですね!アミルさん、明日はよろしくお願いします!」


 俺の明日の予定がすごい早さで決まっていく。だが、夜の内に動くのは危険なので、今日はここに留まるつもりではあった。


「わかった。なら明日はよろしく頼む。」


 俺もククの実が欲しかったので、ネメシアの提案に乗ることにした。これで、俺の目的が達成できると喜んでいると、横やりが入る。


「やれやれ、ネメシアこっちにおいで。そんな下等な奴らの側に居ると、君の品位が落ちてしまう。」


 その男は常にニヤニヤした顔つきをしていて、率直に言って初対面で好感は持てなかった。というかナチュラルに俺を貶してきたなこいつ。


 そいつは俺の上から話しかけてきた。他の人たちと違って降りてくる様子もない。


「マサジさん、まだそんなこと言っているんですか。いい加減自分の考えが間違っていると認めてください。いつまでそんな子供のような精神でいるつもりですか?」


 マサジと呼ばれた男は、その返答に滅茶苦茶怒っているようだった。


「…僕にそんなこと言うなんて偉くなったぁ?自分の足すら守れない間抜けのくせに!俺は足あるけど?あれ、ネメシア持ってないの?ごっめーん!」


 なんだこいつ。


 まるで会話になっていない。考えが間違っていると指摘したら、お前の持ってないものを俺は持ってる、という意味不明な返事をしている。見た目は青年だが、中身は幼児だ。


 ネメシアの方を見ると、悲しい顔をしている。足のことを言われて傷ついているようだった。


 あいつのことは全然知らないが、少なくとも人の気持ちを推し量れるような優しい人ではないのはわかった。


「そこの君もそんな奴の横にいる必要なんてない。僕が守ってあげるよ。」


 ククの実を食べてその美味しさに感動していたリコリスの表情が、一気に冷めていく。


「…キモい死ね。」


 リコリスがブチ切れている。おいしい料理を食べて上機嫌だったはずなのに、怒りがひしひしと伝わってくる。


 リコリスが怒っているところを初めて見たが、彼女は怒らせない方がよさそうだ。怒らせたら見限られて、逆に俺が捨てられそうだ。


「なんだと!この混ざりものの化け物が!僕がせっかく手を差し伸べてやったのに、この無能!無能の馬鹿が!」


 リコリスはあいつへの興味を失ったようで、笑顔で食事を再開していた。もう返事する気すらないらしい。


「あの頭がちょっとヤバい奴って誰なの?」


 俺は隣にいるネメシアに小声で聞いてみる。ネメシアもため息をつきながら小声で答えてくれた。手を口元に当てて、向こうから見ても何を話しているのかわからないように、気を付けているようだ。


「マサジさんです。人の話を全然聞こうとしなくて、自分の考えが受け入れられないとすぐに癇癪を起すんです。さっきのがいい例ですね。私、あの人とは話が通じないので苦手なんです…一人であれをやってるだけならまだ良かったんですけど、あの人に影響される人も何人か出てきてしまって、対応に困っているんです。彼を矯正するのは、本来ならば巫女である私の役目なんですけど…」


 うわぁ…そういう人ってやっぱりどこにでも居るもんなんだな。


「マサジの言う通りだよ!お姉ちゃんなんでそんな奴と一緒にいるの?そいつ翼持ってないんだよ!」


 そこに更にアネモネが参加してくる。どうやら彼女はマサジの影響を受けた一人のようで、彼を擁護しているようだ。


 だが、そこで意外なところから反論の声が上がる。


 その声の主はガリウスだった。


「それは違う!確かにアミルは翼を持っていない。だけど、それは大して重要な事じゃないんだ!俺たちが真に見るべきは彼の内面だったんだ。彼は初対面で無礼なことを言った俺を、笑顔で許してくれた。それだけじゃなく、鍛冶師としては半人前の俺に、大事な仕事を任せてくれた!俺は彼に敬意を捧げたい。俺は同じ対応をされた時、笑って許せる自信がない。そんな彼を馬鹿にするのは間違っている!」


「ガリウス…あんた…!裏切ったわね!」


 今度はアネモネがブチ切れた。仲間を一人失ったからだろう。


 俺にはガリウスからの熱い思いが伝わってきていた。彼も最初に俺に酷い言葉を言ったことを後悔しているようだった。あのマサジを見た後では、ガリウスがどれだけまともな奴かよくわかる。俺を庇ってくれるなんていい奴だ。


「…鎮まれ!!お前たち、私の命の恩人に対して無礼が過ぎるぞ!マサジとアネモネは後で私のところに来なさい。」


 その場ではそのリボルトさんの掛け声で、解散になった。暴力沙汰にならなくて本当に良かった。


「ガリウスありがとう。庇ってくれて嬉しかったよ。」


「あれくらいじゃ、君に対して言ってしまったことの贖罪にもならないよ。」


 ガリウスは苦笑いして、下の方を見ていた。だが、俺は彼の手を取って、握りしめる。


「そんなことない。本当に頼もしかった。お前、将来すごい良い奴になるよ。討伐屋としていろんな奴と関わってきた俺が言うんだ。間違いない。」


「そうか…ありがとう…!」


 ガリウスも力強く俺の手を握りしめる。俺はこの瞬間、彼と仲良くやっていけると確信した。


─────────────────────────


 次の日の朝、俺はイーストン家のベッドで目を覚ます。アネモネは昨日は帰ってこなかった。


 朝食を食べていると、ネメシアが二階からパタパタと飛んでくる。


 昨日よりもなんだか綺麗な気がする。上手く言い表せないが、少し顔の血色が良い気がする。


「おはようございますアミルさん。今日はよろしくお願いしますね。」


「おはようネメシア。なんだか今日は花が咲いたようだな。」


 素直に綺麗と言うのは恥ずかしかったので、遠回しに綺麗と伝える。すると、ネメシアは笑顔になる。


「ふふっ気付いてもらえて嬉しいです。実は今日のお出かけの為に身なりを整えてきました。綺麗ですか?」


 なんだか、彼女の距離がすごい近い。


 まだ知り合って二日目のはずなのだが、まるで旧知の仲のような感覚に陥ってしまう。そして、昨日も感じたが、ネメシアは少し圧が強い。今も直接綺麗と言えという圧を感じる。


「…すごく綺麗だよ。」


「ありがとうございます。やっぱり直接言葉にしてもらうと違いますね。男の人とこういうやり取りはしたことが無いので、新鮮で楽しいです。」


 なんだこの破壊力は。


 彼女がもし人間の街にいたら、街一番の人気者になっているだろう。いや、実際にここでも巫女としてみんなに慕われているので、人気は高いのか。


「二人はもう仲が良くなったのね。アミルさんのことそんなに好きになったの?」


 サルビアさんがとんでもないことをぶっこんでくる。いやいや、そんなわけないでしょと思っていると、横からこれまたとんでもない返答が返ってくる。


「うん!アミルさんの話すごい面白いの。こんなに一緒にいて楽しい人初めて!」


 こいつ正気か?


 いや、待て彼女の正気を疑うのは気が早い。


 彼女は昔から魔力を持って生まれ、巫女になることが決定していた特別な存在だ。それに加えて、幼い頃の悲劇で足をなくしている。そのせいで、他の人からは一定の距離を保った接し方をされていた可能性もある。彼女の人当たりが良くても、巫女というのはこのエルロンで高い地位を持っているようだし、むしろそうなっていた方が自然な気がする。


 そう考えると彼女がいきなりため口でいいと言ってきたのもそういう背景があったからだと想像できる。ネメシアからすれば、俺は巫女という固定観念なしに接してくれる貴重な存在なのかもしれない。


 なら、彼女の妙に近い距離に惑わされてはいけない。それに俺にはルインという心に決めた存在が居るのだ。そんな簡単に流される俺ではない。


─────────────────────────


 朝食を済ませた後に俺、リコリス、ネメシアの三人で赤い森に出かける。俺たちはネメシアについて行き、エルロンから離れた位置にある場所に来ていた。


「ここですよ。」


 そこにはククの実をたくさんつけた木が何本も生えていた。


「昨日あんなに探して見つからなかったのに…」


「私もここ以外では見たことはありません。なにかこの木が生えるのに必要な条件があるのかもしれません。」


 葉を見ると、他の木に比べると、若干黄色が入っている。周りを見ると、すぐそばには大きな切り立った崖があり、午後になると日が一切当たらなくなるようだ。


 どうやらこの立地が重要だと考えるなら、日光が当たる量が重要になってくるようだ。


「なんにせよ見つかってよかった。採取してもいい?」


「好きなだけ持って行ってください。私と妹以外、ここの場所は知りませんから、里のみんなに迷惑をかけることもありませんから大丈夫ですよ。」


 俺はネメシアの許可を得て、ククの実を三人で集めていく。二人は翼があるので空を自由に飛んで集めていた。一方の俺は魔力を節約するために地道な木登りをしていた。ここに来る前なら木を登るほどの体力はなかっただろう。魔境での過酷な生活で俺の身体能力もかなり上がったようだ。


 しばらくするとかなりの数が集まった。だが、ククの実は一つ一つがそれなりの大きさがあり、二種類草で容量を圧迫されており、あまり余裕がなかった。


 俺がどうしようかと考えていると、二人から助言が飛んでくる。


「ここで作ればいい。」


「そうですね。ここで作れるなら作ってしまった方が良さそうですね。その方が荷物も減りそうですし。」


「そっか。それもそうだな。」


 俺はリュックの中から久々に調合道具を出す。適当な岩場を見つけ、その上に道具を並べていく。


「これが薬の調合道具ですか!私初めて見ます!どんなのができるのか楽しみです!」


「俺もこの材料で作るのは初めてだから楽しみだよ。二人はククの実を絞っておいてくれるか?」


「わかりました!手伝えるなんてわくわくします!」


 ククの実をことは二人に任せて、まずは完成した回復薬を入れる為の容器を魔法で作る。二十個の蓋つきの小瓶を作った。これだけあれば足りるだろう。そして、先ずは一つ目の草、キニチ草をすりつぶしていく。溝が彫られた石の器に木の棒を使って、キニチ草をすりつぶしていく。


 作り方に書いてある通りにゆっくりと回すように潰していくと、さらさらの茶葉みたいになる。


 そのすりつぶしたものを調合窯の中に入れる。そこにクリエイトウォーターで水を入れる。


 そして、窯の下に常しえの木炭というマジックアイテムを突っ込み、火を付ける。この木炭は一度火を付けると半日程燃え続けるというものだ。だが、調合において重要なのはその持続性ではなく、一定の火力を出してくれるところだ。


 俺は窯の中をゆっくりかき混ぜながらキニチ草の成分を抽出していく。面白いことに、葉っぱ自体は緑色なのに、抽出した液体は茶色をしていた。火にかけたことで、キニチ草の中にある成分が変化しているのかもしれない。


 ここで一旦木炭を取り出し、窯の中の液体を一旦冷ます。骸竜によると、ここで冷やすことで、回復薬の土台ができるらしい。


 回復薬の材料と言えば、一般的には薬草と水とデクの実という木の実で作る。これを作るのも簡単ではないが、俺はもう何回も回復薬を作って来た経験がある。この回復薬を作るのも難しくなかった。


「アミルさん、できましたよ。」


 二人が器の中に絞ったククの実の果汁が並々と入っている。これだけあれば足りるだろう。


「二人ともありがとう。水を作るからそれで手を洗ってくれ。」


 俺は二人の手を水で洗い流し、調合の作業に戻る。


 熱が取れたのを確認して、俺はもう一つのリダ草を半分ににちぎって入れていく。そして、常しえの木炭を窯の下に入れ直して、過熱を再開する。


 すると、今度は液体の色が緑色になってくる。


「面白いですね。」


「調合はいつもこんな感じだよ。俺も久しぶりだからちょっと楽しいな。」


 家ではいつもお父さんの手伝いをして、薬の調合をしていた。討伐屋になってからも調合はやめることなく続けていた。沁みついた感覚が調合を進めるごとに戻ってくる。


「次にククの実の果汁を一対五の割合で入れると回復薬、一対一で入れると魔力回復薬になる…らしい。そこに純銀華の花びらを入れて冷ませば完成だって。」


 とりあえず俺は回復薬から作ってみる。果汁を入れる量に細心の注意を払いながら、窯を混ぜて回復薬を作っていく。


「…これで冷ませば完成だ。」


「これで完成ですか…綺麗ですね。」


「綺麗。欲しい。」


 窯の中の液体は透き通った水色をしていて、日の光を浴びてキラキラと輝いている。


 回復薬の熱を冷ましている内に、俺は気になっていたことをネメシアに聞いてみる。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、なんで俺にそんなに良くしてくれるんだ?」


 俺のその質問を聞いて、ネメシアは髪を触りながら空を見上げる。


「…私と違って、あなたが良い人だからですよ。」


 俺は何か含みを感じる返事の中身が気になった。黙っているとネメシアは続きを話してくれた。


「私、昔は自分が特別だと思い込んでいたんです。でも、私は特別じゃなかった。足を失って、無様に生き残って、それなのに歳が上だからという理由だけで巫女になって…アネモネは私よりも魔力量が多いんです。それに、私と違って彼女には本当に人に寄り添える優しさがあるんです。今は歪んでしまっていますが、本当なら私よりも彼女の方が巫女に適任なんです。こんな浅ましい女よりも…」


「浅ましくなんて…」


「浅ましいですよ。私は他人が怖いんです。私の醜い足のことはみんな知っています。私の居ないところでみんながこの足を笑っていると思うと、怖くてたまらないんです。私は独りぼっちなんです。私の気持ちを分かってくれる人は誰もいません。だから、私はいつも笑ってみんなと接するんです。ちょっとでもその恐怖を悟られないように、これ以上嫌われないように。こんなに人の目を気にして生きる女、アミルさんも醜く思うでしょう?」


 ネメシアはの語気が次第に強まっていく。手は強く服の裾を握りしめている。話している内に自分に対する苛立ちで、力が入っているのだろう。そして、彼女はいつの間にか泣いていた。


 ネメシアの笑顔の裏にそんな気持ちがあったことなど俺は全く知らなかった。


 彼女の涙を止めたい。


 だからこそ、俺は彼女に対して強い言葉で否定する。


「全然思わない。」


「え?」


 俺はネメシアの手を握り、正面から彼女の目を見据える。


「全然思わないって言ったんだ。たとえ独りぼっちだったとしても、人の顔色を窺っていようが、他人が怖かろうが、ネメシアは今生きているじゃないか!」


「生きてる…」


 ネメシアは俺の言葉を噛み締めるように反復する。


「そうだ。人は生きているだけですごいんだ。俺はこの魔境に来て毎日を死に物狂いで生きてきた。無様に魔物から逃げたり、何回も死にかけたり、偽善をして自分の罪の意識から逃れたり、あまりの心細さに自分の選択を後悔したり…俺もとても人に自慢できるような人生じゃない。でも、俺もネメシアも生きてる。今日をを生きて明日を迎えるのは当たり前のようで、すごいことなんだ!だから、そんなに自分を卑下するのはやめてくれ…そんなネメシアを見るの、俺の方が苦しい…」


 俺も自分の中に普段ため込んでいる気持ちを彼女にぶつける。これまでずっと誰にも言えずにいたこと。この魔境に来てからは毎日必死だった。やることは無限にあるのにできることは本当に一握りで、自分の無力さに何度も落胆した。


「そう…そうだったんですね…生きてるだけですごい。そんな考え方があるなんて知らなかったなかったです。」


 ネメシアは俺の言葉を受け入れてくれたようだ。俺は彼女に更に自分の考えを伝える。


「自分の考え方を変えるのは簡単じゃない。それでも、少しずつなら変えていけるはずだ。俺だってここに来た時は絶望の中にいた。だけど、ここまで来たんだ。俺にできたんだから、ネメシアにもできる。これを飲んでくれ。その一歩を踏み出すきっかけを得られるはずだ。」


 俺は今完成したばかりの回復薬をネメシアに飲ませる。すると、ネメシアの両足が再生していく。以前からもしかしたらと思っていたが、本当に部位欠損すら再生するとはすごい効果だ。


「あ、足が…!わ、私の足、が、あぁ…!!ああ!」


 ネメシアは再生した両足を手で撫でて、本当に自分の足なのか震えながら確認する。そして、その感触が確かに自分のものであり、足の指の先まで自由に動かせることに感極まって泣いていた。俺は部位欠損したことは無いので彼女の気持ちはわからない。死にかけたことはあるが、その一瞬の絶望とは違い、欠けた体で日々を生きるのもまた大きな絶望があったのだろう。


 俺は彼女を抱きしめて、泣き止むまで胸を貸した。


─────────────────────────


 俺たちは三人で岩場に寝転がって休んでいた。ネメシアが泣き止んでからは風を感じながらゆっくりしていた。


「…先ほどは胸を貸していただきありがとうございました。今すぐには無理かもしれないですが、あなたと一緒なら私もその生き方ができるかもしれません。」


「そうか。それならよかった…」


(ん…?)


 俺は何か重要な事をさらっと流された気がして、聞き直す。


「一緒にって、俺帰らないといけない場所があるんだけど…」


「わかっていますよ。なので私、あなたに付いて行くことにします。それなら、ずっとアミルさんの側にいれるでしょ?」


 なんか話がとんでもない方向に進んでいる気がする。


 「いや、いやいやいや。待て。なんでそんな話になった!?そもそも俺たち出会って間もないのに、そんな簡単に付いてくるとか言っちゃダメだろ!?」


 俺はなんとか考え直すようにネメシアに言い含める。だが、当の本人はもうそんなこと聞いてくれなかった。


「私は昨日と今日であなたの人柄は大体把握しました。それに私の悩みを聞いてくれました。一人の女性として扱ってもらえて、私の足がないのを気にせず接してくれた。そして、あまつさえあなたは私の足を治してくれた。ここまでされて好意を持たない方がおかしいと思いますが?あと私、欲しいものは絶対に手に入れる主義なので、よろしくお願いしますね。」


 昨日も感じた圧が再び放たれる。だが、俺もここは引き下がるわけにはいかない。


「お、俺にはもう付き合うって決めた相手が…」


「それの何が問題なのですか?」


「え…?」


「魅力がある人に異性が集まるのは当然のことです。それに英雄色を好むというではないですか。ね、リコリスさん。」


 俺は何故そこでリコリスの名前が出てくるのかと思った。リコリスの方を見ると真顔で頷いていた。


「アミルには私が要る。」


 俺はその言葉に衝撃を受ける。


「か、家族として好きってことだよな…?」


「異性として好きってことだと最近気づいた。」


(な、なんでそうなったんだ?もしかしてリコリスの気持ちに気付いていないのって俺だけなのか!?)


 ネメシアがあそこでリコリスに話を振ったことから、少なくとも彼女は気付いていたということだ。


 俺は自分の鈍感さに寒気がした。


 だが、そこで木の上から声がかかる。


「それはだめだよ!お姉ちゃん!」


 そこに現れたのはアネモネだった。




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