第14話宴

俺はイーストン家にあがり、椅子に座ってゆっくりしていた。正直この家から出たくない。ここから出ると翼を持たない生き物を下に見る奴ら…長いので翼過激派と呼ぶことにする。それらに襲撃されそうで怖いのだ。


「それで、今日は君の歓迎会として、宴を準備している。もう少し時間が掛かるからそれまでここでゆっくりしてほしい。」


「ありがとうございます…」


 俺は頑張って笑顔を作って内心の恐怖を誤魔化す。少なくとも宴が始めるまでは帰れなくなってしまった。


 俺の横に座っているリコリスは出された果物を黙々と食べていた。俺の分もリコリスの皿に載せておいた。食べてるリコリスが可愛かったのと、今はあまり食欲がなかった。


「それで、一つ頼みがあるんだがいいかね?」


 リコリスに心を癒された俺は気持ちが軽くなった。


「何かあったんですか?」


「さっき家を飛び出して行ったのとは別の、もう一人の娘が居てな。その子の怪我を治してほしいんだ。」


 リボルトさんとサルビアさんは深刻な顔をしていた。そんなに暗くなるってことは相当な重症なのだろうか?


「どの程度の怪我なんですか?」


「娘…ネメシア・イーストンは下半身を殆ど動かせないんだ。昔、子供だけで遠くの方に行ってしまい、そこで大けがをして帰って来たんだ。必死の処置で何とか一命はとりとめたが、右足は切断、左足も膝から下は切断せざるおえなかった。」


「アミル君、この人にやったみたいに回復の魔法をかけてあげてほしいの。あの子も巫女の役職についてからはエルロンの外に行くこともなくなって…なのに自分にできることはなんでもやるって言うし、もう不憫で見ていられないの。」


 俺はその話を聞いて押し黙る。俺の手持ちの魔法には部位欠損を治療するほどの性能を持つ回復魔法はない。どんな瀕死の状態からでも賦活(ふかつ)させる────マスターリブートを俺は使うことができない。


「残念ですが、部位欠損を治すほどの回復魔法を俺は使えません。」


「そうか…いや、無理を言ってしまってすまない。私の命を救ってくれたのだ。それだけでも感謝しなければな。」


「力になれず、すいません。」

 

 俺が頭を下げると、リボルトさんは慌てて頭を上げるように言ってくる。だが、俺が力不足なのは事実だ。俺がマスターリブートを使えればその人を助けることができたかもしれない。


 可能性があるとすれば骸竜から教えてもらった回復薬だが、治せる保証がないので黙っておいた。


「気にしないでくれ、それより何か欲しいものはないか?私が用意できるものならなんでも言ってほしい。」


 欲しいものと言われても即座には思いつかない。敢えて挙げるなら回復薬と魔力回復薬だが、あったら戦闘に持ってきているだろう。重症だったリボルトさんをほったらかして戦闘を継続していたさっきの光景を思い出し、すぐに諦める。


 次に思い浮かんだのは魔石だ。だがそれも、もしもらえたとして、直径五十センチもある魔境産の大きな魔石をどうやって持って帰ればいいのか。短距離ならフライをかけて運べばいいが、これだけ距離が離れているとそうもいかない。連続でフライをかければそれだけ魔力を魔石の運搬に回さなければいけない。それはもし魔物との戦闘になった時に、戦う為に使える魔力が少なくなるということだ。やはりこれも現実的に考えて無理だ。


「俺はいいですよ。見返り目当てで助けたわけじゃないので。なので、あげるとしたらリコリスに何かプレゼントしてあげてください。」


 果物を食べ終わったリコリスが、タオルで手を拭きながらキョトンとしている。


「リコリス君は何か欲しいものはあるかい?」


 リコリスは周りをきょろきょろと見回して、ほしいものを探していた。そして、何かを見つけたようで、壁に向かって走っていく。


「あれほしい。あとアミルみたいなポーチもほしい。」


 リコリスが指を指したのは、柄に赤い宝石が嵌められた片刃の長剣だった。宝石の中は火花のようなパチパチした光が見える。見たこともない宝石だ。


「その剣は爆炎剣ブローディアだ。魔力を流して刃(やいば)を物にぶつけると、そこに爆発が起こる魔剣なんだ。だが、扱うのは難しいぞ?爆発に耐えれる膂力がなければ、その反動で剣は自分の方向に跳ね返ってくる。昔に鍛冶師がふざけ半分で作った剣でな。見た目が綺麗だから飾っていたが、私も使ったことは一度もない。」


「…だってさ、どうする?」


 それを聞いてリコリスが考えるそぶりを見せる。こいつもしかして今の文脈から爆発の意味を汲み取ろうとしているのか?本当にどんだけ頭がいいんだ。リコリスの前で爆発の魔法は見せたことがない。たったこれだけの情報で頭の中でその現象を組み立てられるとか、もう意味が分からん。


「アミル。なんとかできる?」


「え、俺?うーん、どうだろうな。」


 俺も椅子から立ち上がって壁にかけてあるブローティアの前まで行く。


「持ってみてもいいですか?」


「ああ、ぜひ見てくれ。」


 刃を見れば自分の姿が写り込み、良く研がれていることがわかる近くで見ると本当に綺麗な剣だ。


 俺はリュックの中から採取した草を二本取り出して、少し実験をしてみる。ほんの少しだけ魔力を込めて、右手で剣を構える。俺は剣術はからっきしなのでルカの見よう見まねだ。そして、左手で奥側から手前に草を近づけて、刃の部分に当ててみる。すると、ボン、という小さな爆発が起こり、剣がこっちに跳ね返ってくる。


「うおぉっ!?」


「扱いが難しいだろう?悪いことは言わないから別の剣にしておいた方がいいんじゃないか?」


「だ、大丈夫です。」


 俺は剣を構え直して、さっきよりも剣に流す魔力量を絞る。そして、今度は剣の背の部分に草を当ててみる。


 パァン!という軽快な音と共に剣が勢いよく前に振り下ろされる。


 これは、ひょっとしたらすごい武器かもしれない。


 俺が衝撃を受けていると、横からリコリスが服を引っ張ってくる。


「なんとかなる?」


「俺一人だと無理。でも鍛冶師の腕が良ければワンチャンある。」


 俺は笑顔でそう言うとリコリスも笑ってくれた。


「これにします。あとここの鍛冶師のを紹介してくれませんか?少し剣に細工を加えたいです。」


「鍛冶師を紹介するのは構わないが、本当にその武器でいいのか?」


 俺は剣を鞘にしまって、リコリスに渡す。そして、自信を持って答える。


「このままだとリボルトさんが言う通り、使い物にならないでしょう。普通の剣としては使えますが、それでは爆発が起こせるメリットがない。なので、少し工夫します。」


 俺はそう言ってリボルトさんに鍛冶師を紹介してもらった。


─────────────────────────


 俺たちは空を飛んで、石が敷き詰められた高所にある枝まで来た。そこにある建物だけ石造りになっており、屋根には煙突が付いている。明らかにこの建物だけ造りが違う。こんなに煙が上がっていても高すぎて見えてなかったようだ。


「ガンド、今いいかい?」


 中に入るとそこにはかなり歳をとった男が一人、若い男の人が一人いた。若い方の人はさっきの戦闘後に俺をエルロンに連れていくのを大反対していた人だ。


「すまねぇ、今ちょっと手が離せねえんだ!ガリウス!要件聞いてこい!ぜってぇ馬鹿な事言うんじゃねえぞ!!」


「は、はい。あの、さっきは失礼なこと言ってごめん…」


 俺はの言葉に驚く。本当にさっきの人と同一人物なのかと不安になるくらい対応が違う。だが、顔は間違いなくあの人だ。そして名前も合っている。


「全然気にしてないから大丈夫だよ。俺、アミル・マイン。君の名前は?」


「ガリウス・ガナだ…ありがとう。」


 本当はまあまあ傷ついていたけど、何故かわからないが反省したらしいので黙っておくことにした。本当に何があったのか気になるくらいの変わりようだ。


「それで、鍛冶の仕事を頼みたいんだけどいいか?」


「ああ、わかった。何か新しい武器が欲しいのか?」


「いや、新しいのじゃなくて、こいつの改修を頼みたい。」


 俺はブローティアを机の上に置く。そして、その剣を見て、奥の方から年配の鍛冶師が作業を中断して、こっちの方に歩いてくる。


「ブローティアじゃねえか!リー坊!お前命を救ってもらった相手になんてもん渡してんだ!」


「落ち着いてってこれには訳があるんだ。アミル君がこの魔剣に手を加えたいらしくてな。話を聞いてやってくれ。」


 鍛冶師はガリウスの前に出てきて手袋を外して、右手を出してくる。


「ガンド・ガナだ。その剣を打ったのもわしだ。」


「アミル・マインです。よろしくお願いします。」


 俺はガンドさんと握手をして、ポーチから何枚かの紙を出す。そこには一つの剣の設計図が書いてある。さっきイーストン家で書いてきたものだ。


「俺が頼みたいのはブローティアの柄から背の部分の改修です。柄の部分にトリガーを作って、この背の部分に金属製のカバーを付けます。中にはトリガーと連動する発破装置を組み込んで、爆発を使用者の好きなタイミングで使えるようにします。そして、このカバー部分に爆発の逃げ道になる穴を空けて、爆発によって発生する力を剣のスイングに全て載せます。これができれば、爆発を上手く使いこなすことができます。作れそうですか?」


 俺の説明を全員黙って聞いていた。話終わっても少しの間誰も言葉を発しなかった。最初に口を開いたのはガリウスだった。


「すげえ…!爆発の力をこんな風に使うなんて!お前、凄いな!」


「なるほどなぁ。これ以上ないくらいこの武器の問題点が改善されとる。強いて挙げればちぃと整備が面倒なくらいだが、戦闘に関しては文句なしだ。これはひょっとしたら化けるかもしれんぞ?」


「そうだろう?だから、私もここに連れてきたんだ!ガンド、なんとかなるか?」


 ガンドさんは腕を組んで少し考えてから、首を横に振る。


「わりぃが今すぐには無理だ。狩りに使う武器の修繕が追い付いてなくてな。リー坊の命の恩人の頼みだから無下にはしたくねぇが…」


 俺はその事情を聞いて、がっくりする。だが、狩りをしなければここの人達が飢えて死んでしまうので、その武器を優先するのは当然だ。


 俺が諦めようとしたその時、横にいるガリウスが声を上げる。


「じいちゃん、俺にやらせてくれ!」


 ガリウスがガンドさんに頼み込む。


「ほぉ…できるのか?」


「できる!こんなすごい武器、ほっとくなんてできないよ!俺が形にしてみせる!」


 その言葉を聞いてガンドさんは笑ってブローティアをガリウスに渡す。


「そんなにゆうならやってみろ!ただし!中途半端なもん作ったら許さねえからな!お前さんもそれでいいかい?」


「はい。ガリウス、よろしく頼む!」


「任せてくれ!こんなに分かりやすい設計図があるんだ。絶対に作って見せる。」


 俺はガリウスの自信に満ちる目を信じ、彼にブローティアを託すことにした。


─────────────────────────


 鍛冶屋を後にした俺は、再びイーストン家に戻ってきていた。宴が始まるまでもう少しらしく、家で待っていてほしいと言われた。リボルトさんたちは宴の準備があるからとさっき出ていった。


 そして、今はリコリスと遊びながらゆっくりしていた。


「早く帰りたいね。」


「洞窟で魚食べたい。」


 どうやらリコリスの今日の気分は魚のようだ。だが、宴に出されるのは今日仕留めた飛行型の魔物なので、その希望は叶いそうにない。


 なんてことを考えながらそのままボーっとしていると、リボルトさんが俺たちを呼びに戻ってきた。


「お待たせした。二人とも、ついて来て欲しい。」


「全然待ってないので、大丈夫です。リコリス、行こっか。」


 俺は杖を持って家の外に出る。日はもう沈んでしまっていた。だが、下の方を見ると、たくさんの灯(あか)りがついている。ナジル鉱石のように何か光源があるのだろう。


 俺は覚悟を決めてフライを使い、たくさんのハーピィが集まっている枝まで飛んでいく。しかし、ここに来た時と違って、あからさまに敵意を向けてくる人は殆どいなくなっていた。


 そのことに驚きながらも下に着くと、数々の料理から非常にいい香りがしてくる。こんなにしっかりと味付けされた食事はいつぶりだろうか?


 リコリスも今まで見たことない料理に目を丸くしていた。


 リボルトさんに連れられて、人ごみの中心まで移動する。そこで男の人から液体が並々と入ったジョッキを受け取る。匂いからしてお酒ではなさそうだ。リコリスが受け取ってすぐに飲もうとするのを止めて、何か合図が来るのを待つ。


 こういうのは大体誰かの合図と共に乾杯をするのが、俺が元居た人間の国ではお決まりだった。雰囲気を見るに、ここでもそのノリがある気がしたのだ。


 周りの人全員にジョッキが行き渡ったようで、リボルトさんがジョッキを上に掲げる。


「みんな、良く集まってくれた。戦士たちから話を聞いた者もいるかもしれないが、私から改めて紹介させてもらう。アミル・マインとリコリス・レディアータだ。彼らは俺を含めた五人の同胞を救ってくれた。見ず知らずの私に迷わず手を差し伸べてくれた彼らに、私は敬意を示したい。さて、前置きはこれくらいにしておこう。今日は二人の歓迎を兼ねた宴だ!エルロンの神樹に感謝を捧げ、騒ぎ明かそう!」


「「「「おおー!」」」」


 周りからすごい歓声が上がり、空を飛び回りながら乾杯し合っていた。良くぶつからないなと思ったが、彼らにとってはこれが普通なのだろう。


 だが、俺はその光景を見て、ふと思い浮かぶことがあった。


 そういえば、こんなに多くの騒いでいる人を見るのなんて随分と久しぶりだ。


 何故かわからないが活気に溢れる彼らを見て、俺は討伐屋ギルドの光景を思い出した。今日受ける依頼を受付けに持って行く人。併設されている酒場で昨日倒した魔物の自慢をする人。他のパーティに装備の相談に乗ってもらう新人。次から次へと来る依頼書を慌てることなく、スラスラと捌いていくいく受付嬢。


 自分の力で街を守っているという自負。命の危険がある依頼を完了した後に、みんなで分かち合って味わう旨い食事。


 その忘れかけていた感覚が俺の中に戻ってくる。


 みんな、どうしてるのかな…


「アミル、なんで泣いてるの?」


「え?な、なんでもない!さ、美味しそうな料理ばかりだ。いっぱい食べよう。」


 俺は無意識の内に流れた涙を拭って、笑顔でリコリスと乾杯する。俺は自分の中に出てきた空虚な気持ちに蓋をして、せっかくの料理を楽しむことにした。メインはやはり鳥の肉だったが、スープや豆と山菜らしきもののサラダとかもあった。


「何かお取りしましょうか?」


 俺が最初に何から手を付けようか迷っていると、横にいた女性のハーピィが話しかけてくる。


「そうですね、何かおすすめはありますか?えっと…」


「申し遅れました。ネメシア・イーストンと申します。でしたら、こちらの串焼きはいかがですか?特製のたれで焼き上げているので、ここでしか食べれないものですよ。」


 その女性は紫色のロングのウルフカットの髪に、優しい目つきをしていた。他のハーピィよりもゆったりとした緋色の服を着ていて、何か違う雰囲気を感じる。


「アミル・マインです。ありがとうございます、いただきます。あの、イーストンということはリボルトさんの?」


「はい。父がお世話になりました。」


 そう言ってネメシアさんがぺこりと頭を下げる。


「俺も助けられてよかったです。少し気になったんですけど、ネメシアさんの服は他の人と違うのは何か理由があるんですか?」


「呼び捨てで構いませんよ。それと敬語も結構です。私はここで巫女という特殊な役職をしていまして、この服はそのせいですね。どうぞ。」


 ネメシア…が葉っぱの上に串焼きを二本載せて、手渡してくる。


「ありがとう。いただきます。」


 俺は久しぶりのちゃんとした料理にかぶりつく。その瞬間体中に衝撃が走る。


「う、うまい…!」


 ちゃんと甘辛い味付けがされており、素材の旨味が何倍にも感じる。普段の食事は魔法で作った塩以外の味付けがないので、甘味、辛味という味が久々だ。


「お口にあったようで何よりです。さぁ料理はたくさんありますから、どんどん食べてください。どれもおいしいですよ。」


 俺はネメシアと楽しく話しながら、まともな食事にありついた。彼女は俺がどこから来たのかや、普段はどんな生活をしているのかなど色々聞いてきた。俺も懐かしい雰囲気で気が緩んでしまい、ここに来る前、カリンでの生活についても話してしまった。


 ネメシアは俺の話に興味津々だった。「地面に街が広がっているんですか!?」や「魔法を使える人がそんなにたくさん…!」と俺が当たり前だと思っていたことに、すごく驚いていた。


「ここには魔法使いはいないの?」


 俺は疑問に思ったことを聞いてみる。ここに来てから、杖を持っている人を一人も見ていなかった。


「私ともう一人だけ魔法が使えます。ハーピィで魔力を持っているのは、ごく少数しかいないんです。そして、魔法使いは代々巫女の役職に就くのが決まりなんです。もう一人よりも私の方が歳が上なので、今は私が巫女をやっています。まあ、理由はもう一つあるんですけどね。」


 ネメシアは苦笑いをしながら料理を口に運ぶ。一つ一つの所作が丁寧で、彼女の育ちの良さがうかがえる。


「その理由って?」


「私の妹、アネモネは少し、人に流されやすいんです。巫女はこのエルロンでそれなりの立場と力を持っています。それが人の考えにすぐに流されるような人では当然務まりません。本当はアネモネにしっかりしてもらって、役職を変わってほしいのですが…」


 俺はその理由を聞いて、納得する。最初にあったガリウスとアネモネは俺に敵意を向けていた。あれは自分で考えてその結論に至ったのではなく、誰かに吹きこまれたのだろう。それがネメシアのいう流されやすさなのだろう。


「外野がとやかく言うことではないかもしれないけど、あいつに重要な役職に就くのは向いてない気がする。だけど、ネメシアもやめたいの?」


 俺がそう言うと、ネメシアは食事を止めて、少し悲しげな顔をする。


「私の足のことは父から聞きましたか?」


「…聞いたよ。」


「そうですか。私は自分の浅慮でこうなったのですから、これについてはもうなんとも思っていません。ですが、だからこそ、こんな間抜けが巫女をやっていていいのかと考えてしまうのです…暗い話をしてしまってごめんなさい。普段人に話せないことが多くて、よくため込んでしまうんです。巫女になると周りの人に気軽に愚痴を言うこともできないので。いつなら秘密の場所でゆっくりして、ストレスを発散しているのですが…」


 確かに、閉鎖された集落で権力者が誰かの悪口を言ったりすると、すぐにいじめに発展しそうだ。まだ若いのにそんな配慮をできるなんで、大した人だ。


「好きなだけ愚痴ってくれていいぞ?俺は部外者だからな。ここにはネメシアが言った愚痴を話す相手もいない。」


「ありがとうございます。そうだ、これよければ食べてください。私が収穫した木の実です。すごい甘いんですよ。」


「ありがとう。いただく…よ…」


 俺はその差し出された木の実を見て。驚愕した。


 その手の中にあったのは俺たちが一日中探して見つけられなかった最後の素材、ククの実だった。


「ああー!?あったー!!!」


 俺はあまりの嬉しさで、ネメシアの手ごとククの実を掴む。


「え、ええ!?ちょ、ちょっと近い…」


 ネメシアがいきなりのことに驚いて、顔を赤くしている。だが、興奮した俺にはそんなことは見えていなかった。


─────────────────────────


「────アミル・マインです。」


 そう名乗った男性は私を普通の女の子として扱ってくれました。私の足がないことを知っているのに、ズボンの裾から見える醜い足が見えているはずなのに、彼はそんなの関係ないと言わんばかりに笑顔で接してくれた。


 まるで太陽のように明るい人。


 彼の話はとても刺激的で、聞いていて心躍るものばかりでした。聞いたこともない地上にある街、彼の仲間が倒してきた数々の魔物との戦い。


 そして、目の前でククの実ごと手を握られた時、私は彼に胸を射止められました。


 男の人に手を握られるなんて、巫女になってからは久しくなかったことでした。


 巫女はエルロンの神樹に仕えており、その為里長の次に偉い地位に就いています。


 そのせいで私に言い寄ってくる相手は、皆巫女の権力が欲しいんだと心の底が見えていました。私の足から目を背け続け、私と結婚した後になれる次代の里長になることしか見えていない人ばかり。


 そんな私の前に現れた里の固定観念に捕らわれない考えを持つ男の人。さらに話も楽しく、里では私以外は妹しかいない魔法使い。それはそれは話もとても盛り上がりました。


 その人を私が好きになるまで、そう時間はかかりませんでした。

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