第13話邂逅
俺はリコリスと一緒に森の中を歩いている。今俺たちは洞窟から見て南西にある赤い森を目指していた。今日までしっかりルートを構築しておいたので、魔物を回避しながら進むだけでいい。
骸竜からもらった情報では赤い森に必要な素材があるということだった。
「アミル、回復薬、そんなに欲しい?」
リコリスが後ろから服を引っ張って聞いてくる。
「欲しい。俺も回復魔法は使えるけど、いざという時はやっぱり回復薬に頼ることが多いからな。素材を取りに行くリスクと回復薬なしでこのまま魔石を集めるリスクで、俺は前者を選んだってことだ。」
俺は歩きながら骸竜から言われたルインの状態のことを思い出す。
「ルインのことだけど、厳密に言えば飛べない訳じゃないんだ。竜が空を飛ぶときは翼に魔力を集めて飛ぶんだ。そして、集めた魔力は時間が経つほど霧散していく。ルインは呪いの影響で魔力量の最大値が減少していてね。だから、飛んだとしてもごく短距離しか飛べないんだ。君が安定した帰路に着きたいなら、出来る準備は全てした方が良いと思うよ。」
骸竜曰く、魔石を三十個以上集めればそれだけ魔力量の最大値も回復するが、回復薬を用意できるのならそれもあった方が良いらしい。
とは言っても残りの魔石もまだ二十四個。俺たちが倒した魔物が三つ、骸竜が分けてくれた魔石が三つ。魔石を得るには魔物との戦闘は避けられない。その点回復薬の素材を集めるのは、うまくやれば戦闘を回避できる。
だから俺は赤い森に行くことにしたのだ。
俺たちは森の中を歩き続け、時に地図で位置を確認したり、時に魔物が通り過ぎていくのを静かに見守ったりして、何とか赤い森までたどり着くことができた。
「やっと着いたな。少し休もうか。」
慎重に進んでいたせいか、日が天高くなっている。俺は木陰に腰を下ろし、水筒を取り出して水をゆっくり飲み込む。
一息ついてから周りの木々に目を移す。この森は赤い葉っぱの木しか生えていないようだ。葉の形が違うものがあったので、一種類の木がここら一帯を占拠してるわけでは無いようだ。どうしてこんな森ができたのか不思議だが、今はそんなことを調べている暇はない。
俺たちは休憩を終えて、もらった情報を元にして素材を探し始める。調合に必要なのは二種類の野草、木の実を一種類だ。
「一つ目の草…キニチ草は、針葉樹の根本付近に群生か…」
俺はもらったメモを確認しながら、赤い森の中を歩いていく。針葉樹というのは縦に直線状に成長する木のことらしい。
「アミル、あれ。」
俺よりも先にリコリスが針葉樹を見つけてくれた。その根本を見てみると、確かに特定の草だけが群生していた。
「根本に白い筋が一本入っているのが目印…リコリス、ある?」
「あった。」
どうやらこれで間違えないようだ。俺とリコリスは根は残して、葉の部分だけ毟っていく。採取したものは、久しぶりに外に持ち出したリュックの中に詰めていく。今日はたくさん採取をする予定なのでポーチでは容量が足りないのだ。
「この調子でどんどんいくぞ。」
リコリスはコクリと頷いて、次の針葉樹を探し始める。俺も負けていられないと思い。さっきよりも目を凝らして探すことにした。
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「足りねぇ…」
「ない…」
今俺たちは赤い森の中の木陰で休んでいた。木を背もたれにして、リコリスは膝の中に納まっている。俺たちは最後の素材を見つけられずにいた。最初の野草二種類はすぐに見つけることができた。だが、木の実がいつまで経っても見つからず、俺たちは困っていた。
「本当にある?」
「あるはずなんだけどな…いや、野草は見つかったんだから絶対にある。なんだけど、こんなに探して見つからないとさすがに萎えるよな~。」
その木の実の特徴は書いてあるのだが、それをつける木がどうゆう所に生えているのかが書いてなかった。あの時の俺はなんで聞いておかなかったんだと、過去の自分を責め立てる。
探し物を見つける魔法があったらこんなに苦労しないのだが、そんな魔法は存在しない。
諦めて地道に探すかと思っていると、森の奥の方から男の叫び声が聞こえてくる。
「は…?こんなところに人の声?まさか他にも人間がいるのか!?リコリス行くぞ!」
リコリスは頷くと俺と一緒に叫び声がした方向に走っていく。赤い森の中を走っていくと、少し開けた場所にでた。
そして、そこには人間はいなかった。代わりに鳥型の魔物と、それと戦う翼を持った亜人────ハーピィだった。
そういえば近くのエルロンにはハーピィがいるとルインが言っていたのを思いだす。かなり前に聞いたことなのですっかり忘れていた。
下手に近づくと彼らを刺激して敵対する可能性もある。俺はゆっくりとその場を離れようとすると、リコリスが服を引っ張ってくる。
「アミル。あれ、死にそう。魔石回収する?」
リコリスが指を指した先には、地面を這いつくばっている少し歳を取ったハーピィの男が一人いた。
「…亜人からは魔石は回収できないよ。それとあれじゃなくて、あの人ね。」
「わかった。それでどうする?」
俺もその人を観察する。脇腹から出血しており、このままでは長くないだろう。戦闘をしている人たちの方をみるが、魔法使いはいないようだった。怪我人にの方に魔物が行かないよう戦っているが、人数が減ったことで、攻め手に欠けているようだった。
「助けられる人がいるならそれを無視することはできない。行くぞリコリス!」
リコリスはコクリと頷いて、俺より何倍も速い速度で駆け抜けていく。俺もリュックを降ろして地図とメモをしまい、杖を手に取って走り出す。
リコリスが魔物に突撃する間に俺は倒れている男の方に駆け寄る。
「大丈夫ですか?俺の言葉がわかりますか?」
「き、君は一体!?ここは危ないから早く離れなさい!」
意識もしっかりしているし、言葉も通じる。
リコリスの方をチラッと見ると、ハーピィの中に割り込んで強引に戦闘をしていた。戦闘をする前に一声かけろぐらいは言っておくべきだった。
俺は自分の指示の甘さを後悔するが、今は心の片隅に置いておく。
「これからあなたの傷を治療します。じっとしていてください。」
「この傷を治せるのかね…?」
「大いなる自然よ。この者にもう一度立ち上がる機会を与えたまえ────オーバード・ヒーリング!」
回復魔法が発動して杖が光り、男の脇腹の傷を癒していく。魔法の発動が終わり杖の光が収まると、脇腹の傷はしっかり完治していた。
「ほ、本当に治せるとは…君は一体?」
「話は後です。リコリスよく耐えた!怪我人は治したから俺も戦闘に参加する!」
「こいつの羽硬い!火力足りない!」
リコリスが魔物と距離を取りながら、相手の情報を教えてくる。俺はそれを聞いて今撃てる最高火力の魔法をすぐに準備する。
「大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ────全員離れてください!魔法で攻撃を仕掛けます!」
リコリスが引いたのを見て、ハーピィの戦士たちも魔物と距離を取る。
「アミルやって!」
「ブリザード・ランス!」
俺の魔法は鳥型の魔物に直撃し、右の翼を氷漬けにする。魔物が苦痛から叫び声をあげるが、羽が重くなり、飛べないようだった。
「今だ!お前たち、私に続けぇ!!」
その様子を後ろで見ていたはずの倒れていた男は、剣を抜き放って魔物に突撃していく。
「「「「おおー!」」」」
それに続いて周りを飛行していた他のハーピィたちも一斉に攻撃を仕掛ける。
全員で魔物を切り裂いていき、あの人が最後に頭部に剣を突き刺し、とどめを刺した。
「あの人たち強い。」
「すげぇ。じゃなくて、そろそろ撤退するぞ。戦闘に割り込んだことを怒られるかもしれない。」
リコリスが頷き、目立たないように俺たちは姿勢を低くしてその場を去ろうとする。逃げるには今しかない。俺は仕留めた獲物に夢中になっているハーピィたちをしり目に、森の中に消えようとする。
だが、動き出すのが一歩遅かった。
「そこの君、待ってほしい。」
俺たちの行く手には例の怪我をしていた人が立ちはだかっていた。逃走は失敗だと思った俺は即座に次の手を打つ。
「戦闘に勝手に参加してすいませんでした。もう帰りますので、お願い助けて。」
俺はその場で頭を下げて許しを請うた。もう穏便に済ます方法はこれしかない。これでだめならリコリスと一緒強行突破だ。
「待ってほしい。何か誤解があるようだ。私たちは君たちに危害を加える気はない。」
頭の中でそんなことを考えていた俺は予想外の言葉に驚く。
「戦闘に割り込んだこと、怒ってないんですか?」
「怒るなんてとんでもない。むしろ助けてくれて感謝しているよ。さっきは助けてくれてありがとう。」
男はそう言って右手を差し出してくる。俺はその言葉に驚きながら右手を出して握手した。
「君はどこから来たのかね?見た感じ、私たちとは違う種族のようだが?」
「えっと、向こうの緑の森の方の洞窟から来ました。」
俺は細かい場所をぼかした返事をした。今は友好的な雰囲気だが、いつ敵対してもおかしくない。
「そうか。ところで、君たち。よければ私の里、に寄って行かないか?ぜひさっきのお礼をさせてほしい。」
「いや、俺は結構で…」
「それはだめだ!いくら長でも翼を待たぬものを里に招き入れるのは容認できない!」
俺がやんわり断ろうとすると、後ろから近づいて来た別の若い男のハーピィが待ったをかける。茶色の髪を後ろで縛っており、手には槍を持っている。
「ガリウス、私の命の恩人に対してなんてことを言うのだ!彼は私たちを助けてくれたんだぞ。アンテベート・ホーク相手に私たちだけでは全滅もあり得た。だというのになんだその言い草は!」
「ですが、そいつは翼を持っていません!助けてもらったことは感謝しています。ですが、そんな下賤な者を里に入れるなんていけません!」
もっと言ってください若い人、と内心で声援を送る。どうやら彼らの価値観では翼がない者を下に見ているようだ。それだけで見下されるのは少し不服だが、今はその価値観に感謝だ。
「そんな偏見は捨てろと何度も言っているだろう。戦士長のお前がそんなんだから、その偏見が他の者に広がっているんだ。もっと自分の立場を考えて行動しなさい。」
「くっ…!ですが!」
もう少し頑張ってくれ!俺は祈るような気持ちでやり取りを見守る。
「くどい!これは決定だ!少し頭を冷やせ。」
若い人はあえなく撃沈し、すごすごと魔物の死体の方に歩いていく。もっと粘ってくれたらよかったのに。というかさらっと言ったけど、俺たちがついて行くのはいつ決定事項になったんだよ。
「うちの若いのが無礼なことを言ってすまない。私はリボルト・イーストン。君たちの名前を押して得て欲しい。」
「…アミル・マインです。」
「リコリス・レディアータ。」
俺は観念してついて行く覚悟を決める。
「アミル、リコリス、これからよろしく頼む。さあ、お前たち、せっかくの大物だ。持ち帰って宴にしよう!」
「「「おおー!」」」
さっきの若い男以外はみんな喜んでいた。宴が始まるまでには絶対に帰ると心に誓い、俺はハーピィたちの里に向かうことになった。
─────────────────────────
ハーピィの里にそびえる巨大な木の根元まで歩いて来た俺たちは、下からその大きさをひしひしと感じていた。
「でっけぇ…!」
「でかい。」
なんとなく予想はついていたが、ハーピィの里というのはエルロンだった。
感心してる俺をよそにハーピィたちが魔物を木の上まで運んでいく。あんなに早く飛べるなんて普通に羨ましい。
「ところでアミル君は空を飛ぶことはできるかね?リコリス君は翼があるようだが、君にはないように見えるが…」
そんなことはここに着く前に言ってくれと内心思いながら、俺はあるひらめきを得る。もちろん俺は飛行魔法で空を飛ぶことができる。だが、ここで飛べないと言えば、すぐに帰してもらえるんじゃないだろうか?
「飛べないなら私が抱っこして上まで運んで…」
「飛べます。大丈夫です。」
俺はリボルトさんの提案を速攻で断って、杖を構える。
ふと上を見ると、俺たちを見下ろしてくるたくさんのハーピィがいた。中には指を指して笑っている者もいる。
よく見るとさっきの若い男も誰かと話しながらこちらを見て笑っている。
「私が運ぶ?」
「自分で飛ぶから大丈夫。翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」
俺はいつも通りにゆっくりと飛行魔法を使って空を飛んでいく。こっちを見ていた者が驚いて、ざわざわしていた。そんなに人間が珍しいのだろうか?
俺がたくさんの視線にうんざりしていると、急にリコリスが腕を掴んで勢いよく飛翔していく。
「こっちの方が速い。」
「おおー確かに早い!」
リコリスはいつもこんな速度で空を飛んでいたんだなと、風を切るように飛ぶリコリスの方を見る。
そして、横にリボルトさんが並んでくる。
「リコリス君は飛ぶのが速いな。私の家はかなり上の方にある。ついて来れるか?」
「望むところ。」
リコリスとリボルトさんは更に加速していき、すごいスピードで飛び始める。
「待ってリコリス!途中で一度着地して飛行魔法をかけ直さないと…」
俺が言い終わる前にリコリスが俺を腕の中に抱きしめる。いきなりのことに驚いているとリコリスが耳元で囁いてくる。
「これで大丈夫。」
「いや、そうゆうことじゃなく、てぇぇぇ!!」
リコリスは羽を大きく広げてすぐにリボルトさんがいる高さまで追いついてしまう。そしてしばらく飛び続け、滅茶苦茶太い木の枝に着地する。
「すごい身体能力だ!うちの戦士たちより速いな!どうだねリコリス君、ここで戦士として暮らさないか?」
「アミルのとこにいるからいい。」
「ならアミル君も一緒に住まないか?」
超高速飛行にぐったりしているとリボルトさんが変な提案をしてくる。
「遠慮しておきます…帰りを待っている人がいるので…」
「そうかね…それなら仕方がないな。それはそれとして、どうぞ入ってくれ。ここが私の家だ。」
俺は立ち上がって家を見てみると、そこには木造の立派な家があった。人間が住んでいるものと似ているが、屋根の上には葉っぱがたくさんついた枝が被せられていた。魔物から身を守るためのカモフラージュだろう。
「お邪魔します。」
「…お邪魔します。」
俺に続いてリコリスが家に入る。教えていなかったのに普通に「お邪魔します。」って言った。リコリスって一体どれだけ賢いんだ?これまでも歩き方、走り方、飛び方、戦い方、獲物の処理の仕方とたくさんのことをあっという間に覚えてきた。もしかしなくても俺の数倍賢い気がする。
「サルビア、アネモネ、帰ったぞ!今日はすごい大物だぞ!」
リボルトさんがそう言うと家の中から二人の女性のハーピィが顔を見せる。
「お父さんおかえり。」
「おかえりなさい、あなた。そちらにいるのは?」
「こっちはリコリス・レディアータ、こっちはアミル・マイン。二人が死にかけていた俺を助けてくれたんだ。特にアミル君は命の恩人だ。」
はっはっはっと笑いながら背中をバシバシと叩いてくる。普通に痛い。やっぱりハーピィは亜人の中でも筋力が強いようだ。
「はじめまして。今紹介に預かりました、アミル・マインです。お邪魔してしまってすいません。用が済んだらすぐに帰りますので。」
俺はできる限り早く帰りたいという意志を示して、挨拶をする。
「あら、ご丁寧にどうも。彼の妻のサルビア・イーストンです。そんなこと言わないで好きなだけゆっくりしていってくださいね。」
俺の帰りたいという意志は伝わらなかったようで笑顔で挨拶される。
「アネモネ、ちゃんと挨拶しないか。」
「…嫌だ。」
サルビアさんの後ろに隠れている赤い髪で胸が大きいの女の子は俺に対して敵意を向けてくる。
「そいつ、翼持ってないじゃん。そんな奴に挨拶する必要なんてないでしょ。」
「このバカ娘!いつからそんな失礼なことを言うようになったんだ!」
「うるさい!お父さんの分からず屋!」
そう言うと、アネモネと呼ばれた女の子は家の外に文字通り飛び出していく。
「すまないアミル君。あれは私の娘でね、名前はアネモネ・イーストン。最近の若いのは飛べない生き物を下に見ることが多くてね。馬鹿な考えは捨てろと何度も言っているんだが、碌に言うことを聞かなくてな…」
「まあ、気持ちはわかりますよ。子育てって大変ですよね。」
俺は微妙な感じの相槌を打って適当に茶を濁した。
それにしても、飛べない生き物全てを下に見るって改めて聞くとすごい価値観だ。魔法を使わない限り絶対に空を飛べない人間からは想像もできない。俺はそんな人たちがたくさんいるところに放り込まれたのだ。
俺の中には早く帰りたいという思いでいっぱいだった。
─────────────────────────
「────アミル・マインです。────」
そう話した男は翼を持っていなかった。私たち若いハーピィの間では翼を持たない奴は見下すのが流行っていた。最初に誰が言いだしたのかはわからない。だが、いつからか私もそれが正しいんだと思うようになった。
「私のことはほったらかしのくせに…」
お父さんもお母さんもこの考えを理解してくれなかった。
私には一人、お姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんにもさっきの考えを話したことがあった。なのにお姉ちゃんも理解してくれないのだ。
「アネモネ。こんなところでどうしたんだ?」
私は声をかけれられて下の方を見る。すると、そこには戦士長のガリウス・ガナがいた。
「お父さんが私の家に翼を持ってない奴を連れてきてさ。もう恥ずかしいから本当にやめて欲しいんだけど。」
そう言うとガリウスは苦い顔をする。
「ガリウスどうしたの?今日もマサジのところに行こ?」
マサジというのは私達若者の中心的な奴だ。私達の考えにも理解を示してくれるし、いい奴だ。
「ごめん。今日はやめておくよ。ちょっと考えたいことがあって。」
そう言ってガリウスは飛んで行ってしまった。狩りから帰ってきた時からガリウスの様子がおかしい気がした。
なんだか彼が遠くに行ってしまったような変な感じがしたのだ。彼のことが心配だったが、もう遠くまで飛んで行ってしまった。
私は彼のことが気がかりだったが、仕方なく一人で飛んでいった。
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