第12話水中戦
「重い…」
俺が目を覚ますと、俺の上にリコリスが乗っていた。もふもふの尻尾でグルグル巻きにされてとても寝心地はよかったので、あまり文句を言えた義理ではなかった。
「おはようアミル。」
「おはようルイン。リコリスもそろそろ起きて。外に偵察に行くよ。」
俺はルインと日課になっている挨拶をして、リコリスを揺すって起こす。リコリスはすぐに目を覚まし、立ち上がる。
「おはようアミル。」
「おはよう。」
リコリスとも挨拶をして、いつも通り早朝に外に出る。日がまだ上っていないのを確認して空を飛ぶ。リコリスは飛ぶのが好きなようで、俺の周りを自由に飛び回っている。
俺は周りの環境を確認して、昨日と変わりないことを確認する。
「異常なしか。」
俺は赤い森とエルロンがある西の方を見る。赤い森に行くなら、ハーピィの存在には注意を払う必要がある。刺激して戦闘になったら大変だ。
リコリスが初めて魔物を殺してからまた数日が経った。リコリスはいつも通り明るい性格のままだ。命を奪うことを覚えて変な方向に成長しないか心配だったが、どうやら杞憂のようだった。
そんなことを考えながら、俺たちは洞窟に戻った。
─────────────────────────
「今日は何するの?」
朝食を食べた後、俺は外に行く準備をしていた。
「今日は魚を獲りに行くぞ。もう備蓄してある燻製が少ないからな。そろそろ補充しに行かないと。」
「なら網持ってく。」
リコリスはそう言って網を取りに行く。
その網も当然ここで作ったものだ。草の皮をはぎ、中にある繊維を乾燥させる。それをねじって紐にして、網を作った。この網だがもう一つあり、そっちはコーディルの水中にすでに仕掛けてある。片方は常に湖の中にあり、確認しに行ったときは魚が取れているという寸法だ。
俺は外に行く準備をして、地図をリコリスに渡す。最近はいつもこんな感じだ。最初はリコリスを外に連れていくことを忌避していたが、最近は方針を変えた。逆に目の届かないところで危険なところに行かれる方が不味いということを、以前の落下事件で理解した。
「それじゃあ、行ってきます。」
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてな。」
俺とリコリスはルインに行ってきますを言って、コーディルに出かけた。
─────────────────────────
俺は地図をリコリスに任せて、警戒しながら森を進んでいた。
リコリスはその辺の花を摘みながら、時折地図を確認している。
「リコリスは本当に花が好きだな。」
「大好き。綺麗な物は全部好き。それも好き。」
リコリスは俺の杖に嵌まっている魔石を指さす。そう言えば時より杖を眺めていることがあったが、魔石を見ていたようだ。
「リコリスにも何か武器があれば良いんだけどな…」
武器を作る魔法はあるらしいが、俺は使うことができない。師匠から昔に教えてもらったが、相性が悪いらしく、どうしても使えなかった。
「これがあるからいい。」
そう言ってリコリスは俺があげたナイフに目を落とす。それは俺が今まで食料の解体などに使っていたナイフだ。リコリスが自分で身を守れるように、苦肉の策で渡したのだ。
刃物はあれ一つしかないので、もしも折れたらと考えたら怖かった。だが、武器を何も持たせないで外出するのは危険すぎたのだ。
ナイフを渡すときに、刃物に関する危険なことは徹底的に教え込んだ。おかげで、軽々しく振り回したりすることもなく、訓練の時と使う時以外は眺めているぐらいしかしなかった。やはり相当賢いのではないだろうか?
リコリスの手の中の花が花束になるくらいの時、俺たちはコーディルに到着した。色鮮やかな花束はとても綺麗で、リコリスはとてもご機嫌だった。
「綺麗…?」
「そうだな。凄い似合ってるよ。さあ、食料を持って帰ろう。」
リコリスは湖から少し離れた場所に花束を置いて、こっちにトコトコ小走りで近づいてくる。
俺たちはいつも通りに湖の畔に巻き付けてある網を引き揚げ始める。だが、今日はいつもと違って、少しも動かなかった。
「網の根がかりか…?」
「根がかりって何?」
「湖の底に紐が引っかかって取れなくなることだよ。こんなこと今までなかったんだけどな。」
少し不思議だったが、こういうこともあるのだろう。俺は仕方なく網を引くのをやめて、湖の中にある網の方を確認しに行く。
日の光が反射してよく見えないが、網の先に何か黒い塊がある。
「岩でも転がって来たのか…?」
普通に持ち上げようとすれば大変だが、俺には飛行魔法がある。仕方がないので靴を脱いで、魔法が欠けられる範囲まで近づいていく。しかしデカい岩だ。上の方には何か突き出た部分があり、変な削れ方をしている。
「…っ!!アミル逃げて!」
「え?」
俺は急に叫んだリコリスに驚いて、振り返る。
すると背後から大きな水しぶきを上げながら、黒い何かが浮上してくる。
そこにいたのは岩ではなく、黒いサメ型の魔物だった。やけに上に飛び出た突起は背びれで、岩だと思ったごつごつした肌はこれまでの戦いで付いた傷跡だった。
「うおおお!?」
俺は急な事に対応することができず、魔物に襲われる。
「アミル!」
魔物が俺に噛み付こうとするのを直前で回避するが、ローブの一部を噛まれてしまう。そのまま水中に引きずり込まれ、湖の奥の方にどんどん引き込まれる。
(窒息死させる気か!?)
俺は何とかローブを脱ごうとするが、水中で上手く身動きが取れない。
この状況は非常に不味い。
水中呼吸(ブリージング)の魔法をかける前に水中に引きずり込まれたので、魔法を詠唱することができない。
(クソ…っ!急に引きずり込まれたせいで、息が…)
俺は必死に息を止めて、杖で魔物を殴りつける。だが、魔物は服を放す気はないようで、全く意に返す様子がない。
俺が抵抗していると後ろからすごいスピードで何かが迫ってくる。
(なんだ…?)
俺は新手の魔物かと思って身構えるが、そこには見覚えのある顔があった。
追ってきたのはリコリスだった。服は全部脱いできたようで、全裸に網とナイフだけ持っている。
「アミル待ってて。今度は私が助ける。」
リコリスは水中なのにも関わらず普通に喋っている。一体どういう仕組みなんだ?おそらく水生の亜人の因子が入っているのだろうが、わかってて追ってきたのだろうか?
だが、リコリスが来てくれたおかげでまだ助かる余地ができた。
俺は杖で魔物を叩き続ける。
急がなければいけない。息を止めるのにも限界がある。
俺の意識は段々と薄れつつあった。
─────────────────────────
見たこともない魔物がアミルの服に噛み付き、そのまま水中に引きずり込んだ。
私の目の前でアミルを奪おうなんて本当にいい度胸をしている。
「それは私のものだ!お前如きが奪えると思うな!」
私は全身を使って全力で水の中を進む。そして、魔物に追いついたタイミングで、魔物の背中にナイフを突き立てる。
痛みからか魔物が暴れ、噛んでいたアミルの服を放した。アミルはまだ生きているようで、自力で水面に向かって浮上していく。
だが、魔物はアミルを逃す気がない様で、執拗にアミルを追いかけまわす。
(早くケリを付けないと…!)
私は魔物がどこを進むのかを予測し、持ってきた網を使って罠を張る。アミルは私の意図を理解してくれたようで、網に向かって逃げてくる。
私は網を持ったまま水底に待機して、機会を待つ。アミルが私の上を通り過ぎるのを見て、私は一気に上昇する。
アミルを追いかけてきた魔物が網に突っ込み、動きが止まる。
私は網越しに魔物の頭に何度もナイフを突き刺していく。
「アミルは渡さない!」
両手で振り下ろした最後の一撃で、サメが動きを止める。水中では動きが鈍るため、時間が掛かってしまったが、なんとか倒すことができた。
「はぁ、はぁ。アミルは…?」
水面を方を見ると、アミルが笑顔で親指を突き出していた。私も同じ合図を送って、湖から出ようとする。水中での戦闘は初めてだったが、ナイフの振りが遅くなるのは危なかった。思ったよりも威力が出なかった。
私がアミルのところに行こうとすると、アミルがこちらに向かって潜ってくる。
(何かあっただろうか?)
私は少し考えて、網を取り忘れていたのを思い出す。そういえばあれは魚を獲るために持ってきたものだった。あの巨体から網を外すのは大変だろうけど、倒すために必要だったから仕方がない。
振り返って網を取りに行こうとすると、私のすぐ後ろにまであの魔物が迫っていた。
「え…?」
一瞬死の予感がして、時間の流れがとても鈍く感じた。全ての動きがゆっくりになり、静かに死が迫ってくる感覚。
だが、魔物の口が私に噛み付く前に、後ろから腕を引っ張られる。
そして、私の代わりに、アミルの腕に噛み付いていた。
私はそれを見た瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになった。アミルが死んでしまうのではないかという悲しさ。アミルを攻撃された怒り。噛み付いている今なら安全に殺せるという冷静な思考。
いろいろな感情が入り乱れる中で、一人、酷く冷静な自分がいた。
私は全ての感情を隅に追いやって、魔物の顔に取り付く。そして、右手を魔物の右目に突き刺し、中の肉をえぐり取る。
魔物は痛みから暴れるが、私は魔物から離れない。
そのまま背中に跨り、背びれを切り裂いて魔石を右手で無理やり掴む。
私の中の冷静な奴が私に囁く。
(それ、壊していいよ。必要な力なら持ってるでしょ?)
その言葉に従って私は言葉を綴る。
「「屍鬼腕(しきわん)解放!」」
右腕が大きく裂けてそこに口が出現する。黒い腕の中からできた黒い口。それは全ての命を喰らう屍鬼の口だ。
その口は魔石に食いつき、中に入っている魔物の魂を喰らい始める。
そのいたみから魔物が再び激しく暴れるが、私の右腕は魔石から離れようとしない。
そして、魔物の力がだんだんと無くなっていき、やがて完全に沈黙した。
「…はぁ!…はぁ!」
私は初めて使った力に動揺した。
(今のは一体なんだったんだ?)
私の右腕が大きく裂けていた。そこに不気味に笑う口があり、何かを咀嚼している。
気分は悪くない。むしろ気持ちいいくらいだ。このままもっと魂を食べてもいいくらいだ。ちょうどそこに弱っている魂がある。
(…っ!?私は何を考えているんだ!)
私は馬鹿なことを考えを振り払う。再度右腕を見ると、そこにはいつも通りの黒い右腕があった。指もちゃんと三本ある。
(戻った…?)
右腕が元に戻ったことに安堵するのも程々に、私はアミルの元に急ぐ。アミルの腕からはまだ出血していた。噛まれた腕が動かないようで、溺れていた。
「アミル今岸まで運ぶから頑張って!」
私は網をほったらかしにして、アミルを運ぶ。
(早く!早く!)
私は岸までつくと、急いでアミルを仰向けに寝かせる。
「アミル、アミル!」
私が呼びかけても、アミルは目を覚まさなかった。私は不安になって体を揺すってみるが、それでも起きない。
私は焦りながらもアミルの様子をよく観察する。胸がいつもと違って動いていない。つまり、アミルは呼吸をしていなかった。
私はどうすればアミルを助けられるか必死で考える。
(回復魔法を使う…?いやだめだ。腕のは治せても呼吸が戻らない可能性が高い。)
呼吸が止まっているのは内臓が傷ついたからではない。だから、回復魔法で息を吹き返す可能性は限りなく低かった。
普段自分でやっていることができなくなったらどうすればいいのか?私は一つの考えを思いつく。
(そうだ!自分でできないなら私がやればいいんだ。)
私はすぐにアミルの口に息を吹き込む。だが、空気が鼻から漏れてしまい、うまく奥に送れない。
右手で鼻を摘んで、再度息を吹き込む。今度は少し、胸が動いた。だが、まだ、普段の動きには程遠い。
(何が足りない…!?)
私は焦る思いを必死に抑えながら、もっと奥に空気を送る方法を考える。自分の口から喉までのつくりをよく考える。
「そうか!」
そこら辺に落ちていた石をアミルの首の裏に入れて、空気を入れる為の道を確保する。
自分の口をアミルにつけて空気を送る。さっきよりも大きく胸が動いている。空気を入れて、アミルが吐き出すのを待ってから再度空気を入れるのを繰り返す。
(大丈夫。必ずアミルは帰ってくる。)
私は空気を送り続ける。
そして、その思いが通じたのか、アミルが口から水を吐き出す。
「ガハッ!ガハッ!はぁ…はぁ…リコリス…?」
「アミル!よかった、本当によかった!」
アミルの呼吸が戻り、目を開く。声が少しおかしいが、ちゃんと喋れている。
私はアミルに抱き着く。
「すまん。もう大丈夫だよ。」
「もう絶対に離さない。」
本当に心配した。もう二度とアミルが目を覚まさないかもしれないと思うと、怖くて堪らなかった。
そして、私は今まで自分が感じたことがない感情が自分の中に生まれつつあった。
─────────────────────────
俺はリコリスが水中から拾ってきてくれた杖を使い、魔法を唱える。
「大いなる自然よ。この者にもう一度立ち上がる機会を与えたまえ────オーバード・ヒーリング。」
俺は自分の腕に大けがを治せる回復魔法をかける。これは俺が使える中で一番効果が高い回復魔法だ。流石に部位欠損は治せないが、これくらいの大けがなら治すことができる。
「もう大丈夫だから。リコリス、そろそろ離れてくれ。」
俺は抱き着いているリコリスの背中をポンポンと軽く叩いて、離れるように促す。リコリスの体を拭いてから服を着せたので、今は裸ではない。俺も後で魔法を使って乾かすとしよう。魔境では薬が手に入らないから、風邪が致命傷になる可能性も十分ある。
「もう大丈夫…?」
「大丈夫。ほら、腕も治ったし。」
リコリスはコクリと頷いて、俺から離れた。
「ごめんなさい。私が弱いから。」
「リコリスせいじゃないよ。俺が不用心だった。最近は三人楽しくで特に危なげなく暮らしていたから魔境の危険性を忘れかけてた。」
本当に間抜けな話だ。俺がここに来た当初ならこんな慢心は絶対にしなかったはずだ。知らず知らずの内に気が緩んでいた。
気を引き締め直して、魔法で服を乾かす。
そして、俺は元あった網を引き揚げ、リコリスが持ってきた網を仕掛ける。中の魚に歯型が付いていたり、死んでいる魚が何匹かいた。おさらくさっきの魔物が食べたのだろう。
「やっぱり網の魚が狙いだったのか。」
大方中の魚を食べて、満足してそのまま寝ていたのだろう。寝てる時は泳いでないのかとか疑問あったが、魔境の魔物だ。考えても答えは出ないだろう。
リコリスは魚がたくさん入った網と花束を持って立ち上がる。
そのまま俺たちは帰路に着くことにした。
─────────────────────────
私の中で何かがおかしい。
水中での戦闘があって、今日はまっすぐ帰ってきた。それからというもの、なんだか胸がざわざわする。
アミルにくっついている時はざわざわしないのだが、なんだか変な感じだ。でも、不思議と嫌な気分ではなかった。今までもアミルやルインにくっついている時間はあったが、それとは何かが違う気がする。
でも、アミルと一緒にいて楽しいことには変わりないので、放っておくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます