第11話教育
「だから、ダメだって!」
俺は朝からずっとリコリスずっと言い争いをしていた。リコリスが俺についてくると言って聞かないのだ。早朝はまだ比較的安全だから折れたが、流石に日が昇った今はもう連れていくわけにはいかなかった。
「ここまで頑固な性格だったとは…仕方がない…しかし、必要な素材がまさか赤い森にあるとはな。あれだけの距離を移動するのは容易ではないぞ?」
「それなんだが、今回は何日かかけて地道にルートをマッピングしていこうと思う。ラクストに行くときは強行してひどい目にあったからね。」
「なら、今日一日くらいは連れて行ってもいいんじゃないか?この洞窟の周辺だけなら安全だ。」
俺はその言葉を聞いて背中に抱き着いているリコリスに目を向ける。
(それならまあギリギリ大丈夫かな…?)
だが、俺は何回目になるかわからない注意事項を言っておく。
「いいかリコリス。確かに外にはその花のように綺麗な物もたくさんあるが、危険もたくさんあるんだ。君が元居たタンク内と違って、ここには君の命を狙ってくる奴らが数多くいる。だから、外に行くのは俺が一緒の時だけこの洞窟の周りに出る。この約束守れるか?」
リコリスはコクコクと頷いて背中から洞窟の入り口を指さす。
「わかったわかった!じゃあね、ルイン。行ってきます。」
「いってらっしゃい。大丈夫だと思うが気を付けてな。」
─────────────────────────
俺は洞窟の周りの地形を確認しながら、マッピングを進めていく。その間もリコリスは縦横無尽に走り回っていた。こいつ本当にずっとタンク内で生きていたのかと疑問になるくらい元気だ。
歩き方も走り方ももう覚えた。いくらなんでも早すぎる。これはリコリスが特異個体というのが関係しているのだろうか?どこが特異なのか骸竜に聞いておけばよかったが、今更聞きに行く気にはなれなかった。リコリスにどんな因子が入っているかの設計図はもらってきたので、そこは大丈夫だ。
「上から見た時にあったのは…この木か。ならここからここまでは南西向きっと。」
俺はメモをしながら洞窟に近い木からナイフで印をつけていく。
最後の印をつけた木から洞窟を見て、道が曲がってないことを確認する。そして、同じように方向を見てから木に印をつけていく。
「…あれ?」
しばらく作業を続けていると、今まで視界に入っていたはずのリコリスが居なくなっていることに気が付く。
「リコリス!どこだリコリス!?」
俺はハッとして大穴の方に全力で走る。可能性は低いと思うが、ここの周辺ではあそこが一番危険だ。
こんな予想外れてくれと願いながらも、俺は大穴が見えるまでのところまで到着する。だが、最悪な事に俺の予想は当たってしまった。
リコリスが青色の蝶々を追いかけながら、大穴の方に向かって走っていた。蝶々に気を取られて上を向いているせいで、大穴に気付けていない。
「リコリス止まるんだ!」
リコリスの足がやけに早く、穴に落ちるまで間に合わない。
「クソッ!」
腕を掴む直前でリコリスが足を踏み外して大穴に落下し始める。
俺は迷わず大穴に飛び込んでリコリスの腕を掴み、抱きかかえる。
「地底に至る力を我に────フォーリング・コントロール!!」
俺は全力で落下速度軽減の魔法を使用した。地面に激突する直前で落下速度が軽減され、なんとか内臓をぶちまけるのを回避する。
「はぁっ、はぁっ!」
マジで久しぶりに死ぬかと思った。いや、二週間前位にも死にかけているのだが、リコリスと過ごす平和な時間のせいで警戒心がマヒしていたようだ。
そして、蝶に夢中にだった当の本人は、唐突な落下に驚いたのか俺の腕の中ですすり泣いていた。俺はリコリスを落ち着かせるために背中をさすりながら、刺激しないように声をかける。
「大丈夫、もう大丈夫だ。一回ルインのところに戻ろう。」
俺はマッピングを中断して、リコリスを落ち着かせるために洞窟に戻ることにした。
─────────────────────────
「リコリスの精神年齢が想定より滅茶苦茶低い。」
俺は膝の上で抱っこしながらリコリスが寝たのを確認して、ルインに話を振る。
「ずっとタンクの中で生きていたのだ。お前と同じくらいの背丈を持っていても中身は幼体そのものだ。これは魔石集めはまた中断する必要がありそうだな。」
「俺の声に頷いているから言葉は理解していると思う。これで言葉を教えるところから始めていたら数年単位で時間が必要になるところだったぞ。いや、現状でも数か月かかるのは確定だから良くはないけど…」
俺は胸の中で抱き合うように寝ているリコリスを、どう扱えばいいのかお手上げ状態だった。俺が今まで親にしてもらったことを思い出しながら、どうゆう教育をすればいいのか考えることにした。
俺は昔からやりたいことを自由にやらせてもらっていた。魔法についてもアルス師匠が居たし、同年代の友達もいた。
ここには何もかもが不足している。まず、外を自由に出歩けない。周りに同年代の子供もいない。好きな物は見つけてくれたようなので、それは良いことだった。
「やっぱりしばらくは探索は諦めるか…」
リコリスを引き取った俺は、ちゃんとした教育をしなければいけない。それが俺の責任だ。
「今日からしばらくは付きっきりでリコリスの面倒を見ることにする。この子が精神的に成長するまで、ちゃんと教育をしようと思う。」
「それがいい。リコリスの教育については私もできる限り協力をする。必要だったら遠慮なく言ってくれ。」
俺はルインの言葉に感謝する。俺の都合で引き取ったのに本当に優しい奴だ。
「ありがとう。」
そして、今日から手探り状態でリコリスの教育が始まった。
─────────────────────────
まず最初に教えたのは俺とルインの言うことは守ることだ。もう二度とリコリスを危険に晒すことが無いように、危険な事は考えつく限り全て教えた。
次にリコリスの身だしなみを整えることにした。水で体を洗って、長い髪は縛ってポニーテールにした。そして、ここで初めて気づいたが、リコリスは女だった。
だが、異性の俺に裸を見られることをなんとも思っていないようで、きょとんとしていた。情操教育についても考えていかなければいけなかった。
次に食事の時は手を合わせていただきますとごちそうさまを言うように教えた。そして、そこで初めてリコリスが言葉を話した。
「…いただきます。」
消え入りそうな小声だったが、しっかりと聞こえたのだ。低い声だったのでこれからもリコリスの声には気を払っておいた方が良いだろう。俺の経験上、かまってほしいのにかまってもらえない時の寂しさは異常なので、リコリスに対してはそうならないように気を付ける必要がある。
それら以外にもいろんなことを一つづつ丁寧に教え込んでいると、あっという間に半年が経っていた。
─────────────────────────
アミルは私にたくさんのことを教えてくれた。
私は何も知らなかったのだ。
私の性別は女でアミルは男らしい。何が違うのか聞いたらなぜか顔を赤くして、動揺しながら答えてくれた。
またある時は魔法について教えてもらった。アミルが使う魔法というものはとても面白かった。特に氷というのが光に当てるととても綺麗で、私は氷の魔法が大好きになった。でも、時間が経つと氷は消えてしまうのが少し悲しかった。
またある時はルインに空の飛び方を教えてもらった。最初は難しかったが、コツを掴むとすぐに飛べるようになった。これでもう穴に落ちることもなくなった。でもアミルは長く空を飛べないようで、一人で空を飛んでもあまり楽しくはなかった。
またある時は戦闘訓練もやった。木に向かって全力で攻撃してみろと言われたので、出来る限りの力を使って蹴りを放った。すると、木は一撃で真っ二つに折れてしまった。アミルの方を見ると何か驚いている顔をしていた。言われた通りにやっただけなのにどうしたのだろうか。でも、戦闘訓練は楽しかった。私は体を動かすのが好きになった。
そして、私はアミルとルインのことも大好きになった。
─────────────────────────
「…あまりにも強すぎる。」
リコリスが寝静まった後に俺はルインと話し合っていた。
「何から何まで規格外すぎる。お前がクレから引き取ったのは英断だったかもしれんぞ?下手をすれば愉悦から全てを破壊する魔王が生まれていた可能性もある。」
「シャレにならないからやめてくれ…ああーどーしよー!もしリコリスが俺らに敵意を向けたら、その瞬間死亡確定だぞ!?俺らに敵対しないことを祈ることしかできないし…」
俺はリコリスを、きちんと常識を持った存在に成長させることができるのか不安だった。今は俺に懐いてくれているようで、遊んであげてる時もニコニコしている。
だが、いつかは赤い森への探索を再開しなければいけない。その時にリコリスがぐずるかどうかは死活問題だった。そこで怒って感情のままに俺を攻撃してきたら、間違いなく死ぬ。
「もういっそ連れて行ったらどうだ?戦力としては申し分ないだろう?」
「それはだめだ。今せっかく他の命を尊重することの大切さを教えてるんだ。ここで向かってくる奴は全部殺せばいいみたいな変な価値観を持たれたら、取り返しがつかないことになる。それだけは絶対に避けなきゃいけない。んだけどなぁ…」
自分の気に入らないことを暴力で解決するなんて、それは人がやることではない。それをやってしまってはもはや魔物と変わらない。大事なのは力を持っていてもそれを自制できる心だ。
だが、リコリスが戦力として期待できるのもまた事実だ。
「…わかった。数日後、少しテストをしてみようと思う。自分が命を奪って、それに対する責任をちゃんととれるのか見ることにする。」
大丈夫なはずだ。今日まで釣った魚を自分で捌かせたりしてきた。自分は他の命を奪って生きていること、だからこそ、奪った命に対しては真摯に向き合わなければいけないこと。そのことを嫌というほど教え込んできた。
だから、俺はリコリスを信じてみることにした。
─────────────────────────
「リコリス、今日は俺と一緒に魔物と戦闘をする。だが、無理をすることはない。危険だと感じたらすぐに撤退の判断をするんだ。今日は今まで教えてきたことをちゃんとわかっているのかを見せてもらう。ちゃんとできていたら、俺に付いて来くるのも許可してあげる。だから、頑張れ。」
アミルが今日の朝食を食べている時にそんなことを言って来た。魔物というのは今まで何回か見かけることがあった。だが、アミルとルインから絶対に戦わないように言われていた。けど、今日は魔物と戦ってもいいようだ。
アミルも一緒に来てくれるようなので、今日も楽しい一日になりそうだった。
─────────────────────────
私はアミルの手を握りながら森の中を歩いていく。アミルの手は暖かく、握っていて安心する。
「居たぞ…ハイフレア・ガゼルだ。リコリス、あれをこれから二人がかりで倒すぞ。俺は後ろから指示を出して、魔法で援護する。止めを刺すのはお前だ。」
私はアミルが指さす方を見ると、そこには赤い毛皮と橙色の光を放っている角を持つ魔物がいた。あれがハイフレア・ガゼルらしい。見るからに弱そうだ。
私はアミルに頷いてから、魔物に向かって突撃する。
まずは初撃で魔物の胴体に蹴りを入れる。メキメキと骨が折れる音が聞こえてきた。
しかし、相手もよろけながら角を振り回してきたので、すぐに距離を取って様子を窺う。音を聞くと後ろからアミルが魔法の準備を進めているのがわかる。私はアミルが援護してくれると信じて、魔物に再度突撃をする。だが、魔物側も私の蹴りをくらいたくないのかすぐに距離を取られる。
「アイスバインド!」
後ろからアミルの声がして、魔物が氷の足かせを付けられる。そして、私はその一瞬の隙を見逃さずに再度同じ場所に蹴りを入れる。
「ぎゅあああ!」
魔物口から苦悶の叫び声を上がる。
このまま倒し切れると思ったが、魔物が叫ぶと同時に角が赤く光り始める。すると、魔物の周囲が炎で包まれていく。
魔法を使ったのだろう。だが、これでは私が近づけなくなってしまった。アミルからは私がとどめを刺すように言われている。何とかしてあの炎を消さなければいけない。
「リコリス、俺が水属性の魔法で炎を消す!それまで時間を稼いでくれ!」
アミルから指示が飛んでくる。やっぱりアミルはすごい。私一人ならどうすればいいかわからなかった。彼の指示通りに石をぶつけて魔物の注意をひいて時間を稼ぐ。ルインに空の飛び方もしっかり教えてもらった。なので、魔物がアミルに向かわないように適度に空中から距離を取りながら戦う。
しばらくしていると、アミルの詠唱が終わって、大量の水が魔物にかけられる。
「スプラッシュウォーター!リコリス、今だ!」
私はアミルの合図と同時に魔物に接近し、両手で魔物の角を掴む。
「フン!」
そして、全力で魔物の首をねじ切って絶命させる。思っていたより簡単だった。
そのはずなのに…
「はぁ…はぁ…」
私は両手に付いた魔物の返り血を凝視する。生温かく、どろっとした感触をしたものが両手から滴り落ちる。
(一体何だこれは?私はなんでこんなにも動揺している?)
「はぁ、はぁ!」
どんどん呼吸が荒くなる。心臓がドクドクと鳴り響く。耳がキーンとなっていて頭がおかしくなりそうだ。それに加え、涙が溢れて視界までぐらついてくる。
(なんで、なんで、なんで!)
「リコリス!!もう大丈夫だ!」
「はぁっ!はぁっ!ア、アミル…」
「悪かったリコリス。お前にはまだ早すぎた。俺の責任だ。まだこんなことをお前にさせるべきじゃなかった。本当に済まない!」
私はアミルに抱きしめられてそのままでいると、なぜか呼吸が落ち着いてきた。耳をつんざくような音も聞こえなくなったし、心臓の音もゆっくりと元に戻っていく。
一体あれは何だったのか。私にはわからないが、これが命を奪うということなんだろう。
その時、私はアミルが何回も言って聞かせてくれた「命を奪うという行為には逃れられない責任が付きまとうんだ。」という言葉を思い出す。
私は流れ落ちる涙を拭って、アミルを押しのけて立ち上がる。そして、生暖かい血でべっとりとした毛皮とねじ切った頭部を掴む。
「…帰ろ。責任持つ。」
「リコリス…」
私はその日アミルに支えられながら洞窟に帰った。
─────────────────────────
初めてのリコリスの狩りが終わって、彼女は疲労からかすぐに眠りについていた。
俺は今日、自分がリコリスにやらせたことについて後悔していた。あの返り血に怯えるリコリスの顔を見て、俺は自分が間違っていたと悟った。やはりこんなことさせるべきではなかったんだ。
「俺は保護者失格だな…」
俺は毛皮を被って寝ているリコリスを見ながらそんなことをぽつりとつぶやく。あるいはそれはルインに責めてもらい、楽になりたかったのかもしれない。
そんな俺の様子を見かねてかルインが人化して、俺の手を握ってくる。
だが、ルインからかけられたのは別の言葉だった。
「…私はお前が間違っているとは思わない。生きる上で他の命を奪うという行為は、避けては通れないものだ。それを今日リコリスは乗り越えたのだ。そして、それは決して憐れむべきではない。だから、彼女が起きたらちゃんと褒めてやれ。そして、その力に呑みこまれないようにしっかり導いてやれ。」
ルインのその言葉を聞いて、リコリスの方を見る。
「そうだな」
もうやってしまったことは取り返しがつかない。だが、これからはまだ変えられるんだ。俺はリコリスをしっかりと導こうと心に決めたのだった。
「それにしても、ちょっと近くない?」
「だ、だめか…?最近あまりかまってくれないから寂しくてな…」
俺はルインの可愛さに昇天しかける。
かまってあげる必要があるのはリコリスだけではないのを忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます