第10話研究所

 俺は見たことがある天井で目を覚ます。


「起きたかい?安心してくれ今彼女は部屋の外にいる。突き飛ばされることもないよ。」


 横を見ると骸竜────クレマチス・ニューゲートがいた。


「おはようございますニューゲートさん。」


 俺は彼に向かって頭を下げる。


「そんなに距離がある呼び方はやめてほしいな。クレって呼んでくれ。それで、君の体についてだが、いくつか話しておかなければいけないことがある。」


 クレがそう言って真面目な顔つきになる。俺も体を起こして彼に向き直る。


「まず君はもう人間じゃない。人間が竜の因子を取り込んだ前例がない個体だ。原因はなんとなく予想はつくが、ルインが君に回復薬を飲ませたときだろうな。その時にルインの血を飲んでしまったんだろう。そのせいで君は1週間も生死の境を彷徨っていたって訳さ。竜の因子が君に適合したのは…ま、ただの偶然だろうね。本当に運が良かったと思うよ。────」


「ちょ、ちょっと待ってください。俺がもう人間じゃないってどうゆうことですか!?」


 俺は余りにも衝撃的なことを言われて彼の話に割って入る。


「そのままの意味だよ。君はルインの血を飲んで別の種族、便宜上竜人と呼ぼうか。それになったんだ。とは言っても見た目は今までと変わらないし、ちょっと寿命と魔力が増えるくらいだから大丈夫。人間の街に戻って普通の生活を送るのに何も障害はないよ。」


 その言葉を聞いて俺は安堵する。体がだんだん竜になっていくとかだったら笑えなかった。だが、ちょっと魔力が増えるくらいなら寧ろありがたい。魔法使いとしては魔力なんていくらあってもいい。


「アミルすまない。私のせいでこんなことになってしまって…」


 扉の向こうからルインの声が聞こえてくる。まさかあの時の責任を取りたいというのはこのことだったのだろうか?


 だが、そうだとしても俺の答えは変わらない。


「責任取って俺と一緒に生きてくれるんだろ?それなら何も問題ないな。むしろそのおかげで寿命が延びてルインと居れる時間が増えたのなら大歓迎だ。だから、こっちに来てくれ。」


「覚悟決まってるね~。だってさ、もう入ってきたらどうだい?」


 クレが横から茶々を入れてくるが無視する。


 すると、少し間を開けて、ドアが開き、白髪ロングの美人が部屋に入って来る。


「え、誰?」


 俺がポカーンとしていると横にいたクレが説明をしてくれる。


「ルインだよ。ここに置いてある魔石をいくつか食べさせて、もう少しマシな人化ができるようになるまで治療したんだ。ま、友人の新しい門出に贈るプレゼントってやつさ。でも、角(つの)も尻尾も消せてないし、まだまだ完璧に人化できてないけどね。」


 確かに着ている服は竜の顔の時のものと同じだった。


「お、おかしくないか?」


 人化が不完全だと言っていたので、もう少し人に寄せれるのかなと思ってはいた。だが、ここまで人に近づけるとは思っていなかった。


「おかしくないっていうか、すごい可愛いです…」


 そう言うとルインは嬉しそうな顔をしながら笑顔になる。


「そうか!お前の好みの見た目のようでよかった。人の顔を見せてなかったから嫌われたらどうしよかと思ってな。」


 俺はルインの内面を好きになったのだから、別に人化した時の顔なんてどうでもよかった。


「そんなことで嫌いになったりしないよ。でも、俺のために人の姿になってくれてありがとう。すごく嬉しいよ。やっぱり人間の姿の方が接しやすいな。表情もわかりやすいし、体温も感じられるしな。」


「ならこれからはこの姿で過ごす時間も増やしていくか!」


 ルインは嬉しさそうな顔をして、頷いている。こうしてみると可愛い少女のようだった。


「ルインも変わったね。昔は何にも興味が無いって感じだったのに…少し寂しいけど成長したね。」


 クレが昔を懐かしむような顔をしながら、椅子の背もたれに寄りかかる。確かに最初あった時は、俺にも大して興味は持っていないようだった。


 彼の口ぶりからするに俺との生活でルインも変わったのだろう。俺の影響で色々な物に興味を持ってくれるようになったのならとても嬉しいことだ。


「私もここまでアミルに惹かれるとは思っていなかったよ。アミルは人間で私は竜だったしね。だから最初はこの思いに気づいても蓋をしていた。でも、彼が命懸けで私を助けてくれた時、その思いを留めておくことが出来なくなってしまったんだ。」


「そうかい。ま、末永くお幸せにとだけ言わせてもらうよ。それじゃあ、アミル君も回復したようだしそろそろ本題に入ろうか。君たちがここに来た理由は、これだったね。」


 クレがそう言うと、棚の中からガラス製の容器に入った純銀華を持ってくる。


「そうです。俺はそれを回復薬にするための素材を知らなくて…教えてもらえませんか?」


「いいよ。じゃあ僕の研究室に行こう。その方が何かと都合がいいからね。」


 クレはそう言いながら部屋のドアのほ方に歩いていく。


 俺もベッドから立ち上がると自分んの服がいつもと違うことに気づく。おそらくクレが用意してくれたのだろう。ここれについても後でお礼を言わなければいけない。


 俺もドアに向かおうとすると、ルインに腕を掴まれる。


「アミル、この先何があっても絶対に変な気は起こすなよ。」


 ルインは怖いくらい真面目な顔をしており、有無を言わせぬ雰囲気があった。


「え…?う、うん。わかった。」


 俺はこの扉の先に一体何があるのか検討もつかなかった。だが、ルインのあの様子からしてろくでもないものがあるきがした。


「それじゃあ、行こうか。」


 そう言ってクレが開けた扉の先にあったものは────ただの暗い廊下だった。


「…何も無いじゃん。」


 俺がそう言ってルインの方を見るが、ルインは相変わらず怖い顔つきをしている。


「ああ、ごめんごめん。僕としたことが照明を付け忘れていたよ。」


 クレがそう言って壁にあるパネルにタッチすると廊下の照明が点灯する。


 そして、俺はそこにあるものに驚愕した。


 壁には何かの液体がなみなみと入ったガラスのタンクが廊下の両脇にズラっと並んでいた。そしてその中にはぐちゃぐちゃの肉塊が浮いていた。


 それはとても生物の形を保ってはいなかった。


 顔が上半分しかなく足が後ろ足しかない羊型の生物。


 犬の頭に異様に肥大化した目が付いている生物。


 足の代わりに大量の人間の腕が付いた二足歩行の生物。


 それら以外にも形容できない程の意味不明な生物が、それぞれのタンクに一つづつ入っているのだ。しかも、それらの目がこちらにギョロっと動いたのだ。こいつらは間違いなく生きている。


 俺はあまりの気持ち悪さに吐きそうになるが、胃の中に何もなかったせいで胃液だけがこみ上げてくる。


「ゲホッ…これは、一体何なんですか…?」


「僕が作った実験体だよ。最近は量が増えてきてね。廊下にまではみ出しちゃってさ。気にしないでくれ。こっちだよ。」


 このおぞましいものに対して気にしないなんて不可能だ。俺は急にクレのことが怖くなってくる。どうしてこんなものを作っておいて平然としていられるんだ?タンク内の生物の中にはこちらに向けて手を伸ばしてくるやつもいる。それがあまりにも可哀そうで、まるで助けを求めているように見えてしまう。


 タンクに手を伸ばそうとすると、その手をルインが掴んで止めてくる。そして、顔を左右に振ると手をひいてそのまま歩き始める。俺はその反応を見てどうするともできないことを悟り、心の中で彼らに謝りながら廊下を進んだ。


 長く続く廊下はタンクで埋め尽くされており、俺は見ていられなくなる。今はルインに手をひいてもらっている。


「ここだよ。」


「…失礼します。」


 俺はルインの前に出て覚悟を決め、クレの研究室に入る。研究室の中には廊下と同じで、壁一面タンクで埋め尽くされていた。高さ二メートル程のものが三個づつ積み重なっており、その中には廊下にいたやつに比べればまだ人型に近い生き物が入っていた。


 俺たちが部屋に入ると同時に、タンク内の「目」が一斉にこちらに向けられる。かなり怖い。


「あの、これってなんのための実験なんですか?」


「これはね、最強の生物を作るための実験さ。竜を超える最強の生物をね。僕はそれを自分で作って、それを自分で倒したいんだ。ここ数十年は失敗ばかりだけどね。」


 俺はクレの言葉を聞いて絶句する。棒立ちのまま反応できずにいると、横からルインが話に入って来る。


「相変わらず理解できない価値観だな。」


「もちろん君達には迷惑はかけないさ。だから安心してほしい。」


 それの一体どこに安心しろというのか。迷惑をかけるとかけないとかの問題ではない。こいつはどれだけの命をゴミのように捨ててきたというのか。パッと見た感じタンク内の生物はどれも自我があるように見える。それを迷惑をかけないからなんて理由で無視するなんて俺にはできない。


 怒りを骸竜にぶつけようとするとルインに制止させられる。


「やめろ。そんなこと言っても無駄だ。だから、彼らのことは諦めろ。」


 ルインのその悲しみを堪えるような表情を見て、自分の気持ちを抑え込む。


「それじゃあ、純銀華の話だったね。席に着いてくれ。知りたいことはなんでも教えてあげるよ。」


 そうして、俺は自分の中にやりきれない思いを抱えながら純銀華についての話を聞いた。


─────────────────────────


 骸竜の話が終わって、俺たちは帰るための準備を進めていた。必要以上にここにいる気にはなれなかった。


「だから、言っただろう。覚悟の準備をしておけと。あれは昔からああゆうやつだ。自分より下の命に対して何の感情も持つことができないんだ。」


「だけど、あれはいくらなんでもやり過ぎだ…!あれだけの命をなんでもないみたいに扱うなんて!」


 骸竜の前では我慢していた思いが口を突いて出しまった。彼は本当に恐ろしい存在だ。何を考えているのか全然わからない。


 骸竜に案内してもらって俺たちは出口を目指す。どうやらここは地下だったようで、どんどん階段を上っていく。その間廊下にいる全ての生物を俺は直視することができなかった。


「ここが一番南側の出口だよ。おっと、これまだ残ってたのか?忘れてた、もう処分しとかないとな。」


 骸竜は外への扉を開けると、階段の一番上に設置されているタンクに目を向ける。こいつの言動から、もうタンク内の生物を物としてしか見ていないことがわかる。


「…それは一体なんですか?」


「こいつはロット657の最後の個体だね。髪が白色で、目が赤いだろう?ルインと違ってこれはアルビノという特異個体の特徴なんだ。それが原因なのか同ロットでは一番まともな体を持っていて、興味深かったんだ。だけど、最近は特に変化がないからもう放置していたんだ。とれるデータももうないし、そろそろ処分する頃合いだね。」


 俺はそのタンク内の生物に目を向ける。


 そこには他の生物に比べたら、殆ど人の形を保っているようだった。身長は俺とおなじくらいだろうか。体中に青い痣(あざ)が付いている。髪は伸びっぱなしになっており、タンク内に綺麗な白髪が漂っている。黄金色(こがねいろ)の九本の尻尾に、カラスのような黒い羽根を持っている。右手の指は三本しかないし、足は鳥のような骨ばった形をしている。それに右手は黒くなっていた。額からは一つの黒い角が出ている。耳は獣の耳が四つ、切れ長のエルフのような耳付いていて、歯を見ると犬歯が伸びているのがわかる。


確かに他に比べれば人間っぽいが、ここまで他生物の特徴を取り込んでいるのは、もう亜人ですらない気がする。


 そうしている内にタンク内の個体が目を覚ます。


「…」


 俺はそれを見て、タンクのガラスに手をかざす。すると、その個体も不思議そうに手をかざしてくる。


「クレ、この個体俺が引き取ってもいいか?情報を教えてくれたお礼ってことでさ。そうすればこの子を処分する手間も省けるだろ?」


「いいのかい?それなら助かるよ。僕にとってはもう必要ないから、実験体として好きに使ってくれて構わないよ。」


 俺はその言葉を聞いて杖を持つ手に力がこもる。


 骸竜がタンク内の排水を完了し、水を魔法で乾かしていく。その子は特に抵抗することもなくされるがままにしていた。


「服はあった方が良いかい?」


「頼みたい。温度の変化に弱かったら衰弱死してしまうかもしれない。」


「道理だね。」


 骸竜がその子に魔法で服を着せて、着替えの服を受け取る。


「それじゃこれのこと任せるよ。有効活用してくれると嬉しいな。それじゃあ、気を付けてね。」


「色々良くしてくれてありがとう。」


「じゃ、暇になったらまた来る。」


 俺は骸竜から引き取った子をおんぶしながら、ラクストを後にした。俺がここに来ることはもうないだろう。


─────────────────────────


 ラクストから帰った俺は、連れ帰った子と一緒に魔物の毛皮の上で座っていた。そこに竜の姿に戻ったルインが話しかけてくる。


「それで、それをどうするつもりだ?まさかクレのように実験に使うつもりか?」


「冗談でもやめてくれ。俺が育てる。偽善者だと罵ってくれても構わない。」


 俺はそう言ってその子の手を握る。一体何をされているのかわからないようで、ジト目のまま首をかしげている。


「確かに偽善だな。だが、理解はできる。それを罵ろうとも思わないさ。それより、これから一緒に暮らすなら名前が必要なんじゃないか?」


「そうだな…なら今日からお前の名前はリコリス・レディアータだ。」


 その子、リコリスはコクリと頷いた。もしかしたら声を出すことができないのかもしれない。


「俺の名前はアミル・マイン。これからよろしくな。」


「私はルイン・アグリドゥムだ。それで、その名前はどうゆう意味なんだ?」


 俺はルインに名前の意味を聞かれて正直に答える。


「悲しい思い出、情熱。過去を振り切って何かに情熱を持って生きられるような人に育つことを祈って、この名前にした。」


 意味を分かったのか知らないが、またコクリとリコリスは黙って頷いた。


─────────────────────────


「────今日からお前はリコリス・レディアータだ。」


 そう言われた私はアミルの顔を見ながらコクリと頷いた。


 アミルは変な人だった。私を元の所有者から譲り受けたようだ。元の所有者と違ってアミルは私にたくさん話しかけてきた。「食べたいものはあるか?」とか「やってみたいことはあるか?」と、とにかく色々聞いて来た。


 私は何も知らなかったのだ。満天の星が夜空を覆っているということも、ひらひらとした薄くて綺麗な羽を持つ生き物がいることも、ガッツくくらいおいしい食べ物があるということも。


 私がここに来た次の日、私は初めて横になってぐっすり眠った。そして起きるとアミルがすでに起きていて、外に行こうとしていたのでついて行った。その時に、「絶対ダメ!」や「外は危ないの!」と言われたが私は断固として譲らなかった。この人は一人だけで面白いものを見に行こうとしたに違いない。


 その結果、アミルにおんぶしてもらって外に行くことになった。そして、朝日というすごくきれいな物が見れた。アミルはどうやってか空を飛んで、上空から朝日を見ることができたのだ。


 そして、純銀華という綺麗な花を拾った。


 アミルはその花を何本か取っていった。私はその中の一本をもらったのだ。


 私はこの花がすごく気に入った。こんな綺麗な物が手に入って嬉しかったのだ。


 私はもっともっと綺麗な物が欲しくなっていった。



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