第9話訪問

 新しい魔法を習得した俺は、燻製にした魚を食べながらゆっくり休んでいた。


「────で、結局魔力の消費量はかなり多いままだから、連発するのはまず無理。これで戦うことを想定する場合、他の使える魔法は魔力量から考えて低級魔法しかない。」


「それを解決するのが純銀華だ、と?」


 俺は何か月も前に採取してきた純銀華が入った氷塊を砕く。俺はこれを魔法を習得する合間合間に少しづつ解析を進めてきた。


 調べた結果、やはりこの花は回復薬の材料として使用できることがわかった。まだ実際に作ったことは無い。だが、俺の想像通りなら、今までの回復薬よりも高性能なものができるはずだ。


「間違いなく回復薬には使える。魔力回復薬にもな。ただ問題が一つある。他の材料が圧倒的に足りん。」


 俺はここに跳ばされて来る前は魔物の討伐依頼をやっていたのだ。当然調合用の素材なんて最低限のものしかリュックに入っていない。純銀華のポテンシャルは認めるが、初めて扱う素材なので、当然何度も作って試してみなければいけない。


 俺はポーチの中に残っている回復薬の数を数える。


「残りの回復薬は一つ、魔力回復薬も一つ。調合の道具は手元にあるから、なんとかして素材を集めてくるしかないな。」


「そんな都合よく見つかるものなのか?」


 ルインからド正論を言われて俺は押し黙る。そもそもこの洞窟以外の場所は、コーディルと純銀華の花畑以外には行ったことがない。他の場所に行けば可能性はあると思うが、それにも危険が伴う。


「…仕方ないか。骸竜に聞きに行くしかあるまい。あまりこの手は使いたくなかったが、こうなっては頼らざるおえないな。」


 ルインは嫌な顔をしながら不機嫌にそうつぶやく。


「骸竜って、ラクストにいるっていうあの?」


「そうだ。あいつは所謂、研究者でな。そういった薬にも詳しいはずだ。だが、あいつのところに行くなら覚悟の準備をしておけ。あそこにはヤバいものが大量にあるからな。」


 なんだかその前情報だけで行きたくなくなってくる。研究者なのにヤバいものがたくさんあるとか嫌な予感しかしない。


「話は通じるんだよね…?」


「話はできるが通じるとは思わない方が良い。少なくともあいつの常識はお前のそれとは大きく異なるからな。それと、行くなら夜にしておけ。その方が印象がいい。」


 人間基準だと夜に出向くのは失礼だと思うのだが、骸竜は違うらしい。俺は今ルインが言ってくれたことを頭の中に入れておく。


「わかった。それじゃあ、今日一日は休みにするか。」


 出発するのは夕方の日が沈む時でいいだろう。ラクストは少しだけ距離があるので、安全にたどり着けるようにしっかり休んで魔力を回復しておいた方が良いだろう。


 俺は久しぶりに昼寝をすることにした。


─────────────────────────


「────アミル。そろそろ起きた方が良い。もうすぐ日没だ。」


 俺はルインの声に起こされて目を覚ます。もうそんなに時間が経ってしまったか。昼寝をするなんてここに来てからは初めてだったので、ぐっすり眠ってしまったようだ。


「ああ、そろそろ起きる…よ…え?」


 起き上がると俺の目の前に竜の顔の女性が居た。身長は180センチくらいで、耳の上には後ろに伸びた白い角があり、瞳は真紅に染まっている。


 ここには俺とルイン以外はいないはずだ。なんだこの竜の亜人は?寝起きで混乱する俺は頭の中で一つの結論を得る。


 これ、夢だわ。


「ふー…」


 俺は自分の顔を思いっきりビンタする。「バチン!」という音と共に激痛が頬に走る。これでようやく目が覚める…ことはなく、だんだんと痛みが頬全体に広がって腫れてくる。


「痛いー!」


 俺は自分の全力ビンタで悶絶していると横に座っている女性が話しかけてくる。


「当たり前だ!急にどうしたんだ!?」


「その声…ルイン、なのか!?」


 俺は聞き覚えがる声が聞こえ、痛みに耐えながら横にいる女性に話しかける。


「そうだ。お前がドレイク・ヘルブラッドを覚えている間に私も少し回復したのだ。おかげで簡単な人化程度なら使えるようになった。」


「へぇー。人化の魔法なんてあるんだな。」


 あの巨体がここまで小さくなるなんてすごい魔法なんだろう。というか今までまったく気にしてなかったが、ルインって女だったんだな。


 今までルインの目の前で着替えたりとかしていたが、全裸を見られていたと思うと恥ずかしくなってくる。


「どうした?顔が赤いぞ。」


「ああ、いや、ルインが女だって今まで気が付かなくて…裸とか見られてたの恥ずかしいなって…」


 俺が視線をウロウロさせていると、ルインはそれを見て笑い始める。


「なんだそんなことか。それを言ったら私だってずっと裸を見られていたんだぞ?まあ、今はお前が目のやり場に困ると思ったから、一応服は着ているぞ。」


 ルインは青色の上着と藍色のショートキャミソール、黒いレギンスを着ている。しかし、腰のあたりからは白い尻尾が出ているし、手足の先端は鱗に覆われてごつくなっている。しかも背中から大きな白い翼が出ている。今は畳んであるが広げたらかなり大きそうだった。


「その翼は飛べるのか?」


「無理だ。確かに人型になれば飛行時の魔力消費の効率は上がるが、お前を運べなくなる。それに今の魔力量では大した距離は飛べん。本当ならもっと人に寄せれるんだがな。そのレベルの魔法を使うにはまだ力が足りん。」


 ルインは翼をパタパタさせながら返事をする。まあ、人型になっただけで帰れるくらい飛行できるなら、先にルインが気付いているだろう。


「さて、談笑はこれくらいにしておこう。出発の時間だ。行くぞ。」


「あ、ああ。じゃあ行くか…え、一緒に行くの?」


 俺はローブを羽織り、純銀華を持って準備をしていると、気になる単語が聞こえてきた。


「ああ、お前一人行っても相手にしてもらえないだろう。だから今回は私も行く。もちろん戦闘では役に立たないから、頼りにしているぞ。」


 ルインはこちらに近づいて来てポンポンと肩を叩いてくる。


 近い近い近い近い近い。


 一旦落ち着け、俺。ルインは人間でも亜人でもない、竜なんだ。見た目が変わったからって動揺し過ぎだ。ルインは全然動揺していないだろ。大丈夫だ。俺と彼女は仲間。それ以上でもそれ以下でもない。


 それに、そんな邪な目を向けるのは、ルインからの信頼に対する裏切りだ。


 俺は思考を切り替えて立ち上がり、ルインに向かって自信を持って返事をする。


「ああ、任せてくれ。修行の成果、楽しみにしてくれよ。」


 こうして予想外のことはあったが、俺たちはラクストに向けて出発することにした。


─────────────────────────


 日が沈み始め、空が茜色に染まっている。


 東側からはチラホラ星が見え始め、もうすぐで夜がやってくることがわかる。俺たちは純銀華の花畑を通り過ぎてさらに北に進む。ルインと住んでいる洞窟からこんなに離れたのは初めてだ。


 俺はふと疑問に思ったことをルインに聞いてみる。


「そういえば、ルインの側に居れば魔物は寄ってこないんじゃないのか?」


「それが発動するのは私が竜の姿をしている時だけだ。人型になるとそれが消えるからな。今はいつ襲われてもおかしくない。」


 そういうとこだったのか。俺は疑問が解消されてすっきりする。おそらく竜の姿の時は何か魔物だけが感じ取れる気配みたいなのがあるのだろう。


「なるほどな。ありがとう…ルイン止まって。何かいる。」


 俺は雑談をやめてルインに警戒を促す。俺は杖を構えて戦闘に備える。暗視の魔法を使っているので視界は確保できてる。


 何かがどすどすと音を立てながら近づいてくる。この足音何か聞き覚えがあるような気がする。


 俺は嫌な予感がしながら、木の影から姿を現す魔物をジッと見つめる。そこに現れたのは大きな黒い毛皮を身に付けており、前足の爪は異常な程大きく発達しているあの熊型の魔物だった。おそらくあの時の奴と同一個体だろう。赤い装甲も以前会ったやつと同じように肩の部分を覆っている。


「マジかよ。よりによってお前かよ!ルイン走れ!」


「ガアアア!」


 俺は一生懸命北に向かって駆け出す。この周辺は俺にとっては未知の領域だ。どんな地形があって、どこなら有利に戦闘ができるかなど全く分からない。


「アミル!あの魔物を知っているのか?」


「あれは俺がここにきた初日に襲ってきた奴だ!最近は全く見かけなかったから忘れかけていたけど、こいつもこの辺りが縄張りなんだろうな!」


 後ろからは魔物が爪を振り回して衝撃波を飛ばしてくる。俺たちはそれに当たらないように横に逃げながら何か作戦を考える。


 ルインは戦闘では全く役に立てないと言っていた。だが、今見てみるに、攻撃を避けるだけならできるようだ。


「ルイン!相手の攻撃を引き受けることはできるか?俺が魔法で倒す!」


「わかった!だが、長くは持たんぞ!急いでくれ!」


 ルインはその場で反転して魔物の目の前に飛び出していく。魔物は目の前に来たルインにかみつこうとするが、ルインがそのぎりぎりで上に飛び上がって回避する。さっきの逃げている時よりも少しだけ早い気がする。おそらく無理をしているはずだ。


 俺は杖を構えて、急いで詠唱を始める。


「血は命、血は炎、広がる常世は全て我が手中にある。月の光に照応するは氷結世界の一滴…っ!」


 俺が詠唱をしているとルインが衝撃波をくらってしまい、木に打ちつけられる。


「き、気にするなアミル、私はいいから詠唱を続けるんだ!」


 翼膜がボロボロになりながらもルインは魔物の攻撃を受け続ける。急がなければ!急がなければ!


「命の灯を吹き消し、目の前の敵を打ち倒せ────」


 俺が詠唱を終えると同時にルインが再び攻撃をくらってしまい、俺の目の前まで吹き飛ばされる。


「グハァ…!」


「ルインありがとう、十分だ!あの時のお返しだ────ドレイク・ヘルブラッド…っ!?」


 俺が魔法を撃つと同時に魔物が最後の抵抗と言わんばかりに衝撃波を飛ばしてくる。その標的は俺ではなく倒れているルインだった。


「ア、アミル…?」


 俺の魔法は魔物に直撃し、極低温の氷塊が魔物の命を吹き消していく。


 俺はあの時のリベンジを果たしたのだ。俺一人では間違えなく勝てなかっただろう。ルインが敵の攻撃を引き受けてくれて、竜の魔法を使ってやっとここまで辿り着いた。


 だというのに…


 俺は自分の体を張って衝撃波を受けきった。胸が大きく切り裂かれ、そこから大量の血が流れ落ちる。


「ガハ…ァ…」


 俺は立っていることができず仰向けに倒れてしまう。


「アミル!アミル!しっかりしろ!何故庇った!?私なら大丈夫だと言っただろう!」


 俺は朦朧とする意識の中でなんとか口を動かす。


「仲間を守るのは、当たり前だ…俺の…ポーチに、グッ…し、白いビンが…」


 口の中に血の味がする。体温が下がっていくのを感じる。息がどんどん荒くなる。寒い、凍えるような寒さだ。


「アミルこれだな。早く飲むんだ!頼む飲んでくれ!」


 俺もなんとか回復薬を飲みこもうとするが、体が震えて上手く飲み込むことができない。このままでは本当にヤバい。手足の感覚がなくなってくる。魔力切れの時と違って、すうっと生気が無くなる感覚だ。


 目も開けているのがきつくなってきて、視界がますます霞む。


 そこで、何かが口に触れる感覚があった。


 回復薬が口の中に流し込まれ、傷が徐々に癒えてくる。胸の傷は殆ど塞がり、俺は目を覚ます。


「アミル!」


「…もう大丈夫だよ。助かった。」


 俺はゆっくりと体を起こして木にもたれかかる。かなり危ない場面だったが、なんとか生きてる。


「よかった!本当によかった!」


 ルインが泣きながら俺に抱き着いてくる。俺はルインの背中を撫でて泣き止むように促す。俺の為にこんなに泣いてくれるなんて本当に嬉しい限りだ。彼女も俺のことを本心から心配してくれたのだろう。


「もう、大丈夫。さあ、そろそろ行こう。おっとそうだ。」


 俺は熊から前足の爪を剥ぎとっておく。折角討伐したのだから法力器官と魔石だけでも回収しておく。


「アミル…本当に大丈夫なのか?」


「はい、魔石。大丈夫だ…よ…?」


 俺は爪をポーチに突っ込んで立ち上がろうとするが、フラついてその場に倒れ込んでしまう。こんなことをしている場合ではないのに。早く移動しなければ、血の匂いを嗅ぎつけた他の魔物が集まってくる。


「ご、ごめんやっぱり、少しだけ休ませて…」


 俺は意識を保つのが限界になり、そこで意識を手放した。


─────────────────────────


 俺が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。血を流し過ぎたせいなのか未だに頭がボーっとする。


 横を見るとルインが椅子に座りながら眠っていた。俺はベッドに寝かされているようだった。


 どうやら俺は彼女を守ることができたようだ。それにしても周りを見るとここは一体どこなのだろうかという疑問が湧いてくる。


 こんな人工的な場所は魔境では見たことが無い。


「ここは僕の研究所だよ。」


 突然部屋のドアが開いて、そこから白衣を着た黒髪の男が顔を出す。背は160センチくらいで、白衣の中には黒いシャツを着ている。


「あの、あなたは一体…ここはどこなんですか?」


「おっと、僕としたことが自己紹介がまだだったね。骸竜────クレマチス・ニューゲートだ。よろしくね、アミル君。」


 骸竜…ということはここはラクストなのだろうか。ていうかなんで俺の名前を知っているんだろう。


「君のことはそこで眠っているルインから聞いたよ。いやーそれにしても驚いたよ。彼女がぼろぼろになりながら、君を運び込んできた時は何事かと思ったさ。今は君同様に僕が作った回復薬を投与しておいたからもう大丈夫だよ。」


「あ、ありがとうございます、ニューゲートさん。」


 俺は彼に向かって頭を下げる。今の説明でなんとなく状況を把握することができた。おそらく俺が倒れてしまった後、ルインはここまで俺を運び込んだのだ。


「いいんだよ。友人の頼みとあれば無下にはできないからね。軽食を用意したから、もう少し休むと良い。それじゃあ、僕はやることがあるからまた後でね。」


「何から何まで、本当にありがとうございます。」


 俺は彼がドアを閉めるまで頭を下げて見送った。


 彼とルインに命をを救われたようだ。


 俺は椅子で寝ているルインに毛布を掛ける。この部屋には窓が無かった。なので今が一体何時なのか分からなかったが、意識がはっきりしてることから長く寝ていたのだろう。


 ルインの体を見てみるが、傷は一つもなくなっていた。


「よかった。」


 傷が残らなかったことに安堵していると、ルインが目を覚ます。


「アミル!もう大丈夫なのか?」


「大丈夫。ルインが助けてくれて、ここまで運んでくれたって聞いたよ。本当にありがとう。」


 俺がそう言うとルインははっとしたように顔を背ける。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。俺が不安になっているとルインは翼をパタパタさせながら振り返る。


「それより、すまなかったな。その、キ、キスしてしまって。」


「…キス?」


 ルインはもじもじしながら返事をする。なんだか様子が変だ。


「あ、あの時はお前の命を救う為に必要だったから!その、だから、責任を取りたいというか…」


 あの時…俺は魔物の攻撃を受けて倒れていた時のことを思い出す。そういえばあのとき何か舌のような柔らかい感触があった気がする。


 俺もその時のことを思い出し、なんだか急に顔が熱くなってくる。命がかかった場面だったので必要な事ではあると頭ではわかっている。でも、それはそれとして、竜とはいえ女性とキスをしたことが俺は初めてであり、恥ずかしくなってくる。


「え!?ああ、そうゆうことなら仕方ないよな!うん!仕方がない!俺は気にしてないから大丈夫だぞ!」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すために敢えて笑顔で返事をする。だが、なんかルインはまだ恥ずかしがっていた。そして、俺の服の裾を掴んできて、ぼそぼそと話し始める。


「ほ、本当に何も感じなかったのか…?」


 ルインのその女性っぽい仕草に俺は胸を貫かれる。


「…正直、俺と結婚してほしいくらいには意識してる。」


 俺は今まで女性とは無縁の生活をしていた。来る日も来る日も魔物の討伐をして魔法の研究の繰り返し。そんな俺に女生との出会いなんてあるわけなかった。そんな俺の前に現れた命を預け合うくらいに信頼した異性。例えそれが人とはかけ離れた存在だとしても惚れない理由にはならなかった。


「け、結婚というのはつまり、私と番(つがい)になりたいってことか…?」


 俺はルインの目の前に跪きその手を取って頭を下げる。


「そうだ。俺とずっと一緒にいて欲しい。」


 俺は頭を下げたままルインの返事を待つ。他人がいたらこんなことをしている場合ではないだろとか言われそうだが、ここまで思いを口にしてはもう引くに引けなかった。


「…わかった。お前をその気にさせてしまったようだし…その、責任を取ろう。」


 俺はその返事を聞いてルインを抱きしめる。


「絶対親に紹介するよ。俺にもようやく運命の相手が見つかったって。」


「それなら尚更、アミルのいた街に帰らなければいけないな。」


 ルインも俺を抱きしめ返してくれた。この思いを伝えて本当に良かった。


「どうでもいいけど、ヤるなら自分の家に帰ってからヤってくれよ?」


「うわぁ!クレ!いたなら声くらいかけろ!」


 ルインは驚きながら俺を突き飛ばして彼を蹴飛ばしていた。突き飛ばされた俺は再び気絶した。

 


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