第8話過去

 俺はカリンの郊外にある野原の中心に生えている木の下で寝転がっていた。


「なんのために魔法を覚えるのか、か…」


 俺は寝転がりながら杖を構えて、低級魔法の詠唱を始める。


「水の精霊よ、せせらぎの小川に満たぬ僅かな水を我に与えたまえ────クリエイトウォーター」


 自分の真上に二十センチくらいの水の球が作り出される。それを杖でグルグル宙を浮かせて遊ぶ。


 この魔法は俺が初めて覚えたものだ。今では水をこうして宙で動かして遊ぶこともできるようになった。


「はぁ。」


 作った水を霧散させて俺はため息をつく。この水のように俺の悩みもさっさと晴れてくれればいいのに。


 どうすれば答えを出せるんだ。こうしてボーっとしていても答えなんて出る訳が無いのに、時間だけが過ぎていく。


 起き上がって魔法の復習しようかと考えていると、下から声がした。そっちを向くと見たくもない奴らが居た。


「おいおいおい、未だに満足に剣も振れないアミルがいるぞ。」


「雑魚アミル!」


「雑魚アミル!」


 下の方を見ると例の三人がいた。最近は庭で魔法の練習をしていることが多かったのでこいつらに会う機会もかなり少なくなっていた。


 だが、なんだか昔と違って、馬鹿にされているのに全く惨めな気持ちにならなかった。


 というか二年前と全く同じことを言っているこいつらから、惨めになる要素なんて無くなっていた。俺はアルス師匠に優秀だって認めてもらえてるし、今では父さんの仕事の手伝いもできるようになった。


 俺が必死に努力していた間、こいつらはずっと木剣で遊んでいたのだろう。だって今も全員木の枝を振り回しているし。


「なんか用?ここで遊ぶなら場所空けるよ?」


 俺が興味なさそうにそう言うと三人が怒り始める。


「ふざけんな!なんでお前が俺らに命令してるんだよ!」


 俺は曲解されたことを訂正しようとするが大声でそれを遮られる。


「いや、ただ提案しただけ…」


「黙れよ!雑魚のくせに!」


「そーだそーだ!」


 もう何を言っているのか支離滅裂だ。こんな奴らの相手をしてるとイライラしてしまうのでよくない。こういう奴らとは関わらないのが一番だ。


「はぁ…もう俺帰るからいいよ。翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」


 中級魔法のフライをかけてゆっくり空に浮き始める。


「逃げるな!」


「謝れよ!」


「雑魚が!」


 まだごちゃごちゃ言っているが無視して空を飛んで街の方に戻る。そうすると急に下から石が飛んでくる。


「降りてこい!」


「くそ、当たれ!」


「おら!」


 俺がいる高さまで届いてないからいいが、石なので当たり所が悪ければ死んでしまうことだってあるだろう。


 どんだけアホなら人に石を投げるとかいう発想に至るんだろう。


 ふよふよと浮いていると、あいつらが投げた石の一つが野原の端にある茂みの方に飛んでいく。


 どこ投げてるんだと思っていると石が飛んでいった茂みから何かの叫び声が上がる。


「ぎゅいいいい!!」


 甲高い声を上げながら茂みから出てきたのはうさぎ型の魔物のアルミラージだった。茶色の体毛に一本の白い角が生えている弱い魔物だ。だが、弱いと言ってもそれは戦える力を持っている大人からすればの話で、今の俺からしてみても普通に脅威だ。


「う、うわああああ!」


「なんで、なんで!?」


「こんなところに魔物がいるなんて!」


 三人は急に出てきた魔物に腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。俺はその様子を見て、空中で止まる。


「おい、何してるんだ!早く逃げろ!!」


 俺が上から叫ぶが、三人はその場から動こうとしない。恐怖で動けなくなっているのだろう。一方で、アルミラージは石を当てられて怒っているようで、三人に今にも飛び掛かろうとしていた。


「い、いやだいやだぁ!」


 そう言って一人が背を向けて逃げようとするとそいつに向かってアルミラージが蹴りを入れる。


「うわっ!」


 そいつの足に蹴りが直撃し、痛みでその場にうずくまったしまう。


「ううう、痛いよぉ…」


「カイン、カイン、大丈夫?」


「お父さん…」


 俺は周りを見るが近くに大人は一人もいない。当たり前だ。平日の昼間なんだからみんな仕事で忙しくてこんなところになんて来ないだろう。


 俺にあいつらを助ける義理は無い。


「誰か助けて!」


 むしろ俺に石を投げてきたんだからその罰が当たったのだ。


「だれかぁ…」


 だけど…


「ひぃい…!」


 俺はフライを解除してアルミラージと三人の間に着地する。右手で杖を構えて、左手で三人を庇うように広げる。


「俺が相手だ!」


「ぎゅぅ…!」


 俺が杖を構えるとアルミラージは警戒して少し後ろに下がる。だが、逃走はしずに遠くからジッとこちらを狙っている。


「な、なんで…?」


「ダメだよ!勝てるわけない!」


「うるさい!いいから二人とも木の枝を構えろ!」


 俺は泣いてグズグズしている二人に発破をかける。怪我をしている奴はもう動けないだろう。こいつを守り切るには俺一人の力では足りない。


 距離を取ってくれたとはいえ、こいつの跳躍力は脅威だ。敵の攻撃に詠唱が間に合うかギリギリの距離だった。


「無理だよぉ!」


 俺は大きい声で怒鳴りつける。アルミラージはこちらの様子を窺っているのかまだ攻撃してこない。


「無理じゃない!早く構えろ!」


「で、でも…」


「いいから早く構えろ!二人で一回攻撃を防げればそれでいい!剣術が使えるんだろ早くしろ!!」


 それでも動こうとしない二人に俺は更に声をかけ続ける。


「友達を守れなくてもいいのか!?」


 俺がそう言うと二人は倒れている一人の方を心配そうに見て、足を震わせながら立ち上がって、木の枝を構える。


「い、一回防げばいいんだよな?それで助かるんだな!?」


「やってやる…ああ、やってやるよ!」


 涙を流しながら木の枝を構えて二人が前に出る。やる気になってくれたようだ。


「お前らを信じるぞ。氷の精霊よ。我に相手を貫く強靭な槍を与え、その一切を刺し倒せ!」


 俺が詠唱を始めるとアルミラージが襲い掛かってくる。


「き、来たぁ!」


「ルカ早く木の枝をクロスさせるんだ!」


 前の二人が木の枝を十字にしてアルミラージからの蹴りを受け止める。攻撃を受けたことにより木の枝はあっという間に粉々になるが、この蹴りだけは完全に防ぎ切った。


 その蹴り一回分の時間があれば十分だ。


「ブリザードスピア!」


 三本の氷の槍がアルミラージに突き刺さり、命を奪う。血がぼとぼとと流れ、瞳から光がなくなっていく。


 完全に倒したことを確認した俺は振り返って、怪我をしている奴の前にしゃがみ込む。


「はぁ、はぁ…おい、足治すからじっとしてて。」


「あ、う、うん…」


 俺は残り少ない魔力を集中して、低級の回復魔法をかける。倒れてる奴の足の腫れがみるみるうちに引いていく。


 頭がくらくらしてきた。魔力がもう殆ど残っていない。次魔物に襲われると対応するのは困難だろう。


 俺がフラフラしていると、急に吐き気がこみ上げてくる。


「おぇぇ…」


 初めて魔物を殺したせいなのか、いつも以上に頭が回らない。普段魔力切れになってもここまでフラフラにはならない。


 だが、まだ近くに他の魔物が居るかもしれない。こんなところに長居してる暇はなかった。


「早く立って。急いで街まで帰るよ。」


「わかった…」


 一応アルミラージの死体は引きずりながら持って帰る。自分が殺したんだから最後まで責任を持つ必要がある。それに、死体を放置すると疫病の原因になると師匠が言っていた。


 街までの帰り道、後ろを歩いている三人が話しかけてくる。


「ねぇ、なんで助けてくれたの?」


「俺達、お前をいじめてたのに…」


「なんで…?」


 回らない頭を必死に回転させながら返事をする。気を抜くと倒れてしまいそうだ。


「別に。最近は気にもしてなかったし、見捨てて後悔するより助けた方が良いと思った。」


 重い足を動かしながらなんとか街の入り口まで帰ってくる。ここまでくればもう大丈夫だろう。


「じゃあ、俺帰るから。」


「待って!」


 別れの言葉を言って去ろうとした時後ろから呼び止められる。まだ何かあるのかと振り返ると、そこには頭を下げた三人がいた。


「お前のこと馬鹿にしてごめん!こんなんで許されると思ってないけど、本当にごめん!」


「ごめん!」


「ごめんなさい!」


 こんな真摯に謝っている姿を見たら、もう何も文句を言う気にはならなかった。こいつらも街に帰ってくる間に自分を見つめ直したのだろう。


 そして、俺は自分の力で人を助けたことで、魔法をどう使いたいのかが明確に見えてきた。それは間違いなくこの三人が居なければ気付けなかったことだ。


「もういいよ。それより、二人の防御も凄かったよ。俺も助かった。それじゃあね。」


 俺もお礼を言うと少し笑顔で三人は頭を上げる。


「俺ルカ・アルバ。ルカって呼んでほしい。こっちはカイン・メディル。で、こっちはメルク・ガイア。よかったら今度は一緒に遊ばないか?お前のすごい魔法もっと見たいんだ。」


 真ん中の奴が自己紹介をして、俺は初めてこいつらの名前を知った。そういえば随分長く粘着されているが、俺はこいつらのことを全然知らなかった。


 そして、こいつらの笑顔を見た時、俺の中で何かが変わったのを感じた。俺が目指したいものが見えたような気がしたのだ。


「アミル・マインだよ。わかった、今度は石投げてこないでね。」


 俺は軽い冗談を言いながらその場を後にした。


─────────────────────────


 その翌日、俺はいつものように庭で師匠が来るのを待っていた。


「おはようアミル。」


「アルス師匠おはようございます。実は────」


 そして、俺は師匠に昨日あったことをすべて話した。師匠は俺が話し終わるまでの間ずっと黙って聞いていた。


「────それで、俺が魔法をどうしたいかなんですが、その答えも出せました。俺はこの力を誰かを守るために使いたいです。」


 俺が言いたいことをすべて話し終わる。師匠は嬉しそうな笑みを浮かべながらしゃがんで、俺の頭を撫でてくる。


「…そうか。君が良い方向に成長してくれて心の底から嬉しいよ。わかった。これから君に魔法の本当の使い方を教えるよ。」


「それじゃあ!」


「ああ、魔法の勉強を先に進めよう。但し、君が人を助けることに使いたいなら、この使い方は誰にも教えてはいけないよ。この使い方が知られれば君は権力者たちに利用されるだけの人生になってしまうだろう。約束できるかい?」


 師匠はそう言いながら小指を目の前に立てる。俺も迷わず小指を出して約束をする。


「わかりました。」


「よろしい!それじゃあ、勉強を始めようか。」


─────────────────────────


「────それで、師匠から教えてもらったのが詠唱に縛りを付けて、自分が使える範囲の魔法に改変する方法ってわけ。」


 俺は昔を懐かしみながらルインに話し終えた。


「…その師匠とやら、本当に男だったのか?」


「そういえば師匠に直接聞いた事ってなかったかも。でも胸は平らだったよ?」


 ルインは俺の答えを聞いて少しの間考え込んでいた。


「嘗て、骸竜が黒髪の女に詠唱の仕組みについて教えたと言っていたのを思い出してな。まさかとは思うが…いや、考え過ぎだな。何でもない。忘れてくれ。」


 ルインはそのまま目を閉じた。師匠が魔境の出身だということなんだろうか?師匠がどこの生まれなのかも聞かなかった。こんなにモヤモヤするなら聞いておけばよかったと少し後悔した。

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