第7話昔の話

 私はアミルが心配だ。確かに彼に魔法を教えはした。だが、まさかここまで食い下がるとは考えていなかった。戦闘は回避している筈なのに、彼が日に日にボロボロになっていく。もう見ていられなかった。


 すでに私から何度もやめるように言った。「これ以上はお前の身が持たない。」「別の方法を考えればいいじゃないか。」そう言っても彼は頑なにやめようとはしなかった。


「…諦められないんだ。俺には魔法しかない。ルカのように大剣を振ることもできなければ、メルクのように鉄壁の防御もできないし、カインのように細かい探索技術も持っていない。そんな俺が魔法まで諦めたら何が残るんだ?こんなところに来てしまって絶望して、それに自分の一番の特技でも諦めてしまったら、俺は自分を保てなくなっちまう!だから、ここだけは!魔法だけは譲れないんだ!!」


 アミルが言っているのはここに来る前の彼の仲間のこと、そして、魔境での生活で精神的に追い詰められているということだった。


 私は彼のことを何もわかっていなかった。


 当初、彼の振る舞いからはそんな不安な様子はほとんど見られなかった。だが、おそらく私に見えないところで精神をすり減らしていたのだろう。彼は人間で、私は竜なのだ。私と一緒にいる時でさえ彼は疲れていたのかもしれない。彼の仲間だというのなら、彼の不安についてもっと思いを巡らせるべきだった。


 そして、彼にとって魔法がそんなに重要な要素だと思ってもみなかった。確かに最初に見せてもらった魔法の感想を言った時にかなりへこんでいるようには見えた。だが、私はそこまで深刻に考えずに発言していた。彼にとってはこれも精神的にはきつかったのだろう。


 アミルにとって魔法とは自分のアイデンティティなのだ。魔法に絶対の信頼を寄せており、それ故魔法に関することは一切妥協できないのだろう。しかも今回は魔法が発動できない理由が魔力量ということも良くなかった。彼はまだ子供から大人になる途中、成長期だったのだ。だから、この間に魔力量を鍛えれば使える可能性があったのだ。


 その可能性が不味かった。


 彼は自分の実力をよくわかっていた。だから最初に魔物を倒した時も試行錯誤をして倒したと何回も話してくれた。つまり、彼は可能性がある限り諦めようとしないのだ。


 彼の思いを聞いた後では、もう止めることができなかった。


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 そして、ある日。その時は急に訪れた。


「血は命、血は炎、広がる常世は全て我が手中にある。月の光に照応するは氷結世界の一滴(ひとしずく)。命の灯を吹き消し、目の前の敵を打ち倒せ────ドレイク・ヘルブラッド」


 その魔法は発動した。


 直径三十メートル程の極低温の氷の塊が洞窟の壁に直撃する。その周囲は冷気に包まれており、その氷塊に触れようものなら凍傷になってしまうだろう。


「は、ははは…やっと成功だ。疲れたぁ。」


「まさか本当に習得してしまうとは…」


 私が驚いているとアミルがフラフラと歩きながらこっちに近づいてくる。そしてそのまま私にもたれかかるように倒れ込んだ。


「それにしても私が教えた詠唱とは少し違うようだが…?」


「ああ、それね。少し改造した。魔法の発動可能時間を夜に限定。月の満ち欠けに威力を依存させて、新月の日には完全に発動不可。追加で魔物の法力器官を杖に融合させて専用の発動補助装置に。さらに詠唱も追加。ここまで制限を付けて俺の魔力量でようやく発動可能…本当に、過去最高に難しかったよ。」


 魔法の詠唱を改変するとは…とてもじゃないがただの人間にできる所業ではない。


 私は倒れてるアミルに対して以前から疑問に思っていることをぶつける。


「アミル、聞かせてほしい。お前はどうやってそんな技術を身に付けたんだ?詠唱を改変して、自分が使えるようになるまで制限を付けるなんて…竜でもできる奴は限られるぞ。」


「そういえば言ってなかったな。じゃあ、ちょっと自分語りになっちゃうけど聞いてくれるか?」


 そう言ってアミルは杖を見つめながら昔のことを話し始めた。


─────────────────────────


「父さんじゃあね。行ってきます!」


「おう行ってこい!転ぶんじゃねぇぞ!」


 俺は父さんから回復薬が入ったリュックを預かって、討伐屋ギルドまで歩いていく。これは六歳になってから毎週やっているお手伝いだ。これをやれば一年に一回魔法書を買ってもらえる約束をしたのだ。


 俺が魔法に興味を持ったのは五歳の誕生日。父さんがプレゼントでくれた「魔法使い入門書」という本を読み、俺はあっという間に魔法の虜になった。本の中に書いてる魔法はもう全て覚えて使えるようになったし、今年の誕生日には初心者用の杖を作ってもらう約束もした。


 誕生日は明日。明日になったらようやく魔法を使うことができる。


 俺はわくわくしながら討伐屋ギルドの中に入っていく。


「こんにちは!」


「おうアミル!今日もグランツさんの手伝い偉いぞ。それにしてもなんか楽しそうだが、何かあったのか?」


 俺がギルド内に入ると、受付で職員と立ち話をしていた魔法使いのドルドさんが話しかけてくる。赤い魔石が嵌まった杖長い杖を持っており、黒いローブを着ている気のいい人だ。


「こんにちはドルドさん。俺、明日誕生日なんです!父さんに杖作ってもらう約束してて、超楽しみなんです!」


「そうか。遂にアミルが一端の魔法使いになるときが来たか。時間が過ぎるのはあっという間だなぁ。あのグランツさんにくっついて歩いていたアミルがな…」


 ドルドさんが昔を懐かしむようにうんうんと頷く。


「昔のことはもういいですって。それより、これ、今週分の回復薬です。」


 俺は受付の女の人にリュックごと渡して、中に入っている回復薬の数を数えてもらう。


「はい、確認しました。これが今週分のお金です。落とさないように気を付けてね。」


「ありがとうございます。それじゃあ、今日はこれで!」


 俺は返してもらったリュックにお金が入った袋をしまって、討伐屋ギルドを後にした。


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 ギルドから家に帰っている途中、俺の行く手を阻むように三人の子供が現れる。俺はまたかと思いつつも下を向いて無視する。


「おいおいおい、そこにいるのは剣術も槍術も使えない無能じゃないか。」


「本当だ。いつも本ばっかり読んでる雑魚だ。」


「お、こいつ今日は本持ってないぞ!明日は雪が降るんじゃないか?」


 こいつらの言葉を聞くたびに嫌な気持ちになっていく。


「「「ぎゃははははは」」」と大声で笑っている子供たちを押しのけて、全力で家まで走って帰る。


 こいつらは魔法の練習をしている時にいつも邪魔をしてくる奴らだ。いつもこんな感じで俺のことを馬鹿にしてくる。こいつらのことは大嫌いだ。親が強いからとそれを鼻にかけていつも威張り散らしている。そして、前に「親の強さはお前の強さじゃないだろ」と言ったらブチ切れられていじめられるようになった。


「あ、雑魚が逃げた。」


「あいついっつも逃げてるな。」


「今度また練習台にしてやるから覚悟しとけよ!」


 背後から罵声を浴びせられながらも俺は走り続ける。

 

 でも、彼らが言っているように俺が剣などの武器を使えないのは事実なので反論することもできず、いつも逃げていた。


 魔法を馬鹿にされるのは悔しいが、いつか見返してやるとずっと心の中でいつも惨めな気持ちになっていた。


─────────────────────────


 討伐屋ギルドへの配達を行った次の日。


 俺は朝起きた瞬間すぐに顔を洗って、歯を磨き、家族がいる筈のリビングに走っていく。


「父さん母さんおはよう!早く杖…を…」


 リビングに行くと知らない男の人がいた。


「おはようアミル。この人は今日から魔法の師匠になる人だ。」


「魔法の師匠になる人?」


 俺は言われたことがよくわからず、オウム返しをしてしまう。魔法の師匠とは一体何の話なのか。今日は杖をもらって魔法を使って遊ぼうと思っていたのに、なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「そうよ。あなたがあまりにも魔法に陶酔してるから先生を用意したの。大丈夫よ。ちゃんと杖も用意してあるわ。」


「この人は以前は王都で魔法の研究をしていた人でな。お父さんの伝手でお前の師匠になってくれる人を前から探してたんだ。それで、見つかったのがこの人ってわけだ。」


 白いとんがり帽子に白いローブを着ている白髪の男性は立ち上がって俺の前まで歩いてくる。すごいかっこいい人だ。こんな人がいるなんてやっぱり王都はすごい。整った顔立ちに黒い髪に青い目をしている。


 俺の前でしゃがんで目線を合わせてから話し始める。


「初めまして。今日から君の師匠になるアルストロメリア・サンヴァインだ。君の名前は?」


「アミル・マインです。」


 俺は師匠の格好いい姿に見とれながら自己紹介をする。


「今日からよろしくアミル。アルスって呼んでくれると嬉しいな。」


「は、はい。アルス師匠。」


 俺が急な事に驚いていると父さんが木製の箱を取り出してくる。


「ほら、これが杖だ。将来魔法使いになりたいならしっかり頑張れよ。」


 俺は念願だった杖が入った箱をお父さんから受け取る。大きさは三十センチくらいで、先端に青い魔石が付いている。こげ茶色の木が使われていてとてもきれいだ。


 お父さんが俺の為に作ってくれた初めての杖。


「これが、俺の杖…!やった!二人ともありがとう。」


 杖がもらえたこと、魔法の師匠が付いたこと。どちらも俺にとっては最高の贈り物だった。


─────────────────────────


「それじゃあ、先ずは君が持っているその魔法書に書いてある低級魔法からやってみよう。」


「はい。アルス師匠。」


「わかっていると思うけど基礎からやっていくよ。魔法とは自分が持つ魔力を形を変えて出力すること。その形を変えるのに必要なのが詠唱とイメージだ。詠唱は魔力がどうゆう形で世界に影響を与えるのかを設定する。そして自分の頭の中で魔法を成功させるという確固たるイメージが魔法を使う上ではとても大事になってくるんだ。それじゃあ、先ずは私が手本を見せる。その後に続いて真似してみてくれ。」


 それから俺と師匠との魔法の勉強が始まった。


 自分が得意な属性を調べたり、魔力を集中させるコツを学んだり、やること全てが楽しかった。


 師匠に言われて父さん達の仕事もよく見学するようになった。


「せっかくこんなにも良い環境があるんだから、学べるものは学んでおいた方がいい。マジックアイテムの作成もいい勉強になる。」


 話を聞くと、師匠は独学で魔法を学んだらしい。それ故の先の言葉だったのだろう。


 俺は今までマジックアイテム作りには興味がなかった。あまりにも身近に有り過ぎてその凄さを理解していなかったが、いざやってみると死ぬほど難しかった。


 一番簡単な低級の回復薬ですら失敗しまくった。お父さんが休日の時には、師匠と二人掛かりで教えてもらったりした。


「アミルがマジックアイテムに興味を持ってくれて、お父さんすごく嬉しいぞ。聞きたいことがあったら、何でも聞いてくれ!」


 どうやら父さんは俺がマジックアイテムに興味を持ってくれるのをずっと待っていたらしい。そのせいで初めて回復薬を作ってみたいと言ったとき、父さんが泣き出して大変だった。


 そして、俺は師匠が付いてからますます魔法に傾倒していった。魔力量が人より少し多かったので毎日たくさん魔法の練習をした。


 そして、アルス師匠が来てから二年が経ったある日のことだった。


「うーん…どうしようか?」


 俺はいつもと同じように昨日覚えた魔法の復習をしていた。魔法の発動を確認してちゃんと自分のものにできたことに喜んでいると、アルス師匠が悩んでいるような顔をした。


「アルス師匠、何を悩んでるんですか?」


「えーっとね。非常に言いずらいんだけど、今の君の魔力量で覚えられる魔法はもうないんだよ。少なくとも、僕が知っている限りはね。」


 俺はアルス師匠に言われたことに衝撃を受ける。確かにこの二年間ほぼ毎日魔法の訓練やってきた。たくさん魔法を覚えたが、もう覚えられるものがないなんていきなり目標がなくなってしまうようなものだ。


「し、師匠、何とかならないんですか!?」


「何とかなるかと聞かれると、何とかなると言えなくもなくはなくはないというか…」


 アルス師匠はなんだか煮え切らない感じで言葉を濁す。何とかなるのにそれを躊躇うということはなにか問題があるのだろうか?


 師匠が俺を見ながら少しの間考えを巡らせている様だった。そして、少しの間を空けて口を開いた。


「…アミル、これから重要のことを聞くよ。君はとても優秀な生徒だ。同年代でも君ほど多様な魔法を使える者はそういないだろう。だけど、そこまでたくさんの魔法を覚えて、君は何をしたいんだい?」


「なにをしたい…特に考えていませんでした。俺はただ、新しい魔法が使えるようになるのが楽しくて、それに夢中で…この魔法で何がしたいかなんて…」


 突然の質問に俺が明確な答えを言えずにいると、師匠は俺に目線を合わせて頭を優しくなでてくる。


「焦らなくていい。君はまだまだ幼い。もっと周りに目を向けてみるといい。答えが出るまでの間、新しい魔法の訓練はお休みにしようか。」


 そう言われて俺は少し自分を見つめ直すことにした。

 



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