第6話竜に師事する
俺は今日も早朝に目を覚ます。
「うう…体が痛い…」
昨日の解体作業のせいで全身が筋肉痛だ。痛みに耐えながら起き上がり、ストレッチをして体をほぐしていく。完全に痛みがなくなるわけではないが、多少マシになった。
「おはようルイン。」
「おはようアミル。辛そうだが大丈夫か?」
「筋肉痛って言うやつさ。動いていれば少しずつ痛みも引いていくから大丈夫。」
というか竜は筋肉痛になったりするのだろうか?竜が筋肉痛を起こすくらい暴れまわったら、地形が変わるほどの大惨事になりそうだ。
などとどうでもいいことを考えつつ杖を手に取り、ローブを着る。
「じゃあちょっと偵察してくる。」
「気を付けてな。」
昨日と同じように小さい方の洞窟から外に出る。まだ日は出ておらず、東側の空が僅かに赤くなっている。かなりいいタイミングだ。
「翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」
今日は岩山の上からフライを使用してより高い位置から周りを見渡してみる。
「特に変化はない…か?」
景色は昨日見たものと変わっていないようだ。同じ場所から見てるんだから変わらなくて当然だと思うかもしれないが、環境の確認は重要だ。ここで強力な魔物の痕跡を見逃せば、死ぬ可能性が高くなるからだ。
太陽の端が山脈から顔を出し、周りが明るくなってくる。そろそろ降りるかと思っていると何か白いものが落ちているのを見つける。そういえば昨日も同じようなものを見た気がする。昨日は狩りと処理に気を取られて完全に忘れていた。
まだ朝日はそれほど高くない。調べに行くなら今しかない。
俺は地上に一回降りた後白いものが見えた場所に向かって走り出した。周りを警戒するが魔物の気配は感じない。大丈夫だと思うが一応フライを使うのはやめておいた。
距離的にはそろそろ見えてくるはずだ。森の中を走っていると開けた場所が見えてくる。その中央に何か白いもの…ではなく銀色のものがたくさんある。
「すげぇ…」
俺の目の前にあったのは金属質な花畑だった。風が吹くと銀色の葉っぱが揺れて心地いい金属が震える音がする。
俺は見たこともない花に興味深々になり、すぐに花畑に走っていく。
一体なんなんだこの花は?金属質の植物なんて見たことも聞いたことが無い。茎から花まで全て銀色だ。どうやって栄養を得ているのか謎だらけだ。
じっくりと観察したいが時間がない。
俺はそこら辺に生えていた巨大な葉っぱを何枚か使って、簡易的な容器を作る。次に花畑の一番端に咲いている一輪の周囲を石で掘る。
(急げ、急げ…!)
もう日は完全に出てきている。魔物がいつ襲って来てもおかしくない。石を使って周りの土ごと掘り起こして葉っぱの容器の中に移す。
「…」
植物の根を傷つけないように慎重に持ち上げてゆっくりと容器に入れる。幸いにも根は深く張ってはおらず、すぐに掘り起こすことができた。
「…よし!」
容器の中に無事に植物を移した俺は急いでその場を離れる。杖と容器で両手が塞がっており、今戦闘になったら高確率で死んでしまうだろう。
(だけど、この植物の周りには木が生えてなかった。つまり、こいつは異常な生命力を持っているのは間違えない。その生命力をうまく調合すれば回復薬を補充することができるかもしれない。)
どう扱えばいいのかは全く分からないが、取り敢えず急いで洞窟まで走った。
─────────────────────────
「はぁ、はぁ…朝から疲れた…」
俺は持ち帰った植物を横に降ろして、その場に倒れ込む。
ただでさえ筋肉痛なのに、起きてすぐに全力疾走は滅茶苦茶堪えた。魔物の鳴き声が聞こえた時は冷や冷やしたが見つかることは無かった。
昨日と違って今日からは三食食事をとることができる。魔石は集めなければいけないが、さすがに今日は洞窟でゆっくりした方がよさそうだ。
「随分と急いで帰ってきたようだが、何かあったのか?」
寝転がっている俺にルインが話しかけてくる。息を整えてから起き上がり、ルインの目の前に例の植物を持って行く。
「この花の群生地を見つけてさ。生命力が強そうだから一本採取してきた。何かに使えるかなって。」
ルインは花に顔を近づけてしげしげと見つめる。
「これは…純銀華(じゅんぎんか)だ。」
「知っているのかルイン!?」
「ああ。こいつは周囲から生命力と魔力を大量に吸い上げるという特性があってな。その二つが混ざり合って特殊な反応を起こすことで、銀色のような体色になるんだ。群生地があるというのは初めて知ったが、いいものを見つけてきたな。」
俺は採って来た植物、純銀華(じゅんぎんか)があった場所を思い出す。
(こいつの成長には生命力と魔力が大量に必要になる…?そんな特別な何かがあの場所にあるようには見えなかったが…あの群生地も調査する必要があるな。)
まあ、何にしても魔物に遭遇することなく洞窟まで帰ってくることができた。まずはそれに感謝して食事にするとしよう。
昨日大量に作った燻製から三つ手に取ってルインの横に座り込む。残っている燻製肉は葉っぱを敷き詰めた上に載せてある。
俺は次にリュックの中から金属製のコップを取り出して、下にある水源に向かう。ついでに水源から一番離れた場所に沈めてある毛皮の様子も一応見ておく。
「流水のおかげで大分綺麗になったな…一回干すか。」
毛皮をフライで浮かせて、出来る限り水を絞る。毛も抜けていないし、今のところは上手くいっているようだ。
大穴のところに広げて天日干しにしておく。明日には乾いて裏側が硬くなっているだろう。
(鞣す用の材料も採りに行かないとな。いや、今は早く使いたいし、乾いたらベッド代わりにするか。柔らかい毛皮はまた今度でいいや。)
ぶっちゃけ硬い岩場で寝るのはとんでもなく体に悪い。眠っているのに全身に負荷が掛かっている様な感覚があり、疲れが取れないのだ。なので、少しでも柔らかい寝床が欲しかった。
コップを手に取って水を汲み、その場でも水源から少し飲んでおく。朝の全力疾走でカラカラだった喉に冷たい水が染みわたる。
「あー生き返る…」
水が入ったコップを持って、ルインが居るところまで戻って朝食にする。
「いただきます。」
昨日の焼いた肉には劣るが十分美味しい。こんな地獄のような土地でまともな食事にありつけるだけ恵まれているのだろう。昨日苦労して倒してきて本当によかった。
俺はよく噛みながらゆっくりと時間を掛けて朝食を食べていった。
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食事を終えた俺は、少し休憩した後に立ち上がってルインに話しかける。昨日言っていたことをやるためだ。
「じゃあ、ルイン。そろそろ魔法の訓練を始めたいと思う。指導、よろしく頼む。」
俺はルインに向かって頭を下げる。
「その気になったようだな。では、私が知っている中で最も魔力消費量が低い魔法から始めるぞ。」
「わかった。」
俺はルインから詠唱、効果など様々なことを紙にメモしながら教わっていく。ルインはできる限り分かりやすく教えてくれた。
俺はそれを死ぬ気で頭に叩き込んだ。
「────注意事項は以上だ。最後にもう一度言わせてもらう。竜の魔法を人の身で使うことでどのような反動ががあるかは私にも分からない。何か異常を感じたらすぐに言ってくれ。」
「わかった。それじゃあ、実習といくか────!」
俺はルインに教えてもらったことを頭に入れて、自信満々に杖を構えた。
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私の目の前には魔力切れで倒れているアミルが居た。
「やはり無理か。」
薄々わかってはいた。竜の魔法を人が使うなんて土台無理な話だ。そもそもの魔力総量が違い過ぎるのだ。一番弱い魔法で魔力切れを起こしている様では、いつまで経っても竜の魔法をものにすることはできないだろう。
「ふ、ふふふ…」
「ん…?」
「あは、あははははは!!」
仰向けに倒れていたアミルが急に大声で笑い始めた。竜の魔法が使えなかったことがショックで、とうとう気が狂ったのかと思った。
「面白れぇ!!嘗めんな!魔力が足りないだぁ!?じゃあ、これから使えるようになってやらあ!」
なんか目がギラギラしており、口調もいつもの落ち着いた感じとは打って変わって、荒くなっている。
「ア、アミル…?」
「続ける!絶対に習得してやる!安心してくれ、食糧の当てはある!コーディルに魚がいたからな!だからできるようになるまでやってやるぞぉ!!!」
「そ、そうか…」
やはり何かが狂っているのは間違えないようだ。
(まあ、数日すればアミルも諦めるだろう。)
魔力量が足りないのはどうすることもできない。確かに成長期に魔力を鍛えれば多少魔力量は上がる。だが、鍛えるには魔力切れのその先、生命力を削って魔法を行使する必要がある。
普通は魔力切れで、手足の感覚がなくなってくる。生命力を削って魔法を行使しようとすれば体中の魔力経に負荷が掛かる。常人ではその負荷に耐えきれずに魔法の行使に失敗する。
そもそも魔力とは、魂の中からあふれ出る生命力から生まれている。そして、その魔力は魔力経と呼ばれる魔力の神経とも言えるものを伝い、全身に魔力が行きわたる。魔力を消費し過ぎれば体の末端まで魔力が行き渡らなくなる。魔力切れで手足の感覚がなくなるのはこれのせいだ。
今もアミルは立ち上がるのでやっとのように見える。
アミルには悪いが、私は次に、何か彼を強くできる方法がないか探すことにした。
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三日経過────
アミルはフラフラになりながら魔法の訓練を続けている。魔法についての情報を片っ端からメモしていく。魔法を発動しようとして、失敗。そしてメモ。ひたすらにそれを繰り返す。まだ諦める気は無いようだ。
一週間経過────
アミルはまだ訓練を諦めない。杖に何か牙のようなモノを一つ融合させて、試行錯誤を続けていた。酷い日は、目から血を流し、血反吐を吐きながら魔法の訓練を行っていた。今日なんて「そろそろ休んだらどうか」と声をかけるまで、昼食も抜いて訓練をしていた。まだ諦める気は無いようだ。
数週間経過────
メモ用の紙がなくなったようで、石を使って洞窟の壁や床にガリガリと文字を刻み始めた。保存しておいた肉もなくなり、魚をコーディルから釣って来た。魔物との戦闘は全て避けてきたようだ。「これだけあれば一週間はもつ!」と言って笑っていた。彼の中で何かがおかしくなっているような気がする。彼が狂ってしまうのではと心配になって来た。だが、彼のやる気を前にしては止める気にはならなかった。
そうして、あっという間に数か月が過ぎた。
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