第5話地道な作業

「翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」


 俺は魔物の死体にフライをかけて、宙に浮かせて運ぶ。今までも討伐した魔物もこうやって運んでいた。


 杖をつきながら少しずつルインの洞窟まで戻る。もうすでに満身創痍で今日はこれ以上の戦闘はできない。


 魔物と出会わないことを祈りながら、地図で現在位置を確認しながら進む。エルロンが目立つおかげで、地上からも今どこにいるのか大体わかるのはありがたい。


 幸運なことに帰りは魔物と出会うことなくルインの洞窟まで帰って来れた。


 魔物の死体を一旦外に放置して、洞窟の中に入る。


「ルイン。ただいま。」


「生きて帰って来れたか。お前に対する評価を上げなければいけないな。おかえりアミル。」


 俺は肩をすくめながらくたびれた笑顔で返事をする。もう本当に疲れた。


「ボロボロだけどね。それより、ルインはどうやってこの洞窟に入ったの?あそこより大きい入口があるんだよね?」


「あるぞ。ここから左に行ったところに垂直な大穴がある。そこから入ったのだ。」


 大穴…フライで見た時はそんなもの見つけられなかったが、ルインが言うのだからあるのだろう。


「ありがとう。ちょっと待っててくれ。」


 俺は杖を片手に洞窟から出て、魔物の死体と自分にフライの魔法をかける。


「翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」


 魔物に見つかりたくないので、出来る限り高度を落としながらルインに教えてもらった場所まで飛んでいく。


「ほんとにあった。」


 朝は岩山に隠れていて見えなかったが、そこには大きな穴が開いていた。確かにこの大きさならルインも入って来れるだろう。念のため穴の周りを観察して、魔物がいないか確かめる。


(なにもいないな。)


  魔物がいないことを確認したら再度フライをかけて穴を降りていく。穴はそれほど深くはなく、すぐに地面に着く。そして、そこからは横に洞窟が伸びている。


 そのまま洞窟を進んで行くと地底湖に出た。透き通った水が地面から湧き出しており、少し低い位置にある小さい洞窟に水が流れている。


(…どこここ?え、俺間違えてないよね?)


 なんでだよと思いつつ周りを見ると、まだ上の方に道が続いていた。早とちりしてしまったことを少し後悔して、そのまま洞窟を進む。それにしても綺麗な洞窟だ。パッと見ただけで周りにはいろんな鉱石が埋まっているのがわかる。体力が回復したら次はこの洞窟を探索すべきだろう。


 そんなことを考えている内にルインがいるいつもの場所に出る。


「おーい。」


 俺は手を振りながらルインから少し離れたとこに魔物の死体を降ろす。ルインは感嘆しながら、倒した魔物に目を向ける。


「中々大物じゃないか。よく倒せたな。」


「まあ、何回死にかけたかわからないけどね。ルインのアドバイスのおかげで倒せたよ。ありがとう。」


 俺はルインにお礼を言って魔物の解体を始める。毛皮、肉、内臓、外殻、法力器官、魔石、骨。法力器官は触れて魔力を通せば魔法が発動するので、それで見分けることができる。解体したもの全てに一応魔力を通していく。見落としている法力器官があるかもしれないからだ。


「お…?この蹄も法力器官だったんだな。」


 解体したものの中で反応したのは蹄と牙の二種類だ。牙が二本、蹄は四つ手に入れることができた。


「ふぅ…これでよし。それにしてもかなりでかい魔石だな…」


 ここまでの大きさの魔石は今まで見たことない。50cmくらいある。売ったら一体いくらになるんだろう。だが、今はお金よりも優先すべきものがあるのでルインの元まで魔石をころころ転がす。


「はい、これ魔石。これでどれだけ回復する?」


 ルインは魔石を丸呑みし、目を閉じて少し待つ。目を開けるとルインが話し始める。


「これくらいの大きさならあと三十個くらいで飛べそうだ。」


「三十個…」


 ある程度は覚悟していたが、思っていたより数が多い。この一個を手に入れられたのも相当運が良かっただけだ。


 俺がこの先に絶望しているところに、ルインから声をかけられる。


「それで、提案があるのだが…」


 俺は顔を上げてルインの方を見る。状況はもう十分絶望的なのに、魔石以外にも何か必要なのだろうか。


「私の、竜の魔法を覚えてみる気はあるか?」


 俺は一瞬何を言われたのか理解できずに、その場で棒立ちになる。


「竜の…魔法…」


「そうだ。だが、人の身で扱うのはかなりの難易度になるだろう。それでもやってみるか?」


 俺は自分の杖を見つめる。俺の限界は中級のブリザードランスだ。そんな俺に竜の魔法が使えるのだろうか?強力な魔法にはそれ相応の魔力が必要になる。中級ですら連続で数発しか撃てないくらいの魔力量の俺に…


 それでも、少しでも習得できる可能性があるのなら────


「やらせてくれ。」


 俺は覚悟を決めてそう返事をする。ルインが言っていた通り、どんな反動があるのかもわからない。しかし、今の俺の実力ではいずれ魔物に殺されるのは自明の理だ。さっきだって相性的には有利な相手と戦ったのにギリギリの勝利だった。


 俺は魔境のヤバさをまだ軽く見ていたことを今日一日で嫌というほど理解した。このままではここではやっていけない。


「わかった。だが、今日はもう限界だろう?教えるのは明日からにしよう。」


「そうしてもらえると助かる。肉も燻製にしたいからな。」


 ルインに返事をして解体作業に戻る。毛皮も水で洗って鞣す必要があるし、肉も適切な大きさに切り分ける必要がある。


 とにかく時間が足りない。魔力回復薬を飲んだので魔法の使用は問題ないが、日が沈む前に全部終わらせておきたい。


 俺は急いで作業に取り掛かった。


─────────────────────────


「お、終わったぁ…」


 俺は大の字になって地面に寝転がる。もう太陽なんて何時間も前に沈んでしまった。燻製用の枯れ葉と枯れ枝は先に集めておいたのでそこはよかった。


 問題が起きたのは肉を切り出していた時だった。肉自体は柔らかく、最初はテキパキ作業が進んだのだが、だんだん血油でナイフの切れ味が落ちてきたのだ。血抜きの時間が短すぎたのか、部位によっては何回もナイフを洗う羽目になった。


 全ての肉を何本もの木の枝に突き刺し、二回に分けて煙でいぶした。そこから更にきつかったのが皮から肉を剥がす作業だ。


 もう全身の力を振り絞ってそぎ落とした。「あああああー!キツイー!!」と叫び、息を切らしながらなんとかやりきった。皮の周りの肉だけ異様に硬かった。それにとにかくデカい。肉を剥がす面積が広く、何時間もかかってしまった。今は魔法で油を分離させて手もみで洗った後、地底湖の中に重りを付けて沈めてある。油は容器の中に取ってある。あとで使う場面がある。


「ああーめんどいよぉ…」


 だが、せっかく手に入った貴重な資源だ。無駄にはしたくない。それに、食料も当面は食うに困らないだけはある。明日は皮をまた何回か洗う必要もあるだろう。それに鞣すようの材料も集めなければいけない。


 余りの疲労感にダウンしてるとルインからねぎらいの言葉がかけられる。


「頑張ったな。何をしているのか私にはよくわからなかったが。」


「あれやらないと柔らかい毛皮にならないんだよ。でも、こんなにキツイ毛皮の処理初めて。」


 俺は起き上がって今日の夕飯用に焼いておいた肉を取りに行く。いい匂いだ。これだけ頑張ったのに毒があったら俺はもうやっていけない。


 一応肉の欠片を鳥に食べさせたが、特に問題はないようだった。


「いただきます。」


 かぶりついた肉は柔らかく、今日一日の頑張りが全て報われた気がした。ああ、肉ってこんなにも美味しかったんだなという悟りを開きそうになる。それくらいうまかったのだ。


「そんなに美味しそうに食事をする奴は初めて見た。」


「うまいんだからしょうがないだろ!それに一日中何も食べてなかったんだ。死ぬほどうめぇよ!」


「そ、そうか。」


 特に味付けはしてなかったが、肉の旨味だけでも十分だった。


 俺は肉をあっという間に平らげた。


─────────────────────────


 食事を終えた俺は眠気を我慢しながら地底湖で水浴びをしていた。


 今日一日汗もかいたし、明日も朝早くから行動しなければいけない。体を洗ってしっかり体を休める必要がある。


 それにしても近場に綺麗な水場があるのは助かった。元々魔法があるので飲み水の心配はしてなかったが、皮を洗うのは大量の水が必要になるので地底湖があってよかった。水も流れており、端で体を洗えば水質が悪化することもないだろう。


「ふぅ…」


 それにしても本当に疲れた。明日もやることは山ほどある。


 家族…両親はどうしているだろうか?行方不明になった俺を探しているのだろうか?カリンの周辺を探しているのだとしたら探しても無駄なのだが、それを伝える術がない。


「母さん…父さん…」


 俺は寂しい気持ちになりそうなのを我慢して冷たい水を頭からかぶった。


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