第4話 探索
ごつごつとした感触が背面にある。腰が痛くて寝返りをうつが、どれだけ転がっても硬い床から解放されることは無い。
俺は諦めて目を覚ます。
俺が魔境に転移させられて一日が経った。硬い洞窟の床に外套を敷いて、リュックを枕代わりに寝たが、案外寝れるものだ。背中と腰への激痛のおまけつきだったが。
「起きたか。」
俺は床に座り直して上を見上げる。そこにはすでに起きていたルインがいた。
「おはようルイン。調子はどう?」
「おはよう。呪いがなくなったおかげで久々にゆっくり眠れた。さて、先ずは体を伸ばすといい。お前にとっては寝ずらかっただろう。」
「そうさせてもらうよ。う~ん…」
俺は体を伸ばしながら、洞窟の入り口から差す日光で脳を起こした。
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朝食を食べながら俺はルインに話しかける。
「ルインは食べなくていいのか?」
「この年齢になれば食べても食べなくても生きていける。竜は周囲から魔力を取り込んで生きているから、魔石以外を食べる意味はあまりないな。好き好んで食事をしてる奴もいるが私は食べない。ここにはうまいものも大して無いしな。」
竜が魔力を取り込んで生きているとか初めて知った。こんなことはギルドで売っている魔物の情報にも載っていなかった。
ギルドには各魔物についての情報が売られている。魔物の弱点や生息地に関することが載っていることが多い。情報料はとても安いので、討伐対象が初めて戦う魔物の場合、情報を買っていく人の方が殆どだ。
こんなことになるなら魔境の魔物の情報も買っておけばよかった。今更後悔しても遅いが、そう思わずにはいられなかった。昨日の魔物だって見たことがない種類だった。
「ルインってここら辺の魔物の情報持ってたりする?」
「悪いが持ってない。自分より弱い奴に対して興味もないからな。だが、地形の情報なら少しは覚えているぞ。」
なんとなく予想はできたが、魔物の情報は得られそうになかった。だが、地形の情報を得られるのは大きい。これからこの洞窟を拠点にするのなら、周辺の地形の情報はいつか調べなければいけなかった。
俺は朝食を食べ終わり、外の探索の準備をする。とは言っても残っている回復薬の数を数えて、マッピング用の紙とペンを用意するだけだ。ここを中心に探索を行うので邪魔になりそうな荷物は置いていくことにした。調合道具とか探索には必要ない。
普段は仲間に任せていたマッピングもこれからは自分でやらなければいけない。そこまで細かいものは必要ないので、大まかな地形が把握できればいい。それくらいなら自分でもできる筈だ。
「じゃあ、最初は洞窟の周りを探索してくる。」
「気をつけてな。危険を感じたらすぐに戻って来い。私の気配のおかげで並みの魔物はここには来ない。ここは安全だと思っていてくれ。」
「わかった。行ってきます。」
俺は坂道を登って洞窟の外に出る。振り返ってみると俺が居たのは木が一切生えていない岩山の中だった。ルインがこの小さい入り口から入れるとは思えないので、別の大きな入り口があるのだろう。探索を終えて帰ったらルインに聞いておかなければいけない。
まだ日は低い。耳を澄ますが魔獣の鳴き声は聞こえてこない。わざわざ朝早く起きた甲斐があった。
魔物も生きているので当然睡眠をとる。夜行性の魔物もいるが、そいつらからすればこれから眠る時間ということになる。昼行性の魔物もまだ殆ど寝ているだろう。つまり探索を行うならこの時間帯しかない。この魔物たちが寝静まっている内にできる限り情報を得なければいけない。
「翼を持たぬこの身に、天に駆け寄る可能性を与えたまえ────フライ」
俺は飛行魔法を唱えて空へ浮かんでいく。昼間にこんなことをすれば飛行型の魔物のいい的だ。飛行魔法は効果が切れるまで自由に空を飛ぶことができる。だが、効果時間は短いし、速度もそれほどでない。戦闘にはあまり向いてないので使うのは久々だ。
上空で止まるとまず最初に太陽が昇る位置を確認する。
「日の出の位置はあっち…なら北はこっちか。」
火が出た位置から方角を確認して地図に書き込む。これでどちらに行けば帰れるのか大体把握することができた。
「次。」
次は近くの地形を確認する。時間は限られているので目立つ地形だけを地図に書き込んでいく。巨大な一本の木、赤い森、三つの小さな湖、激流の川、灰色の大地。
ルインの洞窟を中心にした地図を書き上げる。
「ふぅ…もう時間か。ん?」
地面に降りていく間に何か白いものが見えた気がした。だが、それは一瞬のことでよくは見えなかった。
一体何だったのか少し気になったが今はルインの元に戻ることを優先した。
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「────という感じだった。これらの地形について何か知ってるか?」
俺は見てきた光景をルインに話す。ここに来たばかりの俺ではこれらの地形がどのような生態系を有しているのか全く分からない。でも、ルインは違う。
「そうだな…私が知るかつての地形とは大分変わっている。だが、知っているものもいくつかある。まず西にある巨大な一本の木だが、ここはエルロンと呼ばれていた。エルロンにはハーピィと呼ばれる亜人が集落を作っている。戦闘能力もそれなりに高く、空中戦ではまず勝ち目はないだろう。ここには近づかないことを勧める。」
「エルロンとハーピィか。わかった。他にわかるのはあるか?」
俺は地図に付箋を貼って、そこにルインに教えてもらった情報を書き込む。
「次は北の灰色の大地だ。ここはラクストと呼ばれている。ここには骸竜という奴が居る。普段は大人しい奴だから近づかなければ襲われることは無い。ねぐらから出てくることも稀だしな。ここも行かない方が良いだろう。」
ラクストと骸竜。骸竜が何かは知らないが多分強力な竜なんだろう。ここにも付箋を付けておく。
「さて最後だが、南に三つの湖があったと言ったな?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「そこはかつて巨大な湖があったのだ。コーディルと呼ばれていた。おそらく水量が減って今の三つの小さな湖になったのだろう。ここにはこれと言って強力な魔物が居た記憶はない。食料の調達を考えるならここしかないだろう。」
俺は東から順番にコーディル第一、第二、第三湖と書き込む。
「比較的安全、か。」
このコーディルの周辺で土属性の魔物を探すのが一番良さそうだ。俺はルインにお礼を言う。この情報の価値は計り知れない。うっかりエルロンに行っていたら俺はすでに死んでいたかもしれない。
「ありがとうルイン。じゃあ、コーディルに行ってみるよ。」
「気を付けてな。私が言った情報もかなり昔のものだ。今では強力な魔物が棲みついている可能性も十分にある。」
「わかった。行ってきます。」
俺は情報を書き足した地図を持って再び洞窟を出た。
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森の中に魔物の鳴き声が木霊する。既に日は高く上り、魔物もすっかり目を覚ましている。俺は周囲を警戒しながら進む。右手に杖を、左手に地図を持っているので両手が塞がって普通に危ない。しかし、いざという時に杖を持っていないとすぐに戦闘に入ることができない。仕方がないのでそのままで行く。これも早く改善しなければいけないだろう。
幸い魔物に襲われることはなく、コーディル第一湖にたどり着けた。
湖の周囲は開けており、見通しがいい。これなら魔物に襲われることがあっても相手を発見しやすいだろう。少なくとも昨日みたいに超近距離で魔物に出くわすということはなさそうだ。
「はぁ…」
俺は少しため息をついて湖に近寄っていく。周囲を警戒しながら一人で森を進むのはすごく疲れる。今まで俺はパーティの一番後ろで守られながら討伐依頼をこなしてきた。
(一人で全部やるのって、こんなに大変だったんだな…)
仲間たちがどれだけ頼りになる存在だったか思いを馳せる。みんな今頃何をしているだろうか。俺の代わりに新しい後衛は加入できただろうか。みんな攻撃魔法は使えないから、物理攻撃が効きにくい魔物には苦労しているだろう。
「帰りたい…」
自分だけが孤立している状況に気分が落ち込んでくる。
「こんなことになるならみんなで転移すれば…っ!!」
俺は馬鹿な事を考えた自分の顔をぶん殴る。それだけは自分自身でも否定してはだめだ。あの時みんなを突き飛ばしたから俺以外は助かったんだ。そうだ。俺が助けたんだ。みんなで地獄を味わうより俺一人だけの方が良いに決まっている。
あの時の行動は正しかったんだ。それだけは絶対そうだ。
俺は気持ちを切り替えて湖の中を覗き見る。水は綺麗で底にある水草や魚まで見える。
「普通の魚っぽいな…」
釣り竿か投網があれば捕まえられるかもしれない。第一湖には普通に魚がいることをメモする。
それにしてもどの魚も綺麗な見た目をしている。腹は肉厚だし、普通においしそうだ。なにか捕まえる方法はないかと周りを見ていると、森の中から何かが飛び出してくる。
「うわあ!!」
膝をついて湖を見ていた俺は転がるように回避をする。魔物は木に激突して轟音を立てながらこちらに向き直る。木はバキバキと音を立てながらへし折れる。
そいつは猪型の魔物だった。
「クソ!せっかくここまで魔物に見つからずに来れたのに!」
魔物とエンカウントしたことに悪態をつきながら地図をしまって、杖を構える。だが、相手の魔物をよく観察してみる。大きく発達した巨大な牙、太い蹄。ごつごつした頭の質感からするにおそらく土属性。
「ははっラッキーだ。」
こんな都合がいい魔物が向こうから来てくれるなんて。探す手間が省けた。俺は距離が開いている内に素早く魔法を詠唱する。
「大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ!ブリザード・ランス!」
先手必勝だ。最初から出し惜しみなく最高火力の魔法を撃ち込む。魔物の目の前で巨大な氷塊が出現する。
「ガアアアア!!」
「!?」
魔法が着弾する直前で魔物が叫び声をあげて魔法に突進する。すると俺が発動したブリザードランスは粉々に砕け散った。
「マジかよ…誰だよラッキーとか言った奴…」
俺はすぐに来た道を引き返す。当然魔物もすごいスピードで追いかけてくる。周りに生えている木や岩を吹き飛ばしながら一直線に突っ走ってくる。障害物なんてお構いなしだ。牙が青く光っており、何か魔法が発動している。
後ろを見ながら魔物に突き飛ばされる直前で横方向に逃げる。突進をくらえば間違いなく致命傷だ。回復薬で治るレベルではないだろう。
突進攻撃は直線的なので何とか回避することができる。こいつの法力器官は間違いなくあの牙だ。どうゆう魔法を使っているのかはわからないが、あの異常な突進力を生み出しているのはあの牙だろう。
「はぁ、はぁ…!」
ルインがいる洞窟まではまだ距離がある。このペースで逃げていても体力的にいずれ追いつかれる。
「うわあ!」
逃げる事に必死だった俺は木の根に躓いて転んでしまう。魔物がそれを見て今まで以上の速度で突進してくる。
「う、うおお!!」
魔物と接触するギリギリで回避する。危ないところだった。もしリュックを背負っていたら、今の回避は間に合わなかっただろう。
魔物は木に激突して、その木をへし折る。そして、その場で止まってこちらに向き直ろうとした魔物に、へし折った木が上から倒れてきた。その木の衝撃を受けて魔物が若干よろめく。
(なんだ?なんで今ダメージを受けた!?)
今までだって何回も木や岩に激突してきたのに、ダメージを受けてる感じはなかった。それが急によろめいたのだ。今までと違う何かが今の倒木にはあったのだ。
(まさか…いや、試してみる価値はある。)
俺はポーチの中からマジックアイテムを取り出す。これはラックマーカーと呼ばれているマジックアイテムだ。その黄色の石ころのようなものを魔物に向かってぶつける。当然この程度のことではダメージを与えることはできない。しかし、このラックマーカーはぶつけた相手の位置を短時間ではあるが、どこに居ても把握できるという効果がある。
(よし。次だ。)
俺は魔物の突進を回避した瞬間に杖に魔力を込めて詠唱を開始する。使うのは土属性の低級魔法。
「吹き荒れる嵐よ、砂を纏って光かき消せ!サンドフィールド!」
杖が光り、周りに砂嵐が発生する。俺は布を口につけて砂を吸い込まないよに姿勢を低くして移動する。
この戦術は今までも何度か使ったことがある。相手の視覚を遮ることができるのはとても強力だ。普通ならこちらも相手を見失ってしまうが、ラックマーカーのおかげで一方的に相手の位置を知ることができる。
俺は魔物に気付かれないように背後に回り込む。魔法の効果がきれない内に次の魔法を準備する。
「大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ!ブリザード・ランス!」
俺はさっき弾かれたブリザードランスをもう一度魔物に向かって撃ち込む。だが、今度は弾かれることなく氷の槍が魔物の体を貫く。
「ぎゅうううう!」
「まだまだぁ!!大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ!ブリザード・ランス!」
二回目のブリザードランスと同時にサンドフィールドの効果がきれる。魔物が氷が刺さった状態でこちらに振り向こうと足掻くが、もう遅い。
氷の槍で再度体を貫かれ、魔物の体が僅かに痙攣した。そして、そのまま大量の血を流しながら倒れ込んだ。
「はぁ!はぁ!」
俺は魔力回復薬を取り出して、一気に飲み込む。魔力切れで震えていた手足に温度が戻ってくる。
「はぁ…はぁ…はは。」
余りに激しい戦闘をしたせいか、無意識に笑いがこみ上げてきた。俺は自分で倒した魔物に近づいてその場に座り込む。息もきれて足もガクガクだ。もうこれ以上走ることはできない。本当にギリギリの戦いだった。あの法力器官の仕組みに気付かなければ死んでいたのはこちらだっただろう。
あの法力器官の効果範囲は牙の周りだけだったのだ。
結局どんな魔法が発動していたのかはわからなかった。だが、あの倒木のおかげで、あの魔法が全身を守っていないことがわかった。そのおかげで突破口を見出し、何とか勝つことができたのだ。
要は前は守れても後ろはがら空きだったということだ。
強力な魔物だったことは間違いない。正面からの撃ち合いではまず勝てなかっただろう。
「帰ったらルインに感謝しないとな。」
俺は初めての狩りを何とか成功させたのだ。
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