第3話 目標
「それで、アミルはなんでここに来たのだ?」
横に座っているルインがそんなことを聞いてくる。
「そういえばまだ説明してなかったな。実は────」
俺は手持ちの干し肉を食べながら答える。元々俺はここには住んでいなかったこと、悪魔との戦闘でこの魔境に飛ばされたこと、仲間と離れ離れになってしまったこと。
ルインは俺の説明を黙って聞いていた。
「で、ルインのいる洞窟にたどり着いたんだ。そこから先は知ってる通りだよ。」
俺は今日あったことを全部話し終えた。振り返ってみれば激動の一日だった。本当に良く生きていたと思う。
ルインがこちらを見ながら口を開く。
「…ならば、私の呪いを解きに来たというのははったりだったのか?」
俺は干し肉を食べるのを止めてルインに向き直る。
「すいませんでした。あの時は生き残ることしか頭になくて咄嗟に口を突いて出てしまいました。」
俺はルインに向かって頭を下げる。こういう悪いことをしたときはすぐに謝った方が身のためだ。嘘をついたのは申し訳なかったが、生きる為に形振り構っていられなかったのだ。
「古竜である私の前で堂々と嘘をつくとは。お前は面白いな。よい。お前は私の呪いを治した。その結果だけで十分だ。」
ルインは俺の嘘を笑って許してくれた。心が広い奴で助かった。
「それで、アミルはこれからどうするのだ?」
俺は入口から僅かに見える夜空の方を向く。
「俺は帰らなきゃいけない。俺には仲間と家族が居るんだ。みんなの為にも絶対に帰る。」
都市には道具屋をやっている両親がいるのだ。
俺が回復薬をはじめとしたマジックアイテムを作れるのは、お父さんに製法を教えてもらったからだ。薬草の成分の抽出方法、品質を高めるための調合、そして保存方法。本当に両親には役立つ技術を教えてもらった。
「そうか。私はもうじき死ぬと思っていたから特にやりたいことはない。だから、お前に協力しよう。」
ルインが改めて協力を申し出てくれた。本当にありがたいかぎりだ。
「それに、仲間だから、な。」
「!」
ルインのその言葉に俺は嬉しくななる。そうだ。俺はまだ一人じゃないんだ。俺には新しい仲間ができたんだ。
「ああ。よろしく頼む。ルイン。」
俺もルインに笑いながらそう言った。
「さて、ならばお前の力がどれくらいのものか、見せてもらおうか。その後で今後の方針を決めよう。」
俺は杖を握って立ち上がる。竜に実力を見てもらえる機会なんて、普通に生きていたら絶対にできない貴重な体験だ。
俺は持ってる魔法の中でどれを発動するかを考える。俺がどれくらい戦えるかということなら、やはり攻撃魔法がいいだろう。
「よし、見ていてくれ。」
俺は洞窟の壁から生えているナジル鉱石に杖を向ける。
「大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ!ブリザード・ランス!」
悪魔に致命傷を与えたのと同じ魔法を撃ってみた。氷属性の魔法は俺が最も得意な属性だ。
魔法が着弾した場所には、四方八方につらら状に伸びた氷の塊ができていた。
「なるほど。最低限実践に使えそうな魔法だ。発動速度も悪くはない。」
俺が使える中で最強の魔法が最低限…自信を失いそうになる。これが最低限ということはあの熊型の魔物も逃げて正解だった。前衛もいないんじゃ魔法を連続で撃つことも難しい。
この魔法は詠唱がそれなりに長いので、今までは奥の手として使っていた。それに、普段の攻撃は仲間に任せることが多く、俺が攻撃に参加することは少なかった。
「えっと…これ以上強い魔法は使えないんだけど。俺ここで生きていけそう?」
魔境から元の都市、カリンに戻るまでは魔物との戦闘は避けられないだろう。それに食料の問題もある。水は魔法で作ることができるが、食料はここで調達する必要がある。食料、つまり魔物を能動的に倒していかなければならないということだ。
ルインは少し考えた後に氷の塊を再度見る。
「力とはその大きさではなく、使い方が重要だ。これだけ威力があるなら大丈夫だ。やりようはある。」
使い方…真正面からの撃ち合いじゃなくて何か奇策を用意しろということだろうか?
「氷の魔法の使い方か。」
今までだって魔物相手に奇襲を仕掛けることもあった。だが、それだけではここでは通用しないだろう。
俺はブリザードランスの特性をよく考える。
着弾点に大きな氷塊を作り出し、周りにいるものを全て凍りつかせる。
「当たり前だけど、低温に弱い敵には効きやすい…とか?」
俺はルインに聞いてみる。こういうのは意見はたくさん出した方が良い。その意見が要らなかったかどうかは後で判断すればいい。アイデアの量はそれだけで強みに成りうる。
ルインは俺の考えを聞いて目を閉じる。
「そうだな。当たり前だ。だが、それが真理だと私は思っている。わざわざ自分の苦手な分野で勝負することはない。自分の有利を最大限生かして戦えばいい。」
そうだった。今までは受けた依頼の魔物を倒さなければいけなかった。そのせいで時には魔法攻撃が効きにくい相手とも戦ってきた。でも今は倒す魔物は自由に選べるのだ。これだって当たり前のことなのに、今までの戦いで考え方が凝り固まっていた。
俺は魔法の相関関係を思い出す。
土属性は雷属性に強く、雷属性は水属性に強く、水属性は火属性に強く、火属性は氷属性に強く、氷属性は土属性に強い。その他は属性を持たない無属性の魔法に分けられる。
「食料として狙うなら土属性の魔物だな。」
手持ちの食料はあと一食分しかない。何とかして明日中に食料を手に入れなければいけない。
「あとすまないが、私はまだ呪いの後遺症のせいで本調子には程遠い。戦力にはなれないぞ。」
「え?」
俺はその言葉を受けて固まってしまう。いざとなればルインに何とかしてもらえばいいと思っていた俺の考えが、音を立てて崩れていく。
「あの呪いは私の生命力を直接削りに来ていたからな。魔石を取り込めば早く回復できるが…」
「魔石を手に入れるにも、魔物を倒さなければいけない、か。」
ルインの助けが無ければ俺はおそらく帰ることはできないだろう。今日だって魔物一匹に死に物狂いで逃げてきたのだ。だが、そのルインの力をと戻すには魔石が居る。魔石を集めるのは時間が掛かるだろう。俺の魔力量なんてたかが知れている。運が良くて一日一匹がいいところだ。そしてその間に食つなぐにも魔物を討伐する必要がある。
「魔石を集めれば、ルインは動けるようになるんだな?」
俺は確認のためにルインに質問する。
「そうだ。空を飛んで長距離を移動することもできるだろう。」
細い希望だが、なんとか光明が見えてきた。ルインに魔石をあげて本来の力を取り戻してもらう。そして、ルインと共に家に帰る。
だが、それを実行するにはこの周辺の情報が足りない。この周りにどんな地形があるのか、どこに危険な場所があるのか調べなければいけない。
「それじゃあ、明日に備えて寝るか。寝れるかわかんないけど。」
床はごつごつしたなので明日にはこれも何とかしなければならないだろう。
鞄を枕にしてローブに身を包んで、俺は目を閉じた。
─────────────────────────
「だから、悪魔が居たんです!それで、アミルが目の前で居なくなっちまって…!」
俺は討伐屋ギルドの職員にアミルの消えた時のことを話していた。
あいつがどこに行ったのか俺たちは全く分からなかった。アミルが消えた後、周りを探したが、彼を見つけることはできず、仕方なくカリンの街まで帰還した。
そして、今はアミルの行方不明者届を出している最中だった。
「落ち着いてください。ルカさん。悪魔が居たというのは本当なんですか?」
「本当だ。あの青い肌は見間違いようがないぜ。俺たちの斬撃も殆ど効いてなかったし、まず間違いない。」
俺の話を聞いて、職員は暗い顔をする。
「残念ですが、アミルさんは悪魔の転移魔法でどこかに跳ばされた可能性が高いです。」
「そのどこかっていうのは?」
俺は藁にも縋る思いでアミルが飛ばされた先のことを聞く。職員は地図を取り出し、机の上に広げる。
「知っての通り、悪魔は最北の地獄の門からこの世界に出現していると考えられています。そして、悪魔はこの世界で倒しても、地獄で復活する。悪魔がアミルさんに報復するつもりなら、彼が転移したのは…魔境の可能性が高いです。」
俺はその答えを聞いて、愕然とする。魔境に一人きりで行って、生きている訳がない。
「そんなん…信じたくねえよ…!」
右に座っているメルクも自分の膝に拳を振り下ろす。カインも苦々しい表情をしている。
それもこれも全部リーダーである俺の不注意のせいだ。悪魔を倒したことを俺がしっかり確認しておけばこんなことにはならなかった。
だが、それ以上に三人共思っているとこは同じだった。
(あの時、あの一瞬早く、アミルの手を取っていれば…!)
俺はそれを後悔してもしきれなかった。
─────────────────────────
「なあルカ、これからどうするんだ?」
俺たちはギルドから出て、カリンの近くにある草原に来ていた。ここは俺たちにとっての思い出の場所だ。
その中心にある一本の木。
俺はそれに触れて、当時のことを思い出す。俺たちは昔にもアミルに命を助けてもらった。今回もそうだ。
「あいつはあいつの生き方を貫いた。ならば俺たちもそうしなければあいつに顔向けすることができない。」
俺は振り返って、二人に向けて拳を突き出す。二人は困惑していたが、俺は構わず言葉を綴る。
「俺たちはあいつの意志を継ぐ。最強の討伐屋になって、あいつの分まで人を守るんだ!」
俺の答えを聞いて二人も気持ちを固めたようで、拳を突き出す。
「そうだな。やれるだけやってやる!」
「どっかにいるアミルにも俺たちの名前が聞こえるくらい強くなってやろうぜ!」
俺たちのランクは六。最強と言われる討伐屋のランクは九だ。俺たちは必ずそこまで上り詰めてやる。
俺たちはそこで、アミルの分まで強くなると心に決めたのだった。
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