第2話 仲間
俺が目を開けるとそこは森の中だった。俺の手には杖が握られている。鞄もポーチもある。だけど、そこに三人の姿は無かった。
「おーい!みんな?いないのか?」
さっきの戦闘で一体何が起こったのか?
俺は考えを巡らせてみる。
さっきの魔法が発動した途端俺は見知らぬ土地に居た。
「転移魔法…」
空間を操作する転移魔法は非常に高度な魔法で、人間に使える人はほぼいない。当然俺も使うことができない。
悪魔が最後の力を振り絞って使ったのが攻撃魔法じゃなく、転移魔法。そこから考えるとここがどこかなんとなくわかってくる。
俺を転移させて俺が不利になる場所。そして、森の中。空を飛ぶ巨大な魔物。
ここは魔物の領域、魔境だ。
(そんな…お、俺は一体どうすれば…)
俺が絶望の淵にいると、突如木の影から熊型の魔物が現れる。俺の三倍はある大きさで、黒い毛皮に赤い甲殻を付けている。
「不味い不味い不味いっ!」
俺はあたふたしながらも急いでその場を走り出す。切り札のスクロールはさっき使ってしまった。
いや、ここが本当に魔境だとしたら俺が作った程度のスクロールじゃ歯が立たないだろう。
それに前衛がいないと詠唱をする時間を作ることさえできない。
俺は杖を握りながら必死に走る。後ろの魔物は全力で追ってきていた。
名前も知らない魔物だが、俺が相手どれるような相手ではないのは魔力量を見れば一目瞭然だった。
掴まればその時点で死ぬ。
俺は必死に足を動かしていた。木を障害物にしながらくねくねと森の中を走る。
魔物は業を煮やしたのか爪を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろした。すると、衝撃波が発生し、こちらに遠隔の斬撃が飛んでくる。
「ぐぅぅ…!!」
俺はぎりぎりで攻撃を回避したが、衝撃波は前にあった木を何本もなぎ倒していく。あんなもの受けきれるわけがない。
俺は恐怖で泣きながらも急いで立ち上がって走る。
少しでも逃げないと。少しでも距離を取らないと。
そうして必死に逃げている内に俺は洞窟の中に転がり込んだ。
「うああああ!!」
しかし、洞窟の奥は坂道になっており、俺は転げ落ちてしまう。
何かにぶつかって俺は洞窟の中で止まる。上の入り口を見上げると魔物は追って来てはいなかった。あの大きさでは狭い入口を通ることはできないだろう。
だが、まだ安心することはできない。この洞窟にも何が居るかわからないんだ。幸い洞窟に光る水晶────ナジル鉱石のおかげで周りはよく見える。
俺は後ろを振り向くと何か白い壁があるのが目に入った。これにぶつかって俺は止まったらしい。俺は周りを見渡すが魔力の反応は壁と鉱石からしかない。どうやらここは安全のようだ。
壁からかなり強力な魔力が溢れているが、なんだろうか?
しかし、綺麗な壁だ。表面が若干虹色に光っており、思わず目を奪われる。
「魔物にこんな技術があったなんて…」
俺が白い壁を辿っていくと黒い壁になる。ここからなんか、表面の感触がごわごわしたものに変わった。
「なんなんだこの壁…」
俺はぼーっとそれを眺めているとどこからともなく声をかけられる。
「それは呪いだ。」
俺は急いで壁を背にして杖を構える。こんなところで声をかけてくる奴なんて敵に決まっている。前衛が居ないのは心許ないが、すでに壁際まで追い込まれてしまっている。さっきと違って逃げる事ができない。
それにどれだけ魔力を感知しても敵の反応が分からなかった。俺は少しでも時間を稼ぐために会話を試みる。
「…呪いって、このままだとどうなるんだ?」
早く敵を見つけようと声の出どころを探す。
「このままだと、体を浸食されて死ぬ。」
俺は声がどこから聞こえてきているのかわからずに、焦り出す。洞窟の中なので音が反響しまくって場所がつかめないのだ。
「それは大変だな…それよりそろそろ顔を見せてくれてもいいんじゃないか?」
近づかれる可能性は上がるが、敵が見えない方がヤバい。
「そうだな。失礼した。」
何かが動く音が洞窟内に響き渡る。この音から察するに相手はかなりデカい。
俺は影が自分の上にかかったのに気づいて後ろを振り返る。
そしてその正体を見た時俺は再び絶望の淵に落とされる。さっきの魔物の方が勝ち目があったかもしれない。
「ああ…マジか…」
俺は勘違いをしていた。壁だと思っていたものが動いている。そこから翼と手足、尻尾と顔があることに気がつく。
俺がさっきから話していたのはこの巨大な白い竜だ。
「ルイン・アグリドゥムだ。それで小さきものよ、なんの用でここに来た?」
俺は気圧されそうになるのをなんとか踏みとどまる。ここで挫けてはだめだ!まだ俺は死んでない!
俺は泣かないように歯を食いしばりながら竜────ルインを見上げる。
逆に考えるんだ。さっきの魔物と違って会話ができる。悪魔と違って急に攻撃もしてこない。そして俺の手元にはまだ装備がある。俺のリュックの中にはもう一つの切り札がある!
「こ、こちらも名乗るのが遅れて失礼した。アミル・マインだ。今日はあなたと取引がしたくてここに来た。」
完全に嘘だ。もう後に引くことはできない。
俺は一呼吸置いてからとある提案をする。
「あ、あなたの呪いを解呪する代わりに、俺の願いを聞いてほしい!」
竜は目を細めながらもこちらを見てくる。
「ほう…ならばやってみるがよい。もし解呪できたなら望みを聞くと約束しよう。できなければ早々に立ち去ることだ。」
声色からあまり期待はされてないようだった。当然だ。こんな巨大な竜を蝕む呪いなんだから超が付くほど強力な物だろう。
しかし失敗しても立ち去るだけでいいなんて器が大きい奴だ。物語だと竜を誑かそうとして失敗した悪人は食われるのがお決まりだ。
竜は全ての魔物の中で最強だ。そして、魔物の中で数少ない言葉を操ることができる種でもある。言葉を操ることができるということは魔物の固有の魔法以外に、詠唱で魔法を使えるということだ。それが、どれだけ強力かは言うまでもない。
魔物には魔法を詠唱しずに使う器官────法力器官というものがある。さっきの熊型の魔物なら爪から衝撃波を出していたので、爪が法力器官になる。一般的に法力器官は多くても最大三つだ。その制限を受けないとなれば竜が最強になるのは自明の理だった。
飛行も可能で相手によって魔法を使い分けることができるなんて強くない訳が無い。
そんな化け物を相手に交渉をするなんて、正気の沙汰ではない。だが、生き残るためにはこれしかない。
「それじゃあ、やります。」
俺はポーチから最後のスクロールを取り出す。
これはずっと保険の為に持っていたものだ。入手できたのもただの偶然で、もう一度入手しようとすればお金がいくらあっても足りない。
「これをお前に託す。どう使うかは自分で決めなさい。売ってお金にするのも良し、万が一の時の為に持っておくのも良し。精々後悔がないよう使うにね。」
昔に魔法の師匠に言われたことを思い出す。独り立ちするときのお祝いでこれをもらったのも懐かしい思い出だ。
スクロールを紐解いて中に封じられた魔法を発動する。
「発動!マスターリブート!」
これは現在ある魔法の中では最高位の解呪の魔法だ。本来ならば、最強の魔法使いたちが複数集まってようやく発動できるという強さだ。
ああ、使ってしまった。いや、これでよかったのだろう。これは今日この日の為にあったのだ。
魔法が竜の体を包んでいき、黒く爛れていた場所が綺麗な白い鱗に変化していく。龍の体が白く発光して呪いが消えていく。
「なんだと!?」
竜は自分の体から呪いが消えたことに驚いている。
「まさか、まさかこんな魔法があるとは…見事と言う他ない。」
魔法の効果が終了し、竜の体から光がなくなる。しかし、体のあちこちにあった黒い部分は無くなり、そこには綺麗な純白の竜がいた。
「綺麗だ…」
俺の口からは無意識にそんな言葉がこぼれた。
本当に、今まで見たどんなものよりも美しく見えたのだ。
「そんな言葉を掛けられるのは随分と久しぶりだ…礼を言わせてくれ。ありがとう。そして、すまなかった。私はお前の言葉を信じてはいなかった。お前のような小さきものがこのような魔法を使えるとは…ここに謝罪する。」
竜が僅かに頭を下げる。俺はその光景が信じられずに呆然としていた。竜が、あの最強と言われている竜が、俺に頭を下げた。その事実が衝撃的過ぎて俺は腰を抜かしてしまう。
「は、はは…いや、解呪出来てよかったです。」
俺は力なくつぶやいた。これほど美しいものを見たせいか、それとも死ぬギリギリの淵に居たせいか感情がおかしくなっているみたいだ。
「それで、願いとはなんだ?」
竜がそう問いかけてくる。
「え?あ…」
一体何の話だと考えていると、自分で言ったことだと思い出す。ついさっきのことなのに気が動転して忘れてしまっていた。
「そうですね…」
俺は何を願うべきか思い浮かばず、呆けていると仲間の顔が浮かんでくる。
あの三人は今どうしているのだろうか?ちゃんと都市に戻って依頼を完了できただろうか?生憎と討伐証明の部位は俺が持ってきてしまった。これでは死体を直接ギルドまで持って行くしかないだろう。なんだか、申し訳なってくる。
俺が居ないと死体を運ぶのもかなりの手間だろう。これからはもうマジックアイテムを作ってやることもできない。
そんなことを考えていると、とある考えが思い浮かぶ。
「俺の、仲間になってくれ…」
それは願いと言うよりは独白に近かった。仲間を離れ離れになってしまい、一人ぼっちになった俺の前に現れた話が通じる存在。それが例え人ではなかったとしても、関係なかった。
魔境で一人ぼっちの俺はどうしようもなく心細かったのだ。
「小さきものよ。私は竜だ。本当にいいのか?」
竜が再度聞いてくるが俺は黙って頷く。
「そうか。小さきもの…いや、アミル。今日から私はお前の仲間だ。」
「え…?」
俺はその言葉に驚いた。いくら約束したとは言え、ただの口約束だ。契約魔法を使ったわけでもない。反故にしようと思えばできるものだ。それなのにこの竜…ルインは俺の願いを聞いてくれたのだ。
それはまさに絶望の中に現れた一筋の光だった。
「ああ、ああああっあり、ありが、どう!!」
俺は感情を抑えることができずにその場で泣き叫んだ。
これが俺の新しい仲間、ルインとの出会いだった。
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