魔境冒険

小土 カエリ

第1話 プロローグ

俺はいつものベッドの上で目を覚ます。


 窓からは光が差し込んでおり、暖かな陽気が部屋を照らしている。今日は天気も良さそうだ。


 俺は立ち上がって部屋を出て、宿屋の裏手にある井戸で水を汲む。冷たい水で顔を洗ってぼやけていた意識をはっきりさせる。


 昨日はマジックアイテムの開発に時間を取られて、睡眠時間が少なくなってしまった。


 俺は最後に前かがみになって頭から水を被る。首筋に冷たい水が伝わってきてブルっとなる。


「よし…」


 水浴びで意識をはっきりさせた俺はタライをひっくり返して元の場所に戻す。首にかけておいたタオルで水を拭きとる。水で冷えた顔に朝日が当たってとても気持ちがいい。


 俺は宿屋の裏から自分の部屋に戻ろうと来た道を帰る。すると、一階の廊下で若い女性と顔を合わせる。


 茶色い髪に大人にしては小さい背丈だ。後ろでリボンで縛った髪がゆらゆらと揺れている。ぱたぱたと小走りで動き回りながら、両手には洗濯物がたくさん入った籠を持っている。


「おはようアミルさん。朝食もうすぐできるから、早く支度して来てくださいね。」


 籠を持った女性は気さくに挨拶をしてくれる。俺も笑顔で挨拶をする。


「おはようございますアヌさん。今日もどんな朝食か楽しみです。」


 彼女の名前はアヌ・べルシアン。アヌさんはこの宿屋で働いている看板娘だ。


「期待しておいていいですよ!それじゃあ、また後で。」


 アヌさんが横を歩いていく。おそらく洗濯でもしにいくのだろう。朝早いのによく働く子だ。


 俺は二階の自分が泊まっている部屋に戻る。机の上に置きっぱなしになっている魔法書や、作成したスクロールを鞄にしまう。


 着替えを済ませていつもの装備を身に付ける。鎖帷子、レザーアーマー、深い緑色をしたローブ、自分の身長より少し低い程度の大きさの杖を持つ。最後に俺の討伐屋としてのランクと自分の名前────『アミル・マイン』が刻んであるタグを首から下げる。


 全ての荷物をチェックして、鞄を閉じようとする。


「あ、忘れてた。」


 俺は鞄の中からスクロールを一つとり出す。これは昨日作った戦闘に使うやつだ。これは鞄の中ではなく、腰に付けたポーチの中に入れる。


 他に入れ忘れていないものが無いか再確認して鞄を閉じる。大きな鞄を背負って杖を持ち、部屋から出る。


 一階に降りていくと仲間がすでにテーブルに着いていた。


「おっ来たか。アミルこっちだ!」


 赤い鎧を身に付けた目立つ男が手を振りながら話しかけてくる。この男が俺たちのチームのリーダーのルカ・アルバだ。短く切った髪に爽やかな笑顔を持っているイケメン。背中に背負った大剣を使って戦うチームのアタッカーだ。


「よっ。おはよ。」


 目が隠れるくらい長い前髪をしているこの男が斥候カイン・メディルだ。いつも灰色のマントを着けている。チームの探索役と戦闘のサポートをしてくれる。目と耳が良く、魔物の察知能力が長けている。


「なんか眠そうな顔してるけど大丈夫か?」


 三人目のこの男がチームのタンク役のメルク・ガイアだ。赤茶色の髪と魔物の素材でできた紺色の鎧を着ている。主に大盾と槍を使って敵の攻撃を受け、チャンスが来れば攻撃にも参加する。俺の詠唱時間を稼いでくれる要で、彼にはいつも世話になっている。


 この三人に魔法使いの俺を咥えたのがこの討伐屋チーム”ガゼル”だ。


 俺は魔法での攻撃と支援が役割だ。


「みんなおはよう。マジックアイテム作ってたら遅くなっちゃってね。はい、これみんなの回復薬ね。カインには追加でコレね。」


 俺は昨日作っておいた回復薬を三人に2つづつ渡す。カインには今日の戦闘で使うマジックアイテムを渡しておく。


 回復薬は怪我をしたときに使うものだ。本当に危ない時は回復魔法をかければいいが、戦闘では一分一秒が値千金だ。このチームの魔法使いは俺しかいない為、俺が回復役に回ると火力が足りなくなるのだ。回復薬は重要なマジックアイテムの一つだ。


 リーダーのルカが回復薬を見ながらお礼を言ってくる。


「いつも助かるぜ。お前みたいな魔法使いが居てくれてありがたい限りだ。」


 俺は苦笑いしながら答える。


「材料費に技術料もちゃんともらってるじゃんか。」


 俺は回復薬をはじめとしたマジックアイテムの作成を趣味にしている。その延長でチームで使うマジックアイテムも作っているのだ。普通に売店で買うよりも安く請け負っているのは事実だが、仲間内だから特別だ。


「それでもマジックアイテムを毎回安く補充できるのは本当に助かるんだ。」


 ルカがポーチに回復薬をしまいながらそう言ってくる。


 それに続いてカインも笑いかけてくる。


「まあ、魔法使いがいるチームでもマジックアイテムを自作してるチームなんて、ランク6じゃうち位でしょ。マジックアイテムを多用する斥候からすればありがたいことこの上ないよ。」


 カインは戦闘の支援によくマジックアイテムを使用する。斥候はそのせいで場合によっては赤字になってしまうこともあるくらいだ。俺に感謝しているのも本心からだろう。


 カインに続いてメルクもお礼を言ってくる。


「この回復薬にもいつも助けられてるしな。」


 俺だって三人にはいつも感謝している。魔法が効きにくい相手に対してはルカの攻撃は頼りになる。カインがいるから獲物を早く見つけられる。メルクが居るから安心して攻撃魔法を撃つことができる。


 誰が欠けてもこのチームは成り立たないんだ。


 俺はなんだか恥ずかしくなってしまう。


「ああもうわかったわかった。それ今日受ける依頼書だろ。俺が受付で受理してもらってくるから。」


 俺はその場に居ずらくなってテーブルに置いてある依頼書を持って行こうとする。


「ちょっとアミルさん。朝ご飯持ってきましたよ!」


 俺は宿屋を出ようとする直前でアヌさんに呼び止められる。俺はまだご飯を食べてないこと思い出してみんながいるテーブルに戻る。


 三人は戻って来た俺を見てケラケラと笑っていた。俺は恥ずかしかったが、もう諦めて朝食を食べた。


─────────────────────────


 宿屋で朝食を食べた俺たちは討伐屋ギルドに向かう。ここで魔物の討伐依頼を受けるのが俺たち討伐屋の仕事だ。


 倒した魔物の死体は倒した討伐屋が所有権を得る。持っていても仕方がないので大抵は討伐屋ギルドに売却するのが普通だ。


 建物の中には武器を持った人がたくさんいる。武器を持っている人は討伐屋、そうじゃないのは依頼者か職員だ。


 カウンターが依頼の受付、依頼の達成報告、依頼者の対応用と別れている。俺は依頼の受付をしているカウンターに行って依頼を受ける旨を言って、受理してもらう。


 受付を済ませてギルドの外にいる仲間と合流する。


「よし、じゃあ今日も張り切っていくか!」


 俺たちは準備を整えて、今日の依頼『ガイレイザーバック』という白い巨大猪の討伐に出発した。


 今日も厳しく、そして楽しい討伐になると俺は疑っていなかった。


 俺たちがいるのは中堅の討伐屋たちがよく来る都市だ。討伐屋を始めたばかりの奴にはきついが、数年やって慣れてくれば安定して戦える場所。


 魔物との最前線の北の魔境と比べるとどれも弱い魔物しかいない。


 その筈だった。


─────────────────────────


「…ル!…アミル!大丈夫か!」


 俺は一体何をしていたのか。今朝の他愛のない日常が頭の中をめぐっているが、ルカの声で現実に引き戻される。


「アミル生きてるなら逃げろ!」


 ルカは大剣で目の前に居る青い肌をした何かに斬りかかっている。だが、ルカの攻撃が効いていないのか、意に介さずにこちらに突っ込んでくる。


 そこで俺は直前まで何をしていたのかを思い出す。


 ガイレイザーバックを発見して、討伐するまではいつも通りだった。なのに、その後がいつもと違った。


 空からこいつが降って来たのだ。淡い青い肌に頭部の左右から後ろに伸びた黒い角、銀色の髪に大きなコウモリのような翼。


 そこに現れたのは悪魔だった。


 悪魔はこことは違う地獄という世界に住んでいる。悪魔召喚の魔法を使うか一部の知能が高い魔物が従わせていることもある。しかし、自然に出現することはない筈だ。


(クソ!なんでこんなことに!)


 俺たちは戦闘しながら撤退していた。


 ガイレイザーバックの死体は討伐証明の部位だけ取って捨ててきた。あんなでかい肉塊は運んでる余裕はなかった。


「こいつやっぱり悪魔だ!斬撃が全然効かねえ!」


 悪魔は無言のまま俺を執拗に攻撃してくる。その度にメルクが歯を食いしばりながら受け止めてくれる。


 悪魔には物理攻撃は殆ど効かない。魔法を武器に纏わせるか、攻撃魔法でなければダメージを与えられないのだ。


 俺は武器に魔法を纏わせるエンチャントの魔法を使えるが、こんなに攻撃を受けては武器にかける余裕が無い。


 撤退の為に走っているせいで、息が乱れて詠唱もうまくできない。


 なにか手はないのか?何か…!


 俺は自分のポーチの中にしまっておいた、昨日作ったスクロールを思い出す。


「全員俺の前からどいてくれ!あいつを倒す!」


 俺がそう言うと三人は悪魔の前から下がる。俺はスクロールの紐をほどいて中に込められた魔法を発動させる。


「発動!ブリザードランス!」


 スクロールから魔法陣が出現して即座に魔法が発動する。


 魔悪魔は突然発動した魔法に驚き、回避しようとするが間に合わない。


 こちらに突っ込んできていた悪魔に魔法が直撃し、大ダメージを与える。


 切り札を使ってしまったが何とか倒すことができた。


 悪魔は動く気配もない。そうしていると、傷ついた仲間がこちらに駆け寄ってくる。全員ボロボロだが、何とか生きていた。


「なんとか倒せたみたいだな。アミルならやってくれると信じてたぜ。」


 リーダーのルカが肩を組みながら笑っている。本当に倒せてよかった。


「みんなが攻撃を防いでくれたおかげだよ。本当に助かった…ん?」


 仲間囲まれた間から何か魔力の反応があったような気がした。だが、新しい敵が来たならカインが気付くはずだし、やはり気のせいだろう。


 そう思っていると突如地面から魔法陣が出現する。ルカが驚いて声をあげる。


「な、なんだこれ!?」


 俺たちが驚いているとさっき倒したはずの悪魔が魔法を発動していた。悪魔は魔法を詠唱しきるとそのまま力尽きたようでその場に倒れ込んだ。そしてそのまま黒い霧になって消えていく。地獄に帰ったのだろう。


 だが、魔法の発動は完了していたようで魔法陣が光り始める。


「クソ!!」


 俺は咄嗟に目の前にいる三人を突き飛ばして魔法陣の外に出す。


「「「アミル!!」」」


 みんなが手を伸ばして俺の手を取ろうとする。だが、空しくも魔法の発動は待ってくれない。


 魔法が発動して俺は目の前が真っ白になった。


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