54 エピローグ(ルーツ視点)
俺はドリスたちに連れられ、彼女たちの故郷を訪れた。ドリスたちは故郷でも英雄として持て囃され、毎日大忙しという様子だった。そんな光景を笑いながら見守る。
俺は暇になる時間が多かったので、その地方を見物させてもらった。食や文化を見ながら、なるほどこれがドリスたちを育んだところなのだと想いを寄せた。タイミングが合えば、ルーツとサナと一緒に行動したりもした。ルーツと俺の顔が同じであることを突っ込まれることもあったが、いちいち説明するのも面倒くさかったので兄弟みたいなものということで通すことにした。
ルーツとサナは別の異世界の話をしてくれた。危険な世界ばかりを冒険してきたというわけではなく、単に旅をしただけになった世界もあったらしい。しかし、彼らの成長を促した戦いがあったと予想した俺が突っ込んで質問すると、相当に危険な世界での戦いも経験していたようだ。
「ちょっと大変でしたね、あの世界は……」
「一度元の世界に戻って準備し直すことにもなりました」
「元の世界で準備?」
元の世界というのは俺もいた創造神サカズエと破壊神トコヨニの世界のことだ。あの世界で彼らが修行する何かがあるということだろうか。もっとも、俺はあの世界に戻ることはないと思うので、それ以上は聞かなかった。
いずれにせよ、修羅場を乗り越えてきたからこそ、ルーツとサナはさらに飛躍的に強くなっていたわけだ。そのままどこまでも彼らの道を追求してほしいと思う。
「この世界はいつ経つんだ?」
俺はふと彼らに聞いてみた。
「そろそろ行きます。もう時空の乱れも大丈夫でしょうし」
「オーデルグ、提案があるのですが、ちょっとだけ私たちと一緒に行きませんか?」
「え、異世界に?」
「はい。ぜひ見てほしい世界があります」
「まあ、数日くらいなら構わないけど……」
俺もついていくことになってしまった。元のサカズエの世界ではないということだったし、死界討滅軍にも問題は起きていないから大丈夫だろう。
その話をドリスにしたところ、ドリスもついてくることになった。ドリスに異世界を見てもらうのもありだと思ったので、俺から異論は挟まなかった。
◇
ドリスたちの故郷から、ルーツとサナは経つことになった。俺とドリスも数日だけついていくので、荷物をまとめた彼らと一緒にいる。
「異世界に行っちまうのか……。それだとなかなか連絡取ったりもできねーなぁ……」
「必ずまた来てくると嬉しい」
「本当にお世話になったわ」
デルロイ、ウィル、マヤが順に言った。
「ああ、また来るよ」
「元気でね」
ルーツとサナが答える。そして、彼らは握手をし合った。
ルーツが宝玉を取り出し、呪文を唱えると、空間にワープゾーンが発生した。あれに入るということなのだろう。
マヤが何やらドリスに耳打ちしている。それを聞いたドリスは頬を赤らめ、マヤの肩を叩いた。マヤは笑っていた。
そして、俺たちは四人でそのワープゾーンに入った。
入った先には広い草原が広がっており、山のふもとに町があった。
「あそこに行きますよ」
サナが言い、俺たちはその町に向かって歩いた。
町に入ると、ルーツとサナは住人に何やら挨拶をしている。すると、住人は俺たちを宿屋へ案内してくれた。ルーツとサナは同室だったが、俺とドリスが同じ部屋というわけにもいかず、部屋は三つ用意された。
「さて、昼は宿ではなく、街の食堂で食べましょう」
ルーツが言った。俺も異論などなかったので、ついていくことにした。
目的の食堂に到着すると、四人で席につく。俺たち以外の客はいないようで、店員がいるだけだ。ふと、ルーツとサナとドリスが席を立ち、何やらサプライズをするから一度店を出て準備すると言い出した。
「サプライズだと言ってしまったらサプライズにならないのでは……」
俺はそんな疑問を口にしながら店員が持ってきてくれた水を口にした。
ふと、食堂の内装を眺めながら、俺は故郷のニーベ村を思い出す。似たような雰囲気の食堂があったのだ。小さな村だったから活気があったわけではないが、村人や時おり訪れる旅人に食を提供していた。
一人で切り盛りしていた女将、キンバリー。孤児だった俺にとっては一番世話になった人だ。母代わりとまではいかないが、幼い頃の食事は全て彼女に面倒を見てもらっていた。
あの食堂もいつもこんな匂いがしていた。自然と故郷のことを思い出してしまう。今はもう存在しないニーベ村を。
しかし、何か様子が似すぎている気がする。今にもキンバリーが包丁をふるう音が聞こえてきそうだ。
「え……?」
俺は思わず呟き、席を立ち上がった。本当にそうとしか思えない音が聞こえてきたのだ。厨房からの香りも故郷のそれと同一としか思えなかった。俺は思わず走り出して厨房を覗く。
「キンバリー……?」
包丁をふるっていた中年の女性の姿に、俺は呆けたような声を発した。
彼女がここにいるわけはない。ニーベ村で死んだはずなのだから。
「ルーツ、すぐ出来上がるから席で待ってな……」
「何で……、ここに……? いや……、生きてたのか……?」
「ああ、私は運良くね。ルーツこそ、よく生きていた……」
「…………」
本当にまさかの事態だ。虐殺被害にあった故郷の生き残りがいた。記憶を遡れば、キンバリーが食堂に逃げ込んだ後に、帝国兵の魔法攻撃で建物ごと破壊されてしまったはずだ。キンバリーが生きていた嬉しさよりも驚きが勝り、頭が追いつかない。
「ルーツ、久しぶりだな……」
「生きてて良かったわ……」
厨房の入り口付近から声が二つ聞こえた。その声も故郷の村人のものだった。
「ジョエル、マーラ……」
俺より少し歳上の夫婦。彼らもキンバリーと同じ場所で死んだと思っていた。
「一体、どうやって……?」
「俺がさ、この世界の人間だったんだよ。帰る気はなかったんだけど、ここに転移することで俺たち三人は生き延びたんだ。あの時はそれしか攻撃を避ける手がなかった」
「そう……、だったのか……」
これは夢だったりしないだろうか? それは怖い。たった三人だけでも、俺以外に生き残りがいたなんて……。
聞けば、ある日コピーの二人が偶然ここを訪れたらしい。俺とサナ王女が来たんじゃないかと思ってそれは驚いたそうだ。その時、俺が生きていることを知った。さっき言っていたサプライズというのはこのことだったようだ。
「さ、出来たよ。今日は貸し切りにしておいたから、積もる話でもしようじゃないか」
キンバリーがそう言うと、店員が料理を運んでくれた。その後、店員は俺たちだけにするためにということで外に出ていった。
俺の目の前には故郷で何度も見たスープ料理がある。煮込まれた野菜や肉。その見た目と香りが俺の記憶を揺さぶる。
一口頬張ると、それは昔と変わらないものだった。そうだった、キンバリーの料理は美味しかった。二度と食べられないと思っていたのに。
「あ……」
涙が溢れていることに俺は気づいた。生存を知らされたのが突然すぎて湧いていなかった実感が一気に溢れてくる……。この四人で夕飯を取った日もあった……。また、こんな日が来るなんて……。
「ああ……、美味しい……」
とても嬉しい故郷の味のはずなのに、俺は泣きながら目の前の料理を食べた。
彼らに顔向けもできない。俺は、元の世界で復讐の鬼となっていたのだから……。
◇
俺が泣き止む頃には料理を完食していた。ボロ泣きしながらだったので、マーラも泣いていたことに気づかなかった。キンバリーとジョエルは微笑みながら俺を見守ってくれていた。
落ち着いたので、少し話もできるのではないかと思う。そのタイミングで、ルーツとサナとドリスが入ってきた。ドリスは俺の隣に座った。
そろそろドリスにも色々と話さなければならないと思っていたからちょうどいいのかもしれない。
ドリスは俺の過去を蔑むだろうか。けれど、それでも良いか。彼女は苦労体質なところがあるから、力を貸してきた異世界の魔道士が、魔王になりかけた復讐者だったと知ってもらうとするか。
さて、どこから話そうか……。
完
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