53 凱旋(ドリス視点)

 私たちはサナの召喚したルーンドラゴンの背に乗り、センクタウンへと帰還した。死界討滅軍は北に発生したアンデッドの対処に依然として追われていたが、東方面の監視をしている部門が死界の発生源が浄化されたことを検出したようで、大騒ぎとなっていた。


 私たちは独断で東の最果てに突入したので名乗り出るつもりは無かったのだが、巨城で出会った女性アンデッドが死界討滅軍の本部に現れ、私たちと巨人アンデッドの戦いの一部を映像として見せてしまったらしい。つまり、私たちが元凶を倒したということが白日の下に晒された。


 私たちは養成アカデミーから一応の叱責を受けたが、長年の悲願であった死界討滅が果たされた興奮の方が大きく、死界討滅軍の正規兵や住民、養成アカデミーの学生から盛大な歓迎を受けることになってしまった。そして、その情報は世界の各地に伝わっていった。


 マヤとデルロイの家は英雄を輩出したということで鼻高々となっている。マヤのフォスター家に至っては、私の後見人になっていたこともあり、世界を救った魔女を育てた家という尾びれまで付けているらしい。


 さらには貴族のマヤと平民であるウィルの恋人関係も、民衆の心を掴んだ。何やら二人で取材を受けているのを何度も見かけた。忙しくてなかなか二人の時間を作れていないから、ちょっと気の毒だ。


 ルーツは最終戦には参加していなかったので名乗り出ることもなく、私たちが持ち上げられすぎて疲弊していく様子を笑いながら見ていた。その様子が憎たらしく、ルーツのことも暴露してやろうかと一瞬考えてしまったものだ。


 コピーのルーツとサナは異世界冒険者をやっているらしく、この騒ぎが落ち着いたらまた別の世界に経つそうだ。本当にスケールの大きい人たちと知り合ったものだと思う。


 けれど、その話を聞いた私は少し不安になり、ルーツにもその辺りを聞いてみた。


「ルーツも……、他の世界へ行っちゃうの……?」

「え、俺? いや、俺は行かないよ。俺はこの世界を選んだ身だ。死界討滅軍の仕事だってまだ残っているだろ?」

「そ、そっか……!」

 私はあからさまに安心した。いつの間にか自覚してしまったルーツへの想いがバレやしないかとヒヤヒヤした。


 死界討滅軍の仕事も確かに残っている。死界は、東の最果てから少しずつ浄化されていっている。したがって、まだ死界に埋もれている場所も大量に残っており、アンデッドも多く存在している。それに対処するのは死界討滅軍の仕事だった。


 しかし、遠くない未来に死界は全て消滅する。そうなったら、今度は新しい生命が死界のあった場所に芽吹くだろう。人間も再び東へ進出することになる。時代の変化はあっという間なのだろうけれど、それを担うのは今を生きる私たちなのだ。


 英雄として祭り上げられる日々が多少落ち着き、私、マヤ、ウィル、デルロイは故郷に帰った。二人のルーツとサナもついてきた。すると、今度は故郷で手厚いもてなしを受けてしまった。


 ようやく再会したマヤの両親はマヤを見るなり抱きついて泣き出し、『よくやった!』『自慢の娘よ!』などの言葉を繰り返した。マヤの兄も顔を見せ、マヤを労った。仲の良い家族だと遠目に見ていると、次にターゲットとなるのは私だった。『ドリスを引き取った決断は間違っていなかった!』などと言っていた。


 地元の友人たちも連日私たちの元を訪れた。幼い頃から強かったデルロイやマヤには『お前たちならやると思っていた』という類の言葉がよせられていたが、ウィルは別の言葉で称賛された。私がフォスター家に引き取られる前のことは知らないが、幼少期のウィルは同級生の中で一番ひ弱だったらしい。そんなウィルが英雄と呼ばれるまでに至ったという成り上がり物語のような事実も彼らを高揚させたのだろう。


「ところでマヤ、その人は?」

「この人はルーツ。死界討滅軍の正規兵で、私たちのクラスで訓練をした人なの」

「へぇ~」

 マヤが代表してルーツのことを説明してくれた。魔法を披露する流れになったら、ルーツが私たちの誰よりも強いことが明らかになるからそうなってくれないだろうかと期待したが、そんなイベントは起こらなかった。


「いいんだよ、俺は。淡々と俺のやるべきことをこなすだけさ」

 ルーツはそんなことを言って笑った。


 コピーのルーツとサナは、ルーツ以上にマイペースで私たちの地元の食を楽しんだりしていた。



    ◇



 余裕の出来たある日、私は母の墓参りにでかけた。


 墓には思わぬ先客が訪れていた。


「あっ、ポルネ!?」

「ん? おお、お前はドリスか! 大きくなったなぁ……」

 そこにいたのは借金取りのポルネだった。もう関わることもないと言っていた男だったが、母の墓参りに来てくれたらしい。


「世界を救った英雄の一人で、偉大な魔女の末裔。話は聞いてるぜ。本当によくやったなドリス」

「ううん。私たちだけの力じゃない。凄い人たちに助けてもらったから、私たちは勝てた」

「ああ、俺たちは一人で生きているわけじゃない。そんな言葉が出てくるなら、お前にも色々あったんだろうな。ユーミは、きっとお前を誇りに思っている」

「そうだと……、嬉しいな……」

 私は母の墓前に花を手向け、祈りを捧げた。


「お父さんは、アンデッドになってたのかな……?」

「さぁな。でもあいつのことだ、十分じゅうぶんにあり得るな」

「だよね……」

「けど、お前らが死界討滅を果たしたから、そうだったとしてもあいつもようやくあの世に行ける。そしたら、ユーミに叱られてんじゃねぇか?」

「あはは、ありえそう」


 それから少しだけ私たちは雑談をした。ポルネは私に関わるべきではないと思っているようだったが、私がどうやって死界を滅するに至ったのかは知りたかったようだ。ポルネには、ルーツたち、異世界から来た者たちのことも話した。


「なるほどねぇ、異世界の魔道士か」

「うん。本当に凄い人たちよ」

「そうか。良い出会いだったようだな、ドリス」


 その通りだと思う。あの街道でルーツと出会ったことから私たちの運命は大きく変わった。ルーツを頼るうちに私の心は彼を想うようになってしまったけれど、それだけではない。ルーツには沢山助けられたし、コピーのルーツとサナも私たちを暖かく見守ってくれた。世界の広さを教えてくれた。


 そんなことを思っている私を見ながら、ポルネは満足そうに微笑んだ。


「じゃあな、ドリス。元気でやれよ」

「ポルネもね……」

「ああ」

 ポルネはそう言うと、歩き出した。


 私は再び母の墓を見る。母が生きていたら、きっと異世界から来たルーツたちに驚いていただろう。使い魔ゾリーによれば、魔女は代替わりしたから母が生きていた頃までジルヴァディニドで世界を巻き戻すのは無しだったらしいが、やっぱり生きていてくれたらなとは思う。


 母が生きていたら、今の私にどんな言葉をかけてくれただろうか。


 私はそんなことを夢想しながら、墓地を後にした。

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