46 結構凄い人(マヤ視点)

 世界の矛盾を防ぐために使われた魔法の数々でウィルは消耗しており、この手の疲労はサナの回復魔法でも対処できないので、ウィルを休ませることになった。アンデッド・ドラゴンがセンクタウンの間近まで迫ったし、北に死界が溢れた問題に対応するため死界討滅軍は大忙しとなっていたが、学生に追加の出動要請はなく、私とデルロイはウィルに付き合っていた。


 養成アカデミーの工房でウィルは魔導具スーツの様子を確認している。


「スーツを使うのは問題ないな。記憶と齟齬そごはない」

 ウィルが言った。


 目の前にいるウィルはさっき過去に送られたウィルでもあるから、魔導具使いとしての記憶もちゃんと復活している。ここまで見越して、時を超える禁呪を使用したアンデッドは様々な魔法を用意してくれたらしい。凄いことだと思う。東の最果てに行けば会えるのだろうか。


 また、デルロイはウィルの未来での魔道士としての力に興味津々のようだ。


「ウィルは何年も訓練をしたんだろ? 魔導具使いじゃなく、魔道士としてどれだけ強くなったのか見てみたくもあるな」

「いや、僕は所詮魔道士の器ではなかった。今のデルロイの方が強いよ」

「そうか? 俺は試してみたいけどな」

「駄目よデルロイ。今日はウィルを休ませるんでしょ?」

「へいへい、そーかよ。じゃあ、全部終わった後にな」

「う、うーん……、お手柔らかに頼むよ……」

 そう言うと、ウィルとデルロイは笑い合った。私も釣られて笑ってしまった。


「じゃあ、俺は街の様子を見てくるよ。マヤ、ウィルのこと、頼むな」

「任せといて」

 デルロイは装備を整えて街に出ていった。学生に出動要請がないとはいえ、有志で動いている者たちもいるから合流するらしい。


「マヤ、この後は……」

「今日はウィルに付き合うよ」

 私はウィルの言葉を遮って告げた。先ほどまでに多くの事が起こりすぎて私も頭が未だおかしいが、絶対にウィルと一緒にいるべきだと思う。


 ウィルが時を超えた先はアンデッド・ドラゴンからの避難作戦だ。それは私の感覚からするとそう昔ではない。しかし、ドリスがジルヴァディニドという魔法で世界を何度も繰り返したそうだから、実際はかなり昔ということになる。ウィルも私も実質かなり長い時間を過ごしていたのだ。その度に私はベルビント……、実際はウィル自身だったわけだが、彼と関係を持った。それは時巡りをする前のウィルを苦しめ続けた。


 それに、今のウィルには未来の、破棄された世界の記憶もある。そこは今以上に苛烈な環境だったようだから、その苦しさも今のウィルは持ち合わせている。


 二人で街に出て歩いた。街は混乱状態で、住民は避難なのか違うのか死界討滅軍に詰め寄っている。死界討滅軍も北に発生してしまったアンデッドの掃討作戦が準備されているようで、ばたばたとしていた。


 私たちはその喧騒の中、ウィルの自室に向かっていった。ウィルの部屋に着くと、私は勝手知ったる様子で二人分のお茶を用意した。二人で椅子に腰掛けて落ち着くと、ウィルが急に泣き出してしまった。


「ど、どうしたの、ウィル……!?」

「やっぱり、二人きりになると改めて思う……。また逢えて、本当に良かった……」

「ウィル……」

 私はウィルの肩を抱いてさすった。


 それは、主に未来の世界の記憶の影響が強いのだと思う。私は道半ばで倒れてしまったそうだが、ウィルはその後も戦い続けた。デルロイと共に東の最果てまで辿り着いたというのだから。それがどれほどの苦悩だったか、今の私には想像もつかない。今でこそルーツのおかげで魔導具使いとして覚醒しているウィルだが、魔道士のまま戦っていたのなら本当に努力が必要だったはずだ。


 しばらくそのままでいた。泣き止んだウィルとお茶を飲みながら談笑もした。


「僕は今朝も泣いてたし、何だか泣き虫だなぁ……」

「今朝?」

「ほら昨日、色々あっただろ?」

「あ……」


 昨日、ウィルにベルビントとの関係を問い詰められたのだった。ウィルに無理やり衣服を剥ぎ取られてを見られてしまった。その後、私が無理やりウィルを押し倒して捨てないでと懇願したんだ。


「ドリスが言ってたよ。私、繰り返される世界の中でも毎回同じだったんだって」

「ああ、そうらしいね……。僕の心の底にもその記憶はあるんだろうね」

「うん……」

「でもさ……」

「ん?」

「君は結構、結構凄い人だぞ?」

「え……?」

「ベルビントの姿をしていた僕を君はいつでも見落とさなかったってことじゃないか。正直、姿も声も変えていた僕を受け入れてくれたのは嬉しかった。記憶をなくして不安だったのは本当だったんだから」

「そっか……。でも、過去に戻る前のウィルに辛い想いをさせちゃったから……」

「いいや、全部繋がった今となっては僕にとっては茶番だよ。君は僕を見てくれてた。ルーツみたいに二人の僕の関係を見抜いていたわけじゃなかったのに、無意識に見てくれてたんだ」

「……はは、ありがと、ウィル」


 ベルビントを見ると、どうしてか放っておけなかった。確かに、私は無意識にその中にウィルを見ていたのかもしれない。


「むしろ、君を苦しい立場に置かせてしまったのは僕たちだ。本当は、ドリスのジルヴァディニドのように一手で僕自身が過去の僕に戻れれば良かったけど、時巡りの禁呪ではそれは不可能だった。そして、未来の僕から過去の僕へ魔法を移せるかは賭けだった。正直、僕も東の最果てにいたアンデッドも君に期待してしまっていた。その結果、君や僕自身が味わう事まで気を回せていなかった。だから、ごめん……」

「……うん」


 他でもないウィルがそう言ってくれるのは嬉しい。ウィルは茶番と言ったけれど、私の罪悪感は消えてはいなかったから。


「だけどね」

「あっ……!?」

 ウィルが優しく私に触れてくる。これは……、ベルビント形態の時の技だ……。優しく包み込まれるようなその感覚。それが積み重なって激しく乱れる時間に繋がっていってしまうのだ……。


 気づけば、私はいつの間にかベッドに寝かされていた。


「言っとくけどね、僕に寝取られたと思って悔しかった記憶がしっかりと残っているのも事実なんだ。だからちょっと君を気分でもある」

「へ……へぇ……??」

 私は強がって平静のふりをしようとしてみたが、全然ダメだった。既にだけで身体が震え、汗が出てきている……。


 ベルビントが女遊びに慣れたテクニシャンという訳ではなかったのだ。未来のウィルは私とさらに多くの時間を過ごしたわけだから、私のなんて知り尽くしていたはず。記憶がなくても無意識に行動に現れていたのだと思う。今のウィルは未来の記憶も取り戻しているから、それはよりされることになるのではないか……。


「ひぅ……」

 想像しただけで私は変な声を出してしまった。


「まだ何もしてないよ?」

「くっ……!?」

 ウィルは私の動揺も楽しんでいるようだった。けれど、言い返せない……。


「ふふっ、マヤは可愛いなぁ」

「ぁ……、ぅ……」

 私は高揚を誤魔化すように目を閉じた。


 二人だけの時間はそのまま流れていった。

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