45 帰ってきた戦士(ルーツ視点)
ベルビントはウィルの姿になった。そう、それは最初から分かっていた。ウィルとベルビントは魂の色が全く同じだったからだ。
俺とコピーのルーツの関係とも違う異常な状態。ベルビントに秘められていた数々の魔法の術式を見ると、ウィルに記憶を移したり時を超えさせるための物があったから、ベルビントが未来から来たウィルだということもすぐに想像はついていた。呪いのせいで言葉に出せなかったから、俺やルーツやサナのように見破れる者でないと気づくことはない。
それも仕方のない対処だったと思う。ウィルとベルビントは本来同時に存在していてはいけない。それこそが世界の矛盾であり、おかしくなった世界は時空を乱してやがて崩壊してしまう。彼らの関係を知る者が増えるのも世界の矛盾だから、そうならないように防御されていたのだ。
「お帰り……、ウィル……」
マヤは再び泣き出し、ウィルに抱きついた。
マヤは無意識のうちにベルビントからウィルに魔法を移すパスを繋ぐ役割を担っていたようだ。世界の矛盾を正すには、ウィルが時を超えるという事象が起こらなければならない。時を渡ったウィルの記憶に矛盾があってはならない。だから、ウィルはそのパスを介してベルビントの記憶を引き継ぎ、時を超える魔法やその他の術式を受け取っていたのだ。
しかし、魔法を移すパスの速度では到底間に合わない状況だったから、ルーツが全てを回収してマヤに託した。マヤは先ほど、見事それをウィルに渡すことができたという話だった。
「マヤ……? そうか、そういうことだったのか……」
もうベルビントではなくなったウィルが言った。一度に全てを受け止めたから相当に疲労しているようだが、ウィルの力もこの先の戦いに必要だったから急いだ。
「いや、そろそろ説明しろよ……」
「う、うん……。訳が、分からない……」
デルロイとドリスが言った。
「ベルビントと名乗っていた男は、未来から来たウィルだったんだよ」
俺が代表して答えた。ウィルにかけられていた時巡りの全てが終わったから、ユグドラシルが課した呪いも消えたらしい。俺は言葉を発することができた。
「マ、マジか……」
「え……、えええええ……」
デルロイは立ち上がったまま呆気に取られ、ドリスは膝をついて明後日の方向を見始めた。衝撃が大きかったのだろう。
「そして、さっき今朝まで一緒にいたウィルが過去に送られた。未来の記憶を引き継いでね。過去に送られたウィルは過去でベルビントとして役割を果たしたんだ。それが失敗していたらこの世界は矛盾で消えているはずだから。そして、今俺たちの目の前で元に戻ったというわけさ」
俺が補足するように言った。
未来の世界はウィルが歴史を改変したことで破棄される。そうなると、今度はベルビントと名乗っていたウィルの存在の出どころが無くなり、それも世界の矛盾となってしまうのだ。だからこの時代のウィルがその出どころとなった。
「ウィル、どうして時を超えることになったのか、そんなことまでは俺たちには分からない」
「一体、未来で何があったのか、話せる?」
「あ、ああ……」
ルーツとサナにウィルが答えた。
そしてウィルは未来で起こったことを語り始めた。アンデッド・ドラゴンからの避難作戦でのドリスの死。死界討滅軍の大敗。西の最果てへ追いやられた人類。マヤの死。そしてウィルとデルロイら最後の戦士たちの敗北。
最後に不思議なアンデッドと出会い、彼女がユグドラシルをハッキングすることで時を超える禁呪を発動したということ。時を超える条件を満たしていたのはウィルだけだったからウィルが選ばれたということを。
「その場には俺もいたんだろ? 俺じゃ駄目だったのか」
「出会ったアンデッドの判断だよ。僕にも詳細は分からない。デルロイ、君は未来でも勇敢だった。また会えて良かった……」
「何だよ、こそばゆいな……。俺にとってはさっきも会ってるんだぞ、お前は……」
ウィルはマヤと抱き合ったままデルロイと握手をした。
「それとドリス……」
「……え?」
ウィルに話しかけられたドリスはまだ混乱が治まっていないようだった。
「未来では君が最初に死んでしまった。だから、そっちの記憶にとっては君は本当に懐かしい人なんだ」
「そうだったんだ……」
「うん……。もっとも、僕はさっきまで君たちと一緒にいた僕でもある。その記憶では、ほとんど毎日会っていたわけだから、君に抱く感傷は複雑だよ……」
ウィルはそう言ってドリスに握手を求めた。
「ウィル……、もう、馬鹿!!」
ドリスは握手に答えず、マヤごしにウィルに抱きついた。マヤがサンドイッチにされる形だ。
「マヤは何度もいつでもベルビントと事を起こすから、私はずっと困ってたのよ! そんな裏事情があったなら最初に言ってよ!!」
「ホント、僕も何でマヤが別の男に、と思ったもんだよ。めちゃくちゃ悔しかった記憶もあるのに、寝取ったのが僕自身だったというのは、本当に茶番だ……」
「あ……、あはは……」
ドリスはそのまま泣き笑い状態になった。
しかし、ドリスが今、不思議な表現をしたことに気づいた。
「ドリス、何度もって……?」
俺はドリスに尋ねた。それは、ドリスが未来を先読みしていたことに関係するのだろうか。
「えっと、それはね……」
ドリスがマヤとウィルから離れ、俺たちに向き合った。
「ドリス、もう言っていい時だと思う……」
「おいおい、今度は誰だ!?」
突如聞こえてきたその声に、デルロイが俺たちを代表するかのように答えた。
ドリスの頭上に光が生じ、そこから小さな翼の生えた動物のような生き物が現れてドリスの左肩に着地した。
「僕はゾリー。魔女の使い魔だ」
「魔女……?」
「ドリスは魔女の家系って聞いたけど、そんな使い魔もいたんだ……」
ゾリー、デルロイ、ウィルが順に言った。
「そうねゾリー。もう、全部言っていいタイミングだと私も思う。世界を巻き戻したらウィルとベルビントが同時に存在する状態に戻ってしまうから、もうやり直しはできないわ……」
ドリスはそう言うと、俺たちに説明してくれた。
魔女の秘法ジルヴァディニド、世界全てに夢を見せ、その夢が現実を侵食することで世界のやり直しを実現させる大魔法。それを使って何度も死界への戦いを繰り返してきたこと。何度やっても上手くいかず、途中からあの悪魔アブタビムが出しゃばってきたということを。
全てがやり直しになるわけではなく、アブタビムは記憶を保っていたし、ウィルの心の闇とやらも蓄積してしまっていたとのことだ。そして何より、異世界には効果がないから、俺やルーツやサナはその途中過程でこの世界に来たということなのだろう。
ジルヴァディニドのことを知られたら二度と使えなくなってしまうからドリスは誰にも相談できなかったらしい。だとしたら、このところドリスが落ち込んでいたのも納得だ。彼女は長い時を一人で戦い続けてきたのだから。
「ルーツとサナはジルヴァディニドのこと、知ってたのか?」
「この世界に来る前、事前に観察していた時に発動を見ました」
「外の世界から見れば時は繋がっていました。ジルヴァディニドのような魔法が使われてもね」
俺の問いにルーツとサナが答えた。
なるほど、俺が転生する世界を選別していた時はジルヴァディニドの発動を見る機会はなかったが、彼らはたまたま見ていたから知っていたということらしい。
「けど、それなら知られてはいけないという制約に引っかかってるんじゃないのか?」
「ルーツとサナはその時異世界にいたのだろう? 流石の魔女の秘法の制約も、この世界以外のことまでは感知できない。だから大丈夫だったんだと思う」
デルロイが疑問を口にし、ゾリーが答えた。
なお、デルロイたちは俺たちが異世界から来たということにも驚いていた。今日は驚き通しだと泣き言を言われた。
「運命、繋がったなぁ……。今回こそは行けるって気がする。私が頑張ってきたのも、決して無駄じゃなかったかな……」
ドリスが呟いた。
「約束しただろドリス。必ず答えるよ」
俺がそう言うと、ドリスは俺を見た。
「ルーツ、その約束、いつしたか覚えてる?」
「えっ? ……そういえばいつだったっけ?」
「……それ、ジルヴァディニドで無かったことになった時にした約束だよ」
「本当か……?」
ウィルが体験した時超えと違い、ジルヴァディニドは全てが元に戻るわけではないから、俺の心の底に刻まれていたということだろうか。だとしたら、俺も大概ドリスのことを心配していたんだな……。
「で、これからどうするんだ? 本来、死界には大転移魔法陣で行くはずだったんだろ?」
「移動手段は大丈夫。サナに任せておけば」
「ええ。だからまずはウィルの回復ね。あれだけの魔法を受け入れた後なのだから、本調子ではないはず。今日は休んで」
デルロイにルーツとサナが答えた。
移動手段……か。恐らく召喚魔法だろうな。飛行可能な召喚獣を使えば、空を飛ぶアンデッドは少ないから安全に到達できるだろう。
「一つ気がかりがあるんだ。未来ではあの悪魔アブタビムは存在していなかった。なぜあんな奴が現れたのか」
「あれは異世界の悪魔。恐らくジルヴァディニドが繰り返される過程でこの世界に目をつけた」
「一緒にいた三体の悪魔は倒すことができたけど、また何か企むかもしれない。油断せずに行きましょう」
ウィル、ルーツ、サナが言った。
だとしたら、恐らくアブタビムは俺よりも前にこの世界に来たのだろう。どうやったのかは知らないが、ジルヴァディニドで記憶が元に戻ることを防ぎ、ドリスを
戦いはまだ終わりではない。俺自身も身体を休めなければならない。転生した身体ではまだまだ闇の魔力を使った反動が大きいからだ。
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