43 受け継がれた願い(ウィル視点)

 ああ、何だろう、この感じは。あの頭に響いた悪魔アブタビムの声が言うように、僕はアンデッドになってしまったのか? 一体どうして? ああそうだ、あの悪魔にささやかれたら、何故か抗えなかったんだ。


 僕の意志に関わらず、脚が勝手に進んでいく。その方向は北だ。どういうわけか、北に死界が広がっている。


 僕の心の闇が蓄積された結果などと、あの悪魔は言っていた。だとしたら、それは僕の嫉妬心なのだろうか。


 マヤを寝取られた。ああ、悔しかったよ。あのベルビントという男との行為の痕が残るマヤを抱いたのも、何でそうなったのか分からない。怒りをぶつける場を失い、僕は眠れない悔しい夜を過ごした。


 だけど、たったそれだけなのか? それだけで僕はアンデッドに堕ちるほどの心の闇を抱えたというのか? 蓄積とは何のことだろう。思えば、前にもマヤを取られたような気がする。その度に僕の心は悲鳴を上げていたのではないだろうか。


「ウィル!!」

 愛しい声に僕は振り向く。追ってきたのか、マヤ。馬鹿だな、アンデッドになった僕には君でも勝てないかもしれないぞ。


「ウィル、そこで止まれ! ぶん殴るぞ!」

 デルロイが叫んでいる。ははっ、変わらないな君は。だけどそんな粗暴に見える君がどれだけ周りを見ているか、僕は知っている。


 だからもう僕に関わらないでほしい。僕はきっと君たちを傷つけてしまう。


 デルロイが火魔法を僕の足元に放ってきた。当てる気がない牽制だ。僕の身体は僕の意志と無関係に勝手に魔法を発動し、デルロイを攻撃した。


「ちぃっ!!」

 デルロイはぼやきながら僕の魔法を避ける。


「ウィル、やめて!!」

 マヤの声が聞こえる。愛しいはずの君の声が、僕の心に影を落とす。何だか君をめちゃくちゃにしてやりたい。けれど、そんなことはしたくない。矛盾した感情が僕の中で渦巻くんだ。


 僕の身体は勝手にマヤも攻撃する。マヤがそれを避けるのに僕の心は苛つき、そしてホッとした。


 少しずつ死界の瘴気が濃くなってきているから、そこから霊体のアンデッドが姿を現し、僕の援護をしようとした。けれど、こんな雑魚ではデルロイとマヤは止められない。僕の地元で最強のコンビだぞ? 馬鹿にしないでほしい。


 しかしいくら彼らでも、死界の奥から侵攻してくる肉付きのアンデッドが多数で囲んだら無事では済まない。だから、彼らは僕を諦めて撤退すべきなんだ。


 けれど、デルロイもマヤも決して引こうとはしなかった。流石だよ、僕は幼い頃から彼らに助けられてばっかりだ。一度くらい、僕が君たちを助けたかったな……。


 デルロイの渾身の魔法が僕の腰部に直撃し、僕の身体は体制を崩した。そこへマヤが抱きついてきた。


「ウィル!!」

 馬鹿、よすんだマヤ! アンデッドになった僕は腕力だけなら人を捻り潰すくらい造作もないはずだ! 早く離れろ!!


 僕の両腕はマヤに掴みかかろうとしていた。いくらマヤでもただではすまない。


 その時、唇に何かを感じた。


「っ……!?」

 マヤが僕に口づけをしたと気づいた時に、マヤから何かが僕の中に入り込んでくるのが分かった。昨日、ベルビントの痕が残るマヤを抱いてしまった時と似ている。一体、これは……?


 僕の身体が発光し、複数の魔法が発動する感触があった。その一つは僕の身体を癒やすもののようで、アンデッドと化す原因となった死界の瘴気を消し去り、傷も癒やした。


「う……がぁあ……!?」

 その変化が僕には苦痛として感じられ、うめき声を上げた。正体の分からない魔法も多数発動し、頭が割れるようだ。


「こ、これは一体……?」

 僕は身体の自由の一部を取り戻したようで、ようやく自分の意志で言葉を発することができた。


「ウィル! ごめんなさい、苦しかったでしょう? 痛かったでしょう?」

「マ、マヤ……」

 マヤが僕に抱きついたまま言葉を繰り返す。僕はマヤを抱き締め返したくもあり、したくもない複雑な想いで、両腕が動かせない。


 いや、違った。僕の両腕は動かない。見れば、両腕が透け始めている。


「これは……、アンデッドから解放されたから……?」

 僕は思わず呟いた。アンデッド化した人間を滅する時、同じように姿が消えていく。僕も同じなのかもしれない。少しずつ思考が停止していく。僕はここまでなのか……?


 デルロイが何かを叫んでいるようだったが、頭が回らない。僕は最後にマヤと言葉を交わしたくて、目の前のマヤに集中した。


「僕は……、このまま消えるのか……?」

「違う! そうじゃないの、ウィル! 今渡した魔法が全て教えてくれるわ!」

「え……?」


 マヤの言葉の言う通り、僕の中で発動した魔法が頭に何かを伝えてくる。これは……、何だ……?


 これが何なのか、まだよく分からないけれど、だけど、ああ、やっぱり、気持ちだけは今すぐ伝えたい……。


「僕は、やっぱり君が好きだ……。ちゃんと恋人をできなくて……、ごめんね……」

「っ……!? 馬鹿!!」

 マヤは僕の胸にすがり、泣き始める。


「ウィルがいたから私はここまで来れたの! ありがとうウィル! ありがとう、愛してくれて!! あなたは本当に凄い人!! 私なんか足元にも及ばないわ!!」

「そっか……」

 僕の身体が透明になり、そして光り始めた。


「ウィル! ……私たちは必ずまた出会う。それはもうことなの。それまでウィルにはまた苦しい想いをさせる。でも、私はいつまでも待ってるわ。忘れないで、ウィル……」

「マヤ……?」


 マヤが不思議な言い回しをする。そして、不思議な感覚に襲われた。頭の中に、誰かの記憶が入り込んでくるような……?


 頭の中に渦が巻き起こっているようで意識が飛びそうだった。だから、その前に言葉を残した。


「マヤ、愛してる……」


 そう告げた後、不思議な声が頭に響いた。


『ウィル、君にメッセージを残す』

「え……? 誰だ……?」

『新しい記憶が定着次第、君は過去に飛ぶ』

「か、過去……?」

『もしかしたら君には苦労をかけたかもしれない。だが、の悲願のためにも、運命を変える最後の仕事を担ってほしい』

「僕自身の……悲願……?」


 それが何なのか、少しずつ分かってきた。僕の知らない僕の記憶が頭に入り込んできたからだ。ドリスの死、死界からの逃走、マヤの死、デルロイたちとの最後の戦い、敗北。


 そして、死界の果てで出会ったアンデッドと共同で考案した、運命を変えるための時を超える作戦。


 未来の僕が、運命を変えるためにこの時代に飛んできていたらしい。そして、ウィルという人間が時を超えるという事象が起こらなければ世界が矛盾してしまうから、僕が時を超える役目を担うということだ。


 けれど、未来の僕がタイムワープしてきていたなんて、そんなの一体どこにいたんだ……?


『今の君の記憶は封印される。全ての問題が片付く、その時までな……』

 その声が響いた瞬間、目の前が真っ白になり、何も見えなくなった。



    ◇



 僕はある場所にいることに気づいた。アンデッド・ドラゴンに街が襲撃されている最中だった。

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