42 幕間:時を超える想い(???視点)

 この世界は狂っている。一体誰が死界なんていうものを作ったのか。


 僕は死界討滅軍の養成アカデミーの生徒だった。決して強かったわけではない。成績も落第寸前。自分に魔法の才能なんて無いんだということを思い知らされる日々だった。


 死界の急拡大が始まった時、人員不足から僕たち学生にも出動要請が来た。本当に危険な現場は正規兵が引き受け、経験不足の僕たちは比較的安全なところにいたはずだった。


 けれど、死界は来た。あまりに突然の事態だったために対応は遅れ、住民はパニック、僕たちも統率を失って逃げ惑うだけになった。生徒たちにも多数の犠牲者が出た。


 僕たちに大きな爪痕を残したのは、ある女子生徒の死だ。彼女は僕の恋人の親友だった。苦しみはしなかったと思う。死界のアンデッド・ドラゴンの攻撃で、肉片一つ残らず一瞬で消滅してしまったのだから。


 僕の恋人は泣き崩れた。僕にとってもそのはかけがえのない友だったから一緒に大泣きした。同郷の、僕たちの代で最強だった親友は大いに荒れた。


 そして、僕たちは訓練を始めた。彼女の死に報いるために。無駄にしないために。


 僕に才能が無いなんて関係ない。死物狂いで魔法の修行をした。恋人も、親友もだ。彼らは元々強かったが、より一層強くなったと思う。


 それでも、現実は残酷だった。


 死界を滅するための反撃の一手、東の最果てへの転移作戦。世界に残された最後の希望であるその作戦に、僕たちも参加した。まだ正規兵ではなくとも、志願は誰にでも開かれていたから、僕たちは参加したのだ。


 結果は惨敗。正規軍のほとんどが壊滅し、僕と恋人と親友は命からがら逃走し、生き延びた。


 後はひたすら西へ逃げるだけだった。養成アカデミーも、そこより西にあった僕たちの故郷も死界に飲まれた。死界の速度はますます増大し、追いつかれたものは容赦なくアンデッドに殺され、一部の者はアンデッドと成り果てた。


 最後に残ったのは西の最果てだ。


 聖なる領域に覆われた最後の場所。アンデッドが簡単には突破できないフィールドがあったから、そこでは死界の侵攻が一時的に収まった。


 そこにあった小さな集落まで辿り着けた人間は本当に僅かだ。死界討滅軍の人員も10数人ほどしかいなかった。総勢100名弱、それが世界で生き残った最後の人間だったのだろう。そこより東の地は、全て死界に飲まれたから。


 聖なる領域の力があったから、僕たちには少しだけ時間ができた。人生の最後は穏やかな時を過ごしたい、そう願って戦うことを放棄した者もいた。あの惨状を見れば仕方のないことだ。


 けれど、僕たちは修行した。このまま負けてなるものか、皆のかたきを取るんだ、そういう思いで、僕も恋人も親友も修行した。


 僕と恋人は、営みは繰り返したものの子供は作らなかった。親友は婚約者を失ったから、そのまま独身を貫いた。


 そのまま2年の時を過ごした。ある日、東から10人ほどの集団が逃げてきているのが見えた。僕たち以外にも生き残りがいた驚きと喜びに包まれたのもつかの間、彼らはアンデッドの軍勢に襲われていた。


 僕たちは彼らを助けるために死界に突入した。そこで、僕の恋人は子供をかばって重症を負った。


 僕と親友は彼女を抱えて集落の小さな病院に急ぎ、必死の治療をした。けれど、闇の力で受けた傷を癒やす術はそこにはなく、絶命するのは時間の問題となった。親友は泣きながら僕の恋人に喚き散らし、病室を出ていった。最後は僕と彼女を二人にしてくれた。


 僕は泣きっぱなしだった。恋人の一挙手一投足を目に焼き付けようと必死だった。絶対に忘れないために。


 恋人は最後まで気丈に振る舞おうとしたが、やがて涙に変わった。どうして私たちは幸せに生きられなかったのだろう、どうしてこんなことになってしまったのだろう。家族も友達も皆死んでしまった。こんな結末、あんまりだと。


 心と身体の傷に苦しむ彼女を抱き締め、僕は泣くことしか出来なかった。そして彼女は言った。彼女の親友は魔女の末裔だったと。魔女の力は強すぎるから大人になるまで発現しないように制約が課せられていたと。


 僕たちの同郷で一番強かったのは親友と恋人だったけれど、もし本来の年齢まで生きていたなら魔女の彼女が最強になっていただろうと。彼女がもし生きていたら、死界を滅することができたのではないか。起こらなかったことへの願望かもしれないけれど、僕の恋人はそんな言葉を残した。


 そして、恋人は深夜に息を引き取った。


 もし、輪廻転生が本当にあるのなら、僕は必ず君と再会する。そのためには人間が生き残らなければ。それを生きる糧とし、僕は親友と共に一層の修行を積んだ。


 さらに一年が経った。いよいよ死界は聖なる領域を突破しそうになっていた。僕たちは最後の作戦に出た。


 僕と親友の二人に加え、戦うことを放棄しなかった死界討滅軍の隊員五人。たった七人で世界を救う最後の旅に出たのだ。


 まずは転移結界のあった神殿へ行く。それだけでも決死な旅のはずだったが、研究を重ねて編み出した、アンデッドから見えにくくする魔法を使い、僕たちは転移結界を目指した。


 数ヶ月に及ぶ移動。持っていった食料だけで足りるはずもなく、僕たちは死界で食料を調達した。倒したアンデッドを聖魔法で浄化してその肉を食べる。とはいえ浄化しきれない分の影響で僕たちの身体は少しずつ闇に蝕まれた。


 転移結界のあった神殿から東の最果てに乗り込む頃には、僕たちは三人になっていた。


 東の最果てにはかつての魔導研究所があり、その最上階には巨人が待ち構えていた。どうしてこのアンデッドが誕生したのかは分からない。事故だったのか、誰かの過失だったのか。


 分かるのは、死界の発生源がこの巨人だということだけだった。


 最後の戦いだ。


 どれだけ訓練しても、僕の実力など取るに足らないもの。親友が主な攻撃源となった。生き残った正規兵の友も親友も到底助からない大怪我を負ってもなお戦い続けた。


 そして、巨人をひるませたところで、僕は生命力を魔力に変える禁呪魔法を使った。発動した聖魔法が、巨人を襲った。しかし、倒し切ることはできなかった。


 僕も親友も正規兵の友も地面にひれ伏した。全員、致命傷だ。助かるはずもない。巨人は僕たちに興味を失ったように元いた場所に戻り、座り直した。


 僕たちは……、人間は敗北した。親友はもう一度立ち上がろうとした。相も変わらぬ凄まじい精神力だ。しかし、正規兵の友は意識を失っていたし、僕はもう立ち上がる力すら残っていなかった。


 努力して、必死にここまで来たけど、僕たちは……、僕はここまでだった。迫り来る死で身体が寒い。僕は、死んだ恋人を思い浮かべた。


 ああ、もう一度逢いたいな……。僕は今でも君を愛している……。


 美人で優しくて強くて、僕なんかじゃ釣り合いが取れないと思っていた少年時代、懐かしいなぁ。君がいない世界なんて考えられないよ。こんな、全てが滅んでしまった世界なんて嫌だ。僕は君と一緒に幸せに生きたかった。


「それは、愛という感情か?」

「っ……!?」

 いつの間にか僕の前に一体のアンデッドが立っていた。喋るアンデッドというのは珍しい。肉が腐り落ちておらず、女性の姿をしているが、人とは思えぬ全身の色は間違いなくアンデッドだ。


「何だ、てめえ……」

 親友が語気を強める。致命傷を抱えているのに、本当に君は強い男だ。


「私は死界でアンデッドとして生まれた。愛というのは、私には分からない感情だ。しかし、人間から変貌したアンデッドにはそれらしき感情が残っているようでな」

 アンデッドはそう言うと、僕にプレートを投げつけた。


「ベルビント……?」

 プレートには名前が刻まれており、僕はそれを読み上げた。


「君たちが戦ったあの巨人の素体となった人間の名前だ。あれには妻子がいたらしい。今でも彼らの名前を心の中で呼んでいるよ」

「……悲しい話だ」

「悲しいのか? 私には分からない。私以外のほとんどのアンデッドが、少しだけ残されている心の中で死界の消滅を願っている。君たちが敗北したことで、その願いもついえたがな」

 アンデッドは目を伏せた。アンデッドたちが、自分たちが滅されることを願っていたとは。


「君のその想いの強さがあれば、ある特別な魔法を発動できる」

「特別な魔法……?」

「時を超える魔法だ」

「え……?」

 時を……、超える!? ならば、世界がこうなってしまう前に戻れるということか!?


「何言ってんだてめえ、目的は何だ……?」

「私は答えを知りたい。なぜ私は生まれたのか。どこへ行けばいいのか。答えは死界が消滅しなければ得られないという確信がある」

「何だと……」

「時を戻り、運命を変えろ。そして、死界を滅ぼしてほしい。ほとんどのアンデッドたちもそう願っている」

 アンデッドは僕に告げた。


「死界の中に大樹ユグドラシルの木末こぬれがある。そこからユグドラシルにハッキングして禁呪を発動させる。それが時を超える魔法だ。誰かの、愛する人にもう一度逢いたい願う気持ちの強さが発動条件のようだ。君の心は、その条件を満たしている」

「僕が……?」

 僕は恋人を今でも変わらず愛している。もう一度逢いたい。その想いだけでそんな願いが叶うのなら願ったりだ。アンデッドの罠という可能性もあるのだろうが、どちらにしろ僕たちにもう手は残されていない。


「それ、いいな……。こんな結末になるぐらいだったら、やり直したいぜ、俺も……」

 親友も同調してくれた。


「いつに戻りたい?」

 いつに戻る、か。


 僕の恋人が死んだ時では駄目だろう。ほとんど世界は滅んでいるようなものだからだ。


「だったら、ドリスの死を阻止するのが一番だろ。魔女の末裔なんだろ?」

「そうか、そうだな……」

 そして、話は決まった。僕の恋人の親友ドリスが死んだ時より前に戻る。そして、彼女の死を阻止する。彼女さえ生きていれば、ドリスがいれば運命を変えることができる。僕たちはそう信じて決断した。


「君が過去に飛べば、過去の君がそこにいる。それは世界の矛盾だ。その状態が続けば時空が乱れて世界が滅ぶ。そして、君が過去に戻って歴史を変えれば、君が過去に戻るという事象が起こらなくなり、それも世界の矛盾となる。並行して解決しなければならない」


 それは難しい話のようだった。僕の記憶は封じられるらしい。世界が僕と過去の僕を同一人物だと認識するのを防ぐために。そして、世界の矛盾を解消するため、過去の僕に今の僕の記憶を移植した上で、僕と同じタイムワープをするための魔法も僕の中に用意される。上手くいけば、僕と過去の僕は同一体となるそうだ。


 そのために、過去に戻るだけではなく、僕には様々な魔法が掛けられた。今負っているダメージを回復する魔法、ドリスを救うためアンデッド・ドラゴンの奥の手を封印する魔法、姿を変える魔法、人の身に余る沢山の魔法が掛けられた。


 準備が整う頃、正規兵の友は既に事切れていた。そして、親友は最後に僕に握手をした。


「頼むぞ、ウィル。俺はここでの事を覚えていられないから、全てが上手くいったら、お前から俺に説明してやってくれ」

「ああ、デルロイ。僕は必ず、君も救ってみせる」

 僕がタイムワープすれば、目の前の親友も倒れた友も新しい世界に瞬間的に移行するらしい。ただし、世界の矛盾を解消して世界が存続できていた場合の話だ。矛盾により世界が消えていたら親友は、この世界にいた者は消滅するだけだ。だから、時巡りを絶対に成功させなければ。その上で、今度は必ず死界に勝つ。


 そして、もう一度恋人に会う。絶対に彼女を救う。共に生きる、今度こそ。


「ユグドラシルへのアクセスは完了した。時を超える禁呪が使える。では行くぞウィル」

「はい!」

 光がほとばしる。目を開けていられない。


 次の瞬間、僕は大地に立っていた。


 ここは、どこだ?


 周囲を確認すると、街がアンデッド・ドラゴンに襲われているところだった。ここはドリスが死んだあの街からさらに東にある街のはずだ。つまり、僕は過去に飛んだのだ。


「うっ……!?」

 タイムワープと共に発動される予定の魔法が次々と発動し、僕の精神を蝕む。変身魔法で身体が変わった。変声魔法で喉がおかしくなった。記憶封印魔法で、頭が割れるようだ。


 しかし、記憶を失う前に、すぐにやらなければならないことがある。僕は街を襲うアンデッド・ドラゴンに両手をかざした。僕の中にセットされた魔法が自動発動し、ドラゴンを襲った。ドリスを消滅死させたあのドラゴンの奥義、それを封印する魔法だ。


「よしっ!」

 上手くいった。そして、さらに僕は生き残らなければならない。この時代にいる僕に記憶を植え付け、僕がしたのと同じタイムワープをさせなければ世界が矛盾して消滅してしまう。


 頭痛に苦しみながら、僕は街を西に逃げる馬車に飛び乗った。


「う……ああああ……!!」

 馬車の中で僕の身体は限界を迎え、倒れ込んだ。


「お、おい、あんた、大丈夫か!?」

 乗員から声をかけられた。しかし、何も分からなくなった。


 記憶が封印される。僕の中に忍ばされた沢山の魔法が僕の魔力を乱す。そのまま僕の意識は喪失していった。



    ◇



 目が覚めると、そこは医務室のような場所だった。


 けれど、すぐに違和感に気づく。


 何も……、思い出せない……!? 僕は誰だ? 名前は? ここは、どこだ?


「あ、目が覚めましたか?」

「え……?」

 ああ、何だか懐かしい声がする。これは誰の声だったか。僕はずっと君に逢いたかったのではなかったか。


「君は……?」

「私はマヤ」

「マヤ……?」

「あなたは、お名前は?」

「思い出せない」

「え、記憶がないの!?」


 僕が持っていたという荷物の中にベルビントと書かれたプレートがあった。果たしてこれは僕の名前なのだろうか。分からなかったが、マヤはとりあえずそう名乗れと言ってくれたから、僕はベルビントと名乗ることにした。


「マヤ……」

 僕はマヤのことが気になった。絶対に初めて会った気がしない。僕は君を愛していた、そんな気がするんだ……。

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