41 魔女の力(ドリス視点)
オーデルグという謎の魔道士に闇魔法を注入され、私の中の魔女の
枷の外された私の身体は、驚くほど魔力に満ちた。あれほど脅威だと感じたはずの悪魔アブタビムが怖くない。アブタビムの攻撃は防御できるし、私の魔法が悪魔たちに通じる。
ルーツとサナは恐ろしい強さで悪魔たちを追い詰めていたし、オーデルグという闇の魔道士の力も人智を超えている。流石に彼らに及びはしない。それでも、私は必死に喰らいついた。
私自身、アブタビムに踊らされた憤りがあったようだ。先ほどまで絶望と後悔と悔しさに支配されていた私の心は、今はリベンジに燃えている。くそったれと言いたくなるあの悪魔に、攻撃を加えることができるのは爽快だった。そう出来るようにしてくれたのはオーデルグだ。
「ドリス、左!!」
「ええ!!」
オーデルグの声掛け通り、悪魔が私の左側に吹っ飛んできたので、私が魔法で追撃する。
オーデルグは時おり、死界討滅軍で使われているハンドサインを私に出した。逆に私からのハンドサインにもオーデルグは応じた。
いくら私でも、そろそろ分かってきた。オーデルグと私の連携は、あまりに訓練通りにいっていたのだ。逆に、ルーツはアカデミーで教わっているはずの事を一切しない。そもそも、ルーツの装備がいつもと違う。見たこともない杖を使いこなし、その杖は魔力の剣と化して、剣術まで披露している。
「……」
私の正面から飛んできた悪魔の闇魔法をオーデルグが弾き、私はその背中を見た。
その頼もしさは、このところ私がいつも感じていたものと同じだ。先ほど恐ろしいと思ってしまったことを謝りたい。魔道士をやっていれば恐怖を感じてしまうであろうその闇の魔力が、今の私には心地よく感じられた。
「おのれぇぇぇええ!!」
アブタビムが怒鳴り、他の悪魔と共に一層魔力を上げて襲いかかってきた。最後の攻撃に出たようだ。
しかし、オーデルグたちを崩すことは出来ず、動きが鈍ったところを、オーデルグは私にけしかけたのと同じ触手でアブタビム以外の悪魔を拘束した。本来暗黒の使い手が用いるであろう異形の触手で邪悪な悪魔がしてやられている光景は痛快だった。
「サナ、ドリス!」
「うん!!」
「は、はい!!」
ルーツ、サナ、私が順に言った。私たちでオーデルグが拘束している三者に特大の魔法攻撃をした。アブタビムは慌てて阻止しようとしたが、オーデルグが空いている右手で闇魔法を浴びせかけてアブタビムを吹き飛ばした。
三体の悪魔は爆散した。しかし、オーデルグもルーツもサナも油断せず、アブタビムに向き直る。私もそれに続き、取り囲むような位置を取った。
「ば、馬鹿な……」
「どうする、まだやるか、アブタビム?」
「ぐぐぐ……」
アブタビムは敗北を悟ったのか、北ではなく、東に逃走した。
「逃げた!?」
「いや、追わなくていいよ、ドリス」
アブタビムを追おうとした私を、オーデルグが静止した。
「でも……」
「少しでも力を消費せずにいたい。今後の動向次第ではもっと大変な戦いが起こるかもしれない」
「え……? もしかして、あれ?」
私は空を見上げた。戦いの最中から気づいていたことだ。私に魔力が溢れたから、空に広がる時空の乱れを感知できるようになったらしい。
「そう、あれを止めないと世界が終わる」
「止められたとしても、かなり進行してしまっているから、時空が裂けて狭間に封印された何かが現れるかもしれない」
ルーツとサナが私たちの元に来て言った。
「封印された何か?」
「時空の狭間は、色々な世界で手に負えなかった邪悪を封印するのに使われてきた場所なの」
「具体的に何が現れると言い切ることはできない。ただ、警戒はしないと」
私の問いに、サナとルーツが答えてくれた。
そこにオーデルグも合流し、三人は拳をぶつけ合った。今の戦いの勝利を労い合っているのだろう。
オーデルグは相変わらず闇の魔力で顔が覆われているが、微笑んでいるようにも感じる。彼にとって、ルーツとサナは相当思い入れのある人たちらしい。何となく、それは分かった。
「ただドリス、君はもう限界だな。そろそろ魔力を再封印しないといけないし、身体に闇の魔力が残ったままなのは良くない」
オーデルグは私に向けて左手をかざした。先ほどと同じ光景だったので、私は嫌な予感がして思わず両手で両肩を守る仕草をした。予感は的中し、オーデルグの左手の外装部分から触手が飛び出し、私の方に伸びてきた。
「ちょちょちょちょちょ、それじゃないと駄目なの!?」
「少し我慢してくれ。君の身体に流した闇の魔力を一気に回収するには効率が良いんだ」
「うぅぅ、気色悪いんだけどなぁ。うん、分かった、我慢する……」
私は観念し、両手を下げてオーデルグの前に立った。オーデルグの操る異形の触手が両腕、両脚、胴体に巻き付くのを感じる。あまり見たくはなかったので目を閉じていた。早く終わってくれと願いながら。
触手ごしに、今度は私の身体から何かが吸い取られていく。その感覚も独特で私は思わず歯を食いしばった。
「ぅぐぐ……」
うめき声を上げながら処置が終わるのを待つ。終わって解放されると、私の魔力は元に戻っていた。
力が失われたので、もう先ほどと同じ戦い方はできない。私はふと空を見上げた。時空の乱れも、平時の私の魔力では認識できないようだ。
「ああ、もう時空の乱れは分からないわ」
「制約が無くなる本来の年齢になったら、君はあそこまで強くなるってことだよ」
私にオーデルグが答えた。
近くにいるとオーデルグの闇の魔力は肌を刺すようなピリピリとした感覚があったが、もう恐ろしさは微塵も感じなかった。
「ドリス、その様子だとオーデルグのこと、もう分かってるみたいね」
サナが笑みを浮かべながら言った。
「う、うん……」
私は恐る恐るオーデルグを見た。
「ルーツ……なんでしょ?」
そう、それが私が認識したことだ。サナの隣にいるルーツと、私がこれまで一緒にいたルーツは別人。オーデルグこそが、私が頼ってきた魔道士だ。
「どうしてそう思う?」
「だって、連携通りに動くんだもん……」
「そうか。まあ、及第点だな」
「意地悪……」
我ながら喜怒哀楽の振れ幅が大きくておかしくなりそうだ。ルーツに恋人がいたと勘違いして落ち込み始めたのが昨日。その時に私は彼への想いを自覚してしまった。蓋を開けてみたら、サナと一緒に歩いていたルーツは別人だった。
先ほどまでおぞましいとさえ思っていた闇の魔力に溢れるその人に、私は抱きついた。心の底からホッとしてしまい、自重できなかった。けれど、ルーツも私の背中に腕を回してくれた。安心感に包まれるようだった。
ルーツの方は、私のことを手のかかる妹ぐらいにしか認識していないのかもしれない。繰り返す世界の中で散々私は彼に醜態を見せてしまったのだから。今のルーツは覚えていないのかもしれないが、心の底にはその記憶が蓄積されているということらしいから。
しばしの時間を過ごし、私はルーツから身体を離した。そして、私は聞きたいことを口にし始めた。
「でも、そっちのルーツは一体どういうことなんですか? 兄弟?」
「俺はオーデルグのコピー人間だよ」
「コピー人間?」
「細かい話は後で。今はそれだけ知っておいて。私たちはウィルを追わないと」
「そうだ、そっちの話も分からないことだらけです。ベルビントから魔法を回収したって、一体何なの?」
私は疑問を口にした。
「すまない、俺もルーツもサナもそれを喋ることができない。この世界にかけられた呪いのせいだ」
「呪い?」
「それを認識している者が増えると世界の矛盾が進んでしまうから、予防のために呪いはあった。ルーツもサナも説明されたのではなく、自力でその真実に到達したんだ。君がさっきの魔力の状態でウィルとベルビントを見たなら、きっと気づけていたことだよ」
ベルビントとさらにウィルが……? ベルビントはマヤを惑わせるウィルの恋敵としてしか認識していなかった。一体何があるというのだろうか。
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