40 魔道士オーデルグ再び(ルーツ視点)

 ルーツたちから受け取った外装には、闇の魔力が込められていた。前の世界の時とは違う形状だが、これを身体になじませて自由自在に使えるようにすれば、魔道士オーデルグとして活動していた時と同じように闇の力を行使できるようになるだろう。


 外装には、俺がかつて左手の代わりとしていた闇の力で動く義手触手の類似品まで装備されていた。俺が使っていた物より精密に制御できるようだ。まさに俺専用の装備という一品で、いつか俺と再会することを早期に想定していたのだなと思わされる。


 転生した身体は真っ白な状態からスタートしているから、闇の魔力を再び身体になじませるには時間が必要だった。外装を受け取った日の夜から処置を開始したが、結局翌日までかかった。朝には死界の襲撃で街が大騒ぎになっていることに気づいたが、処置を中断するわけにはいかず、俺は全てをルーツとサナに託した。


 処置を続けながらも俺は街の様子を観察した。ルーツはベルビントに秘められていた魔法を回収していた。凄まじい技術だ。サナは襲撃してきたアンデッド・ドラゴンや悪魔を見事にしのいでみせた。二人とも俺と戦った時より遥かに強い。その成長に、何故か俺が誇らしくなってしまう。


 そして、俺の準備も整った。外装を羽織ったまま、俺は闇魔法で宙を舞い、ルーツたちが戦っている戦場に飛んだ。しかし、ふとドリスがとぼとぼと走っているのが見えた。


 悪魔アブタビムの声は俺も聞いていたから、ドリスが随分としてやられたことは理解できた。だから、俺はドリスにも戦いに加わってほしいと考え、ドリスの背後に着地した。


 ドリスは俺の闇の魔力を感じ取ったようで、怯えながら俺の方を見た。それは少し悲しかったが、仕方がないとも思う。俺の闇の魔力を感じ取れるのはドリスが既に優れた魔道士だということでもある。


 しかし、ドリスには足かせがある。魔力制限の制約だ。魔力の強い家系なのだろう。子孫が成長過程で有り余る魔力に潰されないように祖先がかけたものに違いなかった。しかし、短期間の解除だけなら問題ないはずだし、闇魔法ならそれができる。


 俺はドリスを一時的にパワーアップさせるため、義手触手を操作してドリスの両腕、両脚、胴体に触手を絡ませた。


「い、いやあああっ!!」

 ドリスが思った以上の悲鳴を上げた。確かに気色悪い触手に絡みつかれるのは嫌だろうが、少しの間だけ辛抱してほしい。


「もう、嫌ぁ……」

 ドリスが泣きそうな顔になった。罪悪感を覚えた俺は早く終わらせようと、闇魔法を準備する。


「助けてよ、ルーツ……。助けて……よぉ……」

 ドリスが身をよじって、戦場の方を見ようとしながら呟いた。


 ……は? 聞き捨てならないことを言うな、ドリス。


「いや……、何言ってんだ、君は……」

 俺は思わず声に出してしまった。


 俺はサナ王女とサナを間違えたりしないぞ? ルーツだって間違えないし、サナが俺とルーツを間違えることもない。何で君は間違えて、俺じゃないルーツに助けを求めているんだ……!?


 俺は君と何か約束をしなかったか!? 俺は答えると言ったはずだ! なのに、何で君は勘違いして助けを求める相手を間違えているんだ!?


「ぁぐっ……!?」

 触手に力が入ってしまったようで、ドリスが悲鳴を上げた。冷静に考えれば、今のドリスには対処できない高い要求だというのに、俺は苛ついてしまったのだ。


「が……は……ぁ……!!」

 ドリスがなおも悲鳴を上げ、俺は我に返った。感情的になって乱れてしまった触手の操作を慌てて正す。くだらない嫉妬だ、早く目的を果たさねば。


 俺は触手ごしに、ドリスの身体に均等に闇魔法をかけた。


「ぅ……ああああ……!?」

 ドリスがなおも叫ぶ。ドリスが力を発揮するには、ドリスの魔力を制約する縛りを一時的に解除しなければならない。少しだけ辛抱してもらう必要がある。俺は闇魔法を操ってその作業を完了し、ドリスを解放した。


 ドリスが地面に倒れそうになってしまったので、身体を支えた。


「さあ、立ってドリス。一緒に悪魔を倒すぞ」

「あぅ……、はぁっ、はぁっ……。え……?」

 ドリスは身を起き上がらせ、両手を顔の前に持ってきて眺めた。息切れしていたが、すぐに異変に気づいたようで顔が驚きに満ちている。


「一時的に君の魔力を縛る制約を解除した。その状態なら、君はアブタビムたちと戦える」

「……そ、そんなことが?」

 俺はドリスを静かに立ち上がらせた。そして、ドリスの隣に立つ。


「あ、あなたは一体……?」

「魔道士オーデルグ。それ以上のことは、この戦いで君が自分で気づいてくれると嬉しいな」

「え……?」

「さあドリス、ついてこい」

 俺はドリスを鼓舞した後、脚に風魔法をまとわせてルーツたちが戦っている場に跳んだ。後ろから慌てて俺についてくる気配を感じ、俺は少しだけ後ろを振り向いて笑いかけた。闇の魔力で見えないかもしれないけれど。



    ◇



 悪魔の一体がサナを攻撃し、サナがそれを弾いた。そのスキを狙ってルーツが魔力剣で斬り込んだ上に、魔法を浴びせかける。援護のために他の悪魔たちがルーツとサナを攻撃し、ルーツに攻撃された悪魔が飛び退しさる。俺はその悪魔を逃さず、闇魔法で攻撃した。


「ぐああ……!?」

 悪魔は直撃した闇魔法を何とかしようともがいた。他の悪魔が駆け寄って俺の闇魔法を消そうとしている。


「また、新手だと……!?」

 アブタビムが俺を見て悲鳴のような声を上げた。


「魔道士オーデルグ。俺の友人たちが随分と世話になったようだな、悪魔よ」

「な、何……?」

 俺は静かにルーツとサナに近寄り、拳をぶつけ合って先ほどの連携の成功を称え合った。


「オーデルグ、貴様は人間なのか……? それほどの闇の力、一体どうやって……?」

「闇の力が悪魔やアンデッドの専売特許だとでも思ったか? 形勢は不利だなアブタビム。闇の力で真の暗黒を倒すことはできまい」

「ぐぬぬ、しかし、それは貴様も同じだろう!?」

「倒し切るのは俺じゃないから問題ない」

 ルーツとサナが俺に頷き返した。そして俺はドリスの背中を叩いた。


「きゃっ!」

「君もだぞ、ドリス!」

 声もかけて鼓舞する。


「な、お前、魔女ドリスか!? なぜ急にそれほどの魔力を!?」

 アブタビムは相当焦ったのか、言い切る前にドリスに襲いかかった。しかし、ドリスは魔法でアブタビムの攻撃を弾いた。


「くっ、魔女め!!」

「俺たちを忘れるなよ!」

 ドリスに弾かれたアブタビムをルーツが攻撃する。ルーツを襲おうとする別の悪魔を俺とサナで迎撃する。ドリスも、急に強まった魔力を持て余している様子だったが、何とか俺たちについてきた。


 ドリスの戦い方はアカデミーで見てきたし、連携訓練も積んだ。俺は闇魔法を使えるようになったが、基本戦術は変わらない。


 ルーツとサナは既に独自の連携を築いていたが、俺はドリスとは訓練通りの連携をこなした。


 最初に俺の攻撃を喰らった悪魔が体制を立て直し、戦線に復帰してきた。流石にタフなようだ。


 闇で闇を滅することはできないと言ったが、厳密にはより強大な闇で塗りつぶすという力技はできる。しかし、そんなことをするより、ルーツやサナやドリスが滅を担当する方が効率はいい。だから、俺の行動は自然と援護に回っていく。


「ふぅ、気持ちいいな……」

 俺の魔法の意図を読み取って、ルーツとサナは巧みに動く。俺は彼らが欲しそうな援護を繰り出す。思えば初めての共闘だったが、予想以上に彼らと連携することができた。それは、俺の心を満たした。


 俺はかつて彼らに救われた。しかし、あの時は敵同士だった。本当は彼らと共闘もしてみたかったのだと思う。俺と戦った時よりもさらに遥か高みにいるルーツとサナの姿は本当に誇らしかった。俺が未来を託した甲斐があったというものだから。


「はぁぁ!!」

 ドリスが魔法攻撃を繰り出す。


「ちぃぃ!!」

 その威力をさばけず、アブタビムが吹っ飛んだ。ドリスが攻撃を繰り出して硬直しているところを攻撃しようとする悪魔を俺が援護して阻止する。これは訓練でもやった動きだ。


「オーデルグ……、あなた……?」

「何だい、ドリス?」

 俺はとぼけた返答をした。あまりに訓練通りにいくからようやくドリスが俺に疑念を持ち始めたようだ。今のドリスの状態なら俺とルーツの魂の色を見分けることもできるだろうが、ドリスは俺を『ルーツ』と認識した上で魂の色を見てはいないからまだ確信は持てないのだろう。


 けれど、やっぱり俺からの説明ではなく、ドリスには自分で気づいてほしかったのだ。

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