39 形勢逆転(ドリス視点)

『なっ……!?』

 さしもの悪魔アブタビムの声も驚愕に染まっている。あのアンデッド・ドラゴンが一撃で消滅させられるような事態なのだから、アブタビムにとっても想定外だったのだろう。


 周囲の正規兵やアカデミーの生徒たちは呆気にとられていた。アンデッド・ドラゴンが倒された事をしばらく認識できなかったが、やがてどよめきへと変わった。


 しかし、サナは周囲の様子を気にせず、脚に風魔法をまとわせた。そして、ウィルの方へ跳んだ。一歩がとんでもない距離だった。


「させんぞ!!」

「っ!?」

 死界の方からサナに闇魔法が飛び、サナは後ろにステップして回避する。サナの前にアブタビムが姿を現した。


「サナとやら、貴様、何者だ……?」

「あなたと同じよ。この世界の者ではない」

「何だと……?」

「どきなさい、アブタビム。これ以上、時空の乱れを放置してはならない」

「時空の乱れ……? 何のことだ?」

「気づいていないとは、愚かな。それは、あなたの首すら締めるかもしれないというのに」

「世迷い言を! 私は私自身が滅びることなど微塵も恐れてはおらぬわ!」


 アブタビムが闇魔法をまとわせた拳でサナに殴りかかった。サナはそれに応戦する。


「は、早い……!?」

「なんてこと……!?」

 デルロイや周囲の者が叫んだ。こんなの驚かないわけがない。サナもアブタビムも目で追えないほどの速度でステップ移動を刻み、魔法で攻撃を繰り出しているのだ。サナに至っては、こちらの方向に攻撃が飛ばないように注意を払ってもいるようだった。


「おい、俺たちに援護は無理だ!」

「避難を優先するぞ!」

 正規兵たちはサナの戦いを見て、自分たちのやる事を決めたようで、街に散っていった。生徒たちもそれについていった。しかし、私はその場に残った。これ以上ジルヴァディニドを使えば世界の存亡に関わるとはどういうことなのか。真実を見極めたかった。それに、ウィルを止めたいのは私も一緒だ。


 アブタビムは流石の強さだった。アンデッド・ドラゴンを一撃で屠るほどの実力を持つサナの攻撃をしのいでいる。しかし、今度は街の方から強烈な閃光がアブタビムを襲った。


「なにっ!?」

 アブタビムは必死の形相でその攻撃を弾いた。サナが風魔法のステップで私たちの前に戻る。


「ルーツ!」

「悪いサナ! 遅くなった」

 サナの元にルーツが合流した。そして、お互いの手を合わせた。


「あ……」

 信頼しきった目配せだ。その光景だけでルーツとサナの絆の強さを感じ取らされてしまう。胸が苦しくなった。


「おのれ、貴様らぁ……」

 アブタビムは空に手をかざすと、空間が避けて中から三体の異形が姿を現した。


「な、何あいつら……!?」

 私は思わず呟いた。その三体の魔力がアブタビムと遜色なかったからだ。


「こやつらは私と同格の悪魔! 私の意志に従って戦うツワモノよ!」

 アブタビムが言った。相も変わらぬ用意周到さだ。アブタビムはまだ隠し玉を取っておいたということなのだから……。ルーツが来たとはいえ、あの全員を相手にするのは厳しいのではないか。


「ルーツ、どうだった!?」

「全部してきた! 後は渡すだけだ!」

「分かったわ! なら、彼らに任せよう!」

 サナはそう言うと、デルロイとマヤに何かの魔法を放った。


「うお、何だこりゃ……?」

「身体が、楽に……?」

「回復魔法をかけました! 二人ともこっちに来て!」


 回復魔法? そんなものが存在するなんて……。あのサナという魔道士、一体どれだけの力を秘めているのか……。


 デルロイとマヤが起き上がり、ルーツたちの元へ走る。悪魔たちは攻撃してきたが、ルーツとサナが防御し、デルロイたちは無事に辿り着いた。


「君がマヤだね!? ベルビントから回収してきた魔法を全て君に託す!」

「えっ……!?」

 マヤの返答を待たず、ルーツがマヤに手をかざすと、光がマヤに流れていった。


 けれど、ベルビントから回収……? 一体何のこと……? それに今、どうしてルーツはマヤの名前を確認したの……?


「こ、これは……?」

 マヤがその光輝く魔法を受け止めながら呆けたように言った。


「何が真実か、託した魔法が全て教えてくれたはずだ。マヤ、デルロイと共にウィルを追ってくれ! 早くしないと間に合わなくなる!」

「…………」

 マヤは何かを悟ったように立ち上がった。そして杖を持って走り出した。


「お、おい待てよマヤ!」

「デルロイ! 遅れないで!!」

「そうはさせんぞ!!」

 アブタビムがマヤたちに攻撃した。しかし、ルーツが間に入ってそれを打ち払った。


「行かせないぜ」

「貴様……、何だその強さは……!? 今まで隠していたのか!?」

「隠していた……? 魂の色がのか、悪魔アブタビム」

 そのままルーツが四体の悪魔と戦い始める。


 サナは一瞬ルーツの方へ跳ぼうとする素振りを見せたが、止めて私の方を見た。


「ドリスは……、私たちではなく、の指示を聞いてね」

「え、彼?」

「うん、それがいいと思う」

 サナは私の肩を叩くと、今度こそルーツの元に合流して悪魔たちと戦い始めた。


 圧倒的な強さだ。四体の悪魔を相手にしても少しも押されていない。街に被害が出ないようになのか、戦場は少しずつ街から離れていった。繰り出される高威力の魔法の光が遠目に煌めく。


「……」

 ルーツに置いていかれているような気がして、私は胸を押さえた。


 サナと合流したルーツの強さは鬼神のようだ。恋人はいないって言ってたじゃないか……。私たちを助けてくれるのは嬉しいけど、そんな姿、見せつけないでほしい……。


 私はゆっくりと立ち上がり、戦場の方に走り出した。そちらに向かう者はいない。正規兵もアカデミーの生徒も実力不足を理解しているからだ。私だって、あの悪魔たちとの戦いに割り込むのは無理だ。だけど、置いていかないでほしい、その想いだけで私はルーツの元に向かいたかった。


「っ……!?」

 少し走った後、が私の後ろに着地したのに気づいた。空気が凍るようだ。背後からとてつもない闇の魔力を感じる。


 その禍々しさに私の身体はあっという間に震え出した。恐る恐る後ろを振り返る。


「こ、今度は何者よ……?」

 目の前には黒い外装を羽織った人物がいた。外装は視認できるほどの闇の魔力で溢れていて、顔を視認することができない。


「ドリス、そのまま行っても無駄死にするだけだぞ」

 闇の魔力のせいか、声が雑音にまみれている。声の低さから男であることだけは分かった。


 しかし、目の前の男から感じる暗黒の力はルーツたちが戦っているアブタビムたちを上回っているようにさえ感じる。この男も死界の者か、あるいは悪魔の一種なのだろうか。


 怖い……。恐ろしい……。


 私は逃げ出したかったが、脚が動いてくれなかった。


「けど、そうだな。ドリス、君も戦え。あの悪魔は随分と君にちょっかいをかけたようだし、一緒にリベンジしようじゃないか」

 その男が言った。しかし、彼から感じる闇の魔力への恐怖で、私は何を言われたのか理解できなかった。


 男が左手を私に向ける。すると、死界のアンデッドから生えているような異形の触手が外装から飛び出し、私の方に向かってきた。


「い、いやあああっ!!」

 私は思わず悲鳴を上げた。両腕、両脚、胴体に絡みつかれ、私の身体が宙に浮く。触手から闇の魔力のピリピリとした嫌な刺激が身体に直接伝わってきた。


「もう、嫌ぁ……」

 ルーツたちもデルロイたちも行ってしまったから、この男の対処は私一人でしなければならないのだろうか。


 もう疲れたんだ……。何度繰り返してもマヤを救えなかった。マヤとウィルは愛し合っているのだから、不貞行為なんて乗り越えられると勝手に思い上がっていた。ウィルの心に蓄積された闇を放置してしまった。悪魔の掌で踊らされ、今は謎の闇の男に襲撃され、おぞましい触手に縛り上げられている。


 ジルヴァディニドは使うなと言われたが、もう嫌だ……。もう使って逃げ出したい……。


「助けてよ、ルーツ……。助けて……よぉ……」

 約束したじゃないか。助けてくれるって言ったじゃないか。


 触手に捕まって自由の効かない身体をよじって、私はルーツのいる方向に声を上げた。聞こえるはずなんてないのに、約束なんて覚えているはずはないのに、私はルーツに助けを求めた。


「いや……、何言ってんだ、君は……」

 男の声に怒気が混じったような気がした。


「ぁぐっ……!?」

 私を捕らえる触手がきつくなった。この男を怒らせることでも言ってしまったのだろうか。


「が……は……ぁ……!!」

 締め付けが強まり、私は悲鳴を上げた。アンデッドと同じ腕力を出せるのなら、このまま締め殺されてしまう。私は、ここで死ぬのか……。


 恐ろしさと苦痛でもう何も分からない。だから、サナにの指示を聞けと言われたことなど、頭から抜け落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る