26 繰り返しの原理(ドリス視点)

「ドリス! ユーミさん! 明日から旅行行くよ!」

「え、旅行?」

「あらあら」

 幼い顔立ちのマヤに私が答え、母が私たちを微笑みながら見ている。


 ならば、これはきっと夢だ。マヤと喧嘩したからだろうか、昔の夢を見ているらしい。マヤに連れ回されて、母と一緒に色んなところに行った。懐かしいなぁ……。


 ウィルが来ることもあった。夢の中のウィルはおどおどしている。昔のウィルはこうだった。そんなウィルのマヤへの好意は丸わかりだ。気づいていなかったのはマヤ自身くらいなものだ。


 それにしてもおかしいな。良い夢なのに、どうして私は泣いているんだろう。何も知らなかったあの頃に戻りたいのかな。


「ドリス。マヤちゃんのこと、助けてあげてね」

 母の声が響いた。


 分かってるよ、お母さん。私、頑張ってるでしょ。でもね、何度やっても上手くいかないんだよ……。運命が変わってくれないんだよ……。


「なら、助けを求めるべきじゃないか?」

 今度はルーツの声が聞こえた。


 振り向くとルーツはそこにいた。誰よりも強い頼れるこの魔道士と、私は約束をした。きっとルーツに助けを求める、と。けれど、夢の中なら今すぐ助けを求めたって良いんじゃないか。


 私はゆっくりとルーツに近づくと、口を開いた。『助けてよ』と、そう言いたかったけれど、声には出なかった。夢の中のルーツはそれでも頷き、私を抱き締めてくれた。


 そこで、その夢は終わった。


 目が覚めると、そこはセンクタウンの自室だった。昨日、マヤに感情をぶちまけてしまったり、ルーツに慰められたりしたからこんな夢を見たのだろうか。


 それにしても、最後にルーツに抱き締められたのは何なのか。もしかすると、私はそれを願っているのか……。


「……」

 どうしてか、ルーツには前の世界の記憶が無意識レベルで残っているようだから、もしまたジルヴァディニドで世界をやり直したとしても、約束のことを覚えていてくれると嬉しいなと、私はそんなことを思った。



    ◇



 アカデミーに登校する前に、私はマヤに会いに行った。マヤは私を見るなり泣き出してしまった。ウィルに捨てられた、どうしてベルビントとの不貞に走ってしまったのだろうと。そして、私に謝罪してきた。昨日、私が凄い剣幕でマヤを怒鳴ってしまったからだろうか。


「マヤ……」

「あ……」

 私はマヤを抱き締め、頭を撫でた。


「ウィルは悔しい想いをしている。だからマヤが誠意を見せないと。大丈夫、ウィルはきっとまだマヤのこと好きだから……」

「ドリスぅ……」

 マヤは私の胸の中で大泣きした。


 毎回起こるこのトラブルで私も疲弊していたけれど、昨日、私も感情をぶちまけたことで少し気が晴れたらしい。いつものように、マヤとウィルを励ますことにシフトしようと思った。



    ◇



 センクタウン北の大聖堂から東の転移陣に突入する時が来た。今回も、最後までの踏破を目指すグループは私たちだけになった。私が記憶を引き継いでいるので、地図の作成は多少なりとも素早くできるようになってきた。


 また、ウィルが使っている古代の魔導具がかなり強く、効率も上がった。戦力としては申し分ない。後は皆の心の問題だけなのではないか。


 そして、私たちは東の最果てに到達した。目の前にはアンデッド・ドラゴンがいる。


「ルーツ、突っ込む前に探知をお願いできる?」

「ああ、分かった」

 私に答えたルーツは赤く発光し、周囲に探知魔法を放った。


「あのドラゴン以外に敵性戦力は探知できないな」

「ありがとう。けれどここは死界。もしかしたら探知に引っかからないアンデッドがいるかもしれないから、注意しましょう」

 前回、どこかに潜んでいたアンデッドにウィルが襲撃されたから、その注意喚起をした。皆、肯定を返してくれた。


 デルロイとルーツが前衛を引き受け、戦闘が開始された。私とマヤで中盤からの攻撃、ウィルが援護を担当する。ドラゴンの背中から突き出ている触手が意志を持っているかのように私たちを個々に攻撃してきたが、ウィルが上手く撃ち抜いてくれるおかげで私たちの注意が逸れることなく、ドラゴンと戦うことができた。


 しかし、戦いの途中からウィルの動きがおかしくなった。何か、幻覚と戦っているような様子だ。


「ウィル! どうしたの!?」

 私は大声でウィルに叫んだ。しかし、ウィルは反応しない。頭を抱えて何かを振り払おうとしている。


 これは、前回と同じだ。この直後、ウィルは何かに攻撃された。私は危険を感じ取り、ウィルの元に跳んだ。ウィルの肩を掴んで揺らす。


「ウィル! しっかりして! ウィル!」

「ドリス、危ない!!」

 ルーツの声が響いた。私はハッとなり後ろを向くと、地面から何かが突き出てきていた。前回、ウィルを串刺しにした攻撃だ。今度は私が狙われたのか。


 私は慌てて土魔法で防御を張って攻撃を防ごうとしたが、魔法の収束は間に合わなかった。しかし、何かが私とその攻撃の間に出現した。ルーツが魔法で援護してくれたらしい。しかし、その攻撃は私たちをあざ笑うように、私の身体を一周した後、ウィルの身体を串刺しにした。


「ぐはっ!?」

「ウィル!?」

 私の目の前でウィルが刺された。前回と同様、胸を刺されたから致命傷だ。


 そんな……、また……、駄目だった。前回とほぼ同じやられ方だ……。


「ウィルーー!!」

 マヤが慌てて飛び込んできてウィルの身体を抱いた。


「そんな!! ウィル!! ウィル!!」

 マヤは悲壮な様子でウィルの名前を呼ぶ。


「マヤ!! ドリス!! 避けろ!!」

 デルロイの声が響いた。振り向くと、アンデッド・ドラゴンの火炎ブレスが迫っていた。私は反射的に風魔法の高速ステップでそれを避けた。


 しかし、取り乱したマヤはウィルを抱き締めたまま避けることもせず、直撃を受けてしまった。


「マヤーーーー!!」

 私は絶叫した。


 アンデッド・ドラゴンの火炎ブレスはただの火炎ではない。間違いなく二人とも生き残れない。


 一瞬だけ、私はジルヴァディニドを使うのを躊躇ちゅうちょした。マヤが死んだとしても先に進むべきなのではないか。最後に勝つためにはこの先に何があるのか確認すべきなのではないか。マヤとウィルの死は無かったことにできるのだから。


「……」

 駄目だ、私にはできない! やり直せるからという理由だけでマヤとウィルの死を受け入れるなんて! 私にそんな強さはないんだ……。


「発動せよ、ジルヴァディニド!!」

 その叫びと共に世界が停止して色を失った。


「ドリス、また使ったんだね」

 後ろから魔女の使い魔ゾリーが話しかけてきた。


「ドリス、そろそろ残り回数が危険域だ。分かってるね?」

「うん……」


 残り回数は……、あと五回だ……。もう、本当に余裕が残されていない。


「僕も、こんな世界の結末はおかしいと思う。だから、運命を変えようとする君の意志を僕は支持する」

「ありがとう。ついでに一つ聞きたいのだけれど」

「いいよ。答えられる質問なら」

「ルーツが、微妙に以前の繰り返しのことを覚えているような様子だった。そんなこと、ありうるの?」

「え、本当に……? そこに見えている魔道士だよね? うーん……」

 ゾリーは首を傾げる仕草をした。


「この秘法はね、厳密には時間移動をしているわけじゃないんだ。世界全部に夢を見させている。あたかも時が戻ったような夢をね。そして、夢が現実を侵食することで完了するんだ。死者にすら夢を見させるから侵食された現実では生き返ることになる。それが繰り返しの原理だよ」

「実際には時を超えているわけじゃないから、覚えている可能性もあるってこと?」

「ああ。もしかしたらそういうことかもしれない」


 それなら納得感はある。大体、私は全て覚えているのだ。別の人が覚えている可能性だってあったわけだ。


「原理とか、もっと早く知るべきだったわ」

「知ったところで君の目的の助けにはならないだろう?」

「ううん、そんなことない」

「そう?」


 マヤやウィルの死を受け入れた上で先に進むということのハードルが上がったと思う。誰かが絶命する前に使わなければ、死は確かにあったことになるのだ。本当に心が強い者なら、それすら受け入れて先へ進むのかもしれないが、私はそんなに強くないのだから。


「さあ、ジルヴァディニドを進ませるよ」

「ええ、お願い」


 やはり、今まで通り模索するしかない。皆で生き残った上で勝ち切る未来を。

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