27 闇を振りまく者

「さあ、ウィル。アンデッドの力を手にし、マヤに復讐しろ。暗黒の力でけがしてしまえ」

 悪魔アブタビムはウィルにささやきかける。その声はウィルにしか聞こえていなかった。


 アブタビムは異世界からやって来た悪魔だ。ドリスが魔女の秘法、ジルヴァディニドを使って世界を繰り返していることに、アブタビムは偶然気が付いた。知られてはいけないというジルヴァディニドの制約も異世界にまでは及んでいなかったため、アブタビムに知られても効果を失ってはいなかった。アブタビムは記憶を失わない方法を確立し、この世界に来てからドリスの苦悩を楽しんでいた。


「だ、黙れ……」

 ウィルがアブタビムの誘惑に静かに反論する。


 ウィルは誘いに乗らない。しかし、ウィルも全ての記憶を失っているわけではなく、心の底にはマヤを寝取られたことに対する悔しさや憎しみが隠れ潜んでいる。しかもそれは世界が繰り返される度に蓄積されているのだ。アブタビムにはそれがよく分かっていたから、挑発をすることにした。


 ウィルがアンデッドとなることを受け入れ、マヤに死んだ方がましと思えるほどの苦痛を与えるように導く。それが今のアブタビムの目的だった。その悲惨な光景を見た時にドリスがどう堕ちるか、アブタビムはそれを楽しみにしているのだ。


「少年が結局はマヤを愛していると思っているようだが、彼の心の底の闇と向き合わなかったのが君の落ち度だ魔女よ。あと一押しすれば、ウィルは確実にアンデッドに堕ちる。ああ魔女よ、君がどんな顔をするのか、早く見たいなぁ」


 ウィルが死ねばマヤも死に、ドリスは魔女の秘法を使う。だから、憎しみに刺激を加えた後にウィルを殺す。それがアブタビムが行うようになったルーチンだ。


 邪悪な望みで歪んだ顔をしながら、アブタビムはドリスがジルヴァディニドを使うのを見送った。記憶を失わないよう、闇魔法で防御した上で。



    ◇



 時が戻った先はアンデッド・ドラゴンが西に侵攻する前だ。戻れる時間が短くなっているのも、アブタビムは理解している。そして、アブタビムはアンデッドを少しだけ操ることができたから、アンデッド・ドラゴンがベルビントを殺害してしまうような愚かな真似をしないようにしていた。


 ベルビントがマヤを寝取ってくれないと何も始まらないからだ。この二人は本当に相性が良いらしく、アブタビムが何の介入をしなくてもいつも肉体関係を持つ。愚かなことだとアブタビムは思っていた。


 全知全能の力を持っているわけではないから、死界にいながらにしてドリスたちの今を知ることはできない。だから、アブタビムは鳥の中に使い魔を忍ばせている。センクタウンで街中を飛び回る何の変哲もない鳥にしか見えないから疑われることもない。その鳥の目と耳を通して、アブタビムはドリスたちを観察するようになった。


 ドリスはルーツと共に古代遺跡へと向かった。前回と同じだ。ウィル向けの有用な武器はそこで手に入れるのだと、アブタビムは知っている。しかし、妨害したりはしない。それが戦局を変えられるほどではないということを分かっているからだ。


 そしてこれまで通り、ベルビントがマヤを寝取り、ドリスがマヤとウィルを励ました。


 前回は、ドリスが感情をぶちまけたことをアブタビムは歓喜の目で見ていた。魔女がいよいよ追い込まれていく様が楽しかったのだ。今回はそういうことは起こらなかったのを残念がった。


 どうやらドリスはルーツという魔道士に心を開いているようだから、ルーツを使ってドリスを追い込もうかと画策もしたが、アブタビムは注意深い。ルーツが相当に手強い魔道士と分かると、企みをやめた。自分が討たれる可能性を感じたためだ。


 アブタビムは希望が絶望に変わる時が最も人を苦しめることも理解している。今回は、東の最果てでドリスたちをある程度進ませようかと画策していた。前進できたというドリスの光を、後から闇で染めるために。



    ◇



 やがて人間たちは大転移魔法陣を使って東の最果て近くの教会に転移してきた。これまで通りの展開だ。アブタビムは笑いながら人間たちの奮闘を観察した。手練が集まっているようだから並のアンデッドでは撃退されてしまうが、アンデッドは数が多い。人間たちは次々と数を減らしていった。


 そして、ドリスたちが東の最果てまでやって来た。


「来たな、魔女一行よ」

 アブタビムは近くでその戦いを見届けた。前回と同じように、ウィルにささやきかけながら。


 しかし、今回はウィルを攻撃することはしなかった。ドリスたちを先に進ませるためだ。


 アブタビムの攻撃を予期していたらしいドリスは、攻撃がなかったことで渋い顔をしている。そんなドリスの様子も、アブタビムを喜ばせた。

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